新作短編2:私とお嬢様と師匠と執事(別口調ver)
「俺に意見するとはな。使用人の分際で」
「それはこちらの台詞です。部外者は黙っててください」
目の前で繰り広げられる口論。
斜め前にいる、ソファに腰掛けているお嬢様は、にこにこと楽しそうに笑みを浮かべている。
一体、何がそんなに楽しいのか分からないが、そろそろ止めないと――……
「おい」
「お前はどっちの味方だ?」
こちらにとばっちりが来る。
なので、私はいつも通り、こう答える。
「私は、お嬢様の味方です」
と――
☆★☆
さて、わけあって私はこちらのお屋敷――ノルディーク家で
あ、私は女ですよ? 断じて男ではない(まあ、間違われても仕方ないけど)。
さて、私はわけあって、と言ったけど、実は私は異世界(……いや、元の世界と言うべきか?)から来ました。
ええ、皆さんご存知の異世界トリップです。
とはいえ、私の場合は二度目なんだけどね。
一度目は理由が分からず、ここより一つ前の世界に来てしまい、そこで現在、口論していたうちの一人である師匠と出会ったのだ。
師匠のおかげか、弟子となり、慣れない剣や魔法も使えるようになった。
さて、師匠は変なこだわりを持つ人だ。
「いいか、覚えておけ。俺はインスタントは認めんからな?」
紅茶を淹れようとすれば、茶葉からこだわる徹底ぶり、コーヒーを淹れようとすれば、豆からこだわる徹底ぶりなのだ。
師匠には私の他にも弟子がいる。
私にしてみれば兄弟子だけど、師匠の徹底した茶葉や豆のこだわりは彼から教えて貰った。
彼曰く、「間違えたら、小言がうるさいから、間違えないように」とのこと。
話を聞けば、彼が弟子になった頃、茶葉や豆を間違えては、師匠にぶつぶつと文句を言われたらしい。
うわー、と思って聞いていたら、私もやらかして小言を言われた。
それを知った兄弟子に、な、と同情され、その日はぐったりとしたまま眠り、翌日には失敗も無く、小言を貰うことも無かった。
メイドの真似事をしながら過ごしていたそんなある日、不思議な扉を見つけた。
兄弟子に聞いても、そんな扉があったのか? と首を傾げられ、師匠に聞けば、見なかったことにしろ、と言われた。
やっぱり、何かあるらしい。
(もしかしたら、元の世界に戻れるかもしれない)
そう思ったこともあった。
でも、実際にあの扉は、別の異世界に繋がる扉だったのだ。
当時ホームシック気味だった私は、その扉をうっかり通ってしまい、生身で異世界に移動したためか、体に大きな負担が掛かり――その場で倒れた。
そんな私を助けてくれたのが、私の前にいるお嬢様ことシルファローゼ・ノルディーク様。
彼女の近くにいた執事(師匠と口論していたもう一人)と護衛騎士のような人には当然、怪しまれたけど、お嬢様はにこにこと微笑みながら、私の話を信じてくれたみたいだった。
助けてくれたのはありがたいんだけど、お嬢様はもう少し人を疑った方がいい気がする。自分で言うのもなんだけど、私みたいな不審者の言葉は、あっさり信じない方がいいと思う。
「貴女、どこか行く場所はあるの?」
「いえ、特には」
そう答えたときのお嬢様の目の輝きようは、説明できないくらいにキラキラと輝いていた。
「なら貴女、私のメイドにならない!?」
「え」
「お嬢様!?」
お嬢様の言葉に、私も執事も護衛騎士も違う意味で固まった。
「不審者を使用人に雇うとか正気ですか!」
「私は正気よ。彼女は私付きのメイドにします」
護衛騎士の言葉に、お嬢様は退かなかった。
というか、ここでもメイドをするの……?
でも、そんな私でも、残念な事があった。
「似合ってないな」
「そうですね……」
それは、メイド服が似合わないこと。
何とも言えない執事の言葉に、同意する。
まあ、自分でも分かってたし。
でも、私の姿を見たお嬢様は、不思議そうに首を傾げた。
「そんなに変じゃないと思うけど……よし、次は執事服着させてみて」
いつから私は着せかえ人形になったのだろうか。
そう問いたくなるぐらい、メイド服と執事服を交互に着させられた。
その結果――
「うん、メイドより執事の方が良いかも」
一人納得したかのように頷くお嬢様に、内心溜め息を吐く。
「じゃあ、ウィル。彼女の指導、よろしくね」
「ですが、私はお嬢様の――」
「確かに、貴方は私付きだけど、彼女も一時的には私付きになるんだし、変に目を離すよりは良いと思わない?」
お嬢様に頼まれた執事――ウィルことウィルレイドは、反論しようとするも、お嬢様の言葉に肩を落としたようだった。
その際、立ち上がり、お嬢様は何やらウィルに耳打ちし、何を言ったか分からないけど、こちらを見たウィルで大体理解した。
おそらく、おかしな事を出来ないよう、見張りなのだろう。
その後、聞き終えたのか、「行くぞ」とウィルに言われ、お嬢様の方を見れば、行ってらっしゃい、と手を振られた。
それを見て、やや戸惑いながらも、私はさっさと出て行ったウィルを追いかけるのだった。
☆★☆
それからの日々は大変だった。
国によって常識が違うように、世界によっても常識が違うため、少しずつだが覚える必要があった。
ウィルに連れられ、私は屋敷内で働く人へ、片っ端から挨拶をして回った。
でも、屋敷は広く、以前いた師匠の家の何倍もあるためか、慣れない私は少しずつ疲れ始めていた。
「もうバテたのか?」
ニヤリと笑みを浮かべるウィルに腹が立ったから、思わず言い返す。
「いえ、こんなに広い屋敷を見たことはあっても、歩いたことはありませんし、私としては疲れよりも好奇心が
嫌味には嫌味を、だ。
それを聞いて、ウィルは不機嫌そうに顔を歪めると、なら行くぞ、とさっさと足を進めていくため、私も慌ててついて行った。
「大分、様になってきたわね」
「はい。以前にも似たようなことをやっていましたので、意外と役立つこともあり、驚きました」
屋敷内を全て見て回り、お嬢様の元へ戻れば、そう言われたので、少しばかり苦笑いする。
師匠たちとの時は、食事を用意するだけで、あとは剣や魔法の練習だけやっていたから、掃除とかは
「そうだったの」
お嬢様は紅茶に口を付ける。
「ずっと思っていたんだけど」
何ですか、とウィルと二人で耳を傾ければ――
「そろそろ一回、外に出てみても良いんじゃないかしら」
「外、ですか?」
一つ前の世界では、ほとんど家から出たことは無かったけど、それを知るはずもないお嬢様に、外に出てみようか、と誘われた。
でも、何なのだろうか。
前の世界で外に出なかったせいで、不安よりも恐怖心が増してきた。
「あの、私は……」
「そうですね。国について学ぶには丁度良いでしょう」
私の意見を聞かず、話はどんどん進んでいった。
そして、私に宛てがわれた部屋で私は思った。
人見知りではないはずなのに、どうやら私は人見知りになったらしい、と。
☆★☆
翌日、ウィルに引っ張られながら、私とお嬢様、ウィルと護衛騎士の四人で市場に来た。
この世界の野菜や果物を頭の中でイメージしながら、復唱し、少しずつ覚えていく。
「っ、」
ふと、ある気配に気づく。
「今――」
視線の先にあるのは路地裏。
明るい華やかな大通りとは違い、不良や犯罪の溜まり場と化す場所。
師匠と兄弟子には、見ても入るな、としつこいぐらいに言われてきた。
「どうしたの?」
お嬢様が首を傾げる。
「いえ、何もありませんよ」
とりあえず、誤魔化しておこう。
今の私に出来ることは限られてる上に、お嬢様の側を離れるわけにはいかないから。
それでも、一度気になると、その後も気になるわけで。
ノルディーク家にも慣れてきた頃、そっと気になっていた路地裏へと続く道を大通りの道から覗き込んでみる。
そんなときだった。
「……何してんだ」
「ひっ!」
背後から声を掛けられ、思わず声を上げそうになった。
振り向けば、声の主であるウィルが呆れたような顔でこちらを見ていた。
「何でここにいるの。お嬢様はどうしたの?」
「お前が、遅いから、捜してこいって、言われたんだよ」
「一回一回切って言わなくても、分かるから」
一々、強調しなくても……。
「お前、前にもここを見てただろ」
「見てたんだ」
さすが、監視役。
「で、何がある」
「さあ?」
「ふざけてんのか」
「分からないものは分からない。感じただけだから」
ウィルが呆れたような、頭大丈夫か、と言いたげな目をしたけど、嫌な予感も、良い予感もするのは事実だ。
でも、行ってはダメだと、師匠と兄弟子に言われているので、大人しく従っておくことにする。何らかの事件に巻き込まれたくもないから。
ノルディーク家に返ってくれば、どうやら来客中だと、通りかかったメイドさんが教えてくれた。
「とりあえず、行くぞ」
とりあえず、ウィルに大人しくついていく。
お嬢様に帰ってきたことを伝えなければならないから。
そして、居場所を確認し、お嬢様もいるであろう、応接間に向かえば――……
「師匠!?」
来客とは、師匠のことだったらしい。
「よう、バカ弟子。やっと見つけたぞ。見なかったことにしろ、って言ったのに、何通ってるんだ。バカ弟子が」
「ちょっ、二回も言わなくても……」
「言わなきゃ分かんねぇだろうが、お前は」
大事なことだから二回言った、と師匠は言う。
「すみません。うちのバカ弟子が迷惑を掛けました」
「いえいえ、彼女がいるだけで、楽しかったですよ」
師匠の言葉に、お嬢様がそう返す。
「良かったな、褒められて」
「師匠にそう言われると、褒められた気分がしません」
それを聞いたのか、すっと立ち上がった師匠は私の隣に立ち、
「それはどういう意味だ。なぁおい」
「痛い痛い痛い!」
笑顔で私の頭の横をぐりぐりとしてきたが、解放されたときには、痛さから涙目になってたと思う。
「うぅ、痛い……」
「当たり前だ。痛いようにしたんだから。俺もあいつも心配させた分、反省しろ」
溜め息混じりにそう言われる。
あいつというのは、兄弟子のことだろう。
あちらとの時間差は分からないけど、長い間いなかったのだから、心配されるのは無理はない。
「それで、貴女はどうするの?」
「はい?」
「その人と帰るのか、こちらへ残るのか」
お嬢様の問いに、私は困った。
師匠がいるということは、私を連れ戻しに来たんだろうから。
とはいえ、こんな問い、いきなり過ぎる。
「少し、考えさせてください」
みんなが見ている中で、私は応接間を出て行く。
今の私には、考えるための時間が欲しいという言い訳をしながら、この場から逃げるという選択肢しかなかったのだ。
あれから何分、何時間経ったのだろうか。
元々は故郷に帰りたくて通ったあの扉は、この世界に通じ、私はお嬢様たちと出会った。
「私は――っ」
どうしたい?
何がしたい?
そう考えていれば、涙が流れてきた。
「答えは、」
決まっていた。
涙を拭き、月明かりが照らす窓の先に目を向ける。
今言わなければ、再びうじうじとしてしまいそうなので、そのまま自室を出た。
「師匠、私です」
そして来たのは、後で追いかけてきたウィルから教えられた師匠の客間。
ノックして伝えれば、師匠はドアの隙間から顔を覗かせてきた後、中に入れてくれた。
「どうした」
「あの、私……」
「残りたければ残ればいい。あいつには上手く言っといてやるし、後で寄越してやる」
「な、何で……」
私の問いに師匠が呆れた目をして、口を開いた。
「お前との付き合いは、あのお嬢さんたち以上だ」
分かるに決まってる、と師匠は言った。
「それにしても、あのお嬢さんは凄いな」
「お嬢様が、ですか?」
「勝手に雇ったのは自分だが、どうするかの判断はお前に一任すると言ってきた。全てはお前の意思次第だと返しても、にこにこと笑みを浮かべて、『あの子の意思次第でどうなるのか、大体の予想はついているので、大丈夫だと思いますよ』と言ってきやがった」
「……そう、ですか」
お嬢様はどうなるのか、私が残るということを見据えていたのだろうか。
「まあ、明日。きちんとどうするのか言え。俺は口出しせずに聞いてやる」
そう言われ、私は自室に戻り、寝ることにした。
師匠の言葉を信じて。
☆★☆
翌日。
「答えは出た?」
ウィルの入れた紅茶を口にし、お嬢様が笑顔で聞いてきた。
「はい、決めました」
「そう」
私の答えに、お嬢様は頷くように返してきた。
師匠は昨夜言った通り、目を閉じ、一言も口出ししてこなかった。
「私はこちらにいることにしました」
「本当にいいの?」
「はい、師匠も知っていますから」
お嬢様の確認に頷く。
「貴方はいいんですか? 彼女を連れ戻すためにいらっしゃったはずですが」
「こうなること分かってたくせに、それを聞くのか」
尋ねるお嬢様に、師匠は目を開き、視線を向ける。
「あら、私は『勝手に雇ったのは私』だと言ったはずですよ?」
「こいつに一任していたのにか」
「それで彼女が辞めようが辞めまいが、私に責任も止める権利もありません。私の責任は、彼女がミスをした場合に起きますので」
一体、二人の間でどのようなやり取りがあったのだろうか。
ウィルに目を向ければ、偶然にも目が合ったけど、すぐに逸らされた。
「ですから、彼女の意思を曲げることは出来ません」
「やれやれ。いやに頭の回るお嬢さんだ」
笑顔で言うお嬢様の言葉に、でも、と師匠は言う。
「こいつに何かあったら、こいつの意思に関係なく、連れて帰らせてもらうからな」
「ええ、構いません。私の知る限り、貴方が彼女の保護者ですから」
「お前もいいな?」
「はい」
私は理解したことを示すように頷いた。私に何かあったのと同時に、私は師匠たちの世界へ帰らなければならない。
「それで、貴方はどうします?」
「俺か?」
「はい」
師匠はどうすっかなぁ、と呟いた。
「俺は一度帰るわ。で、こっちで世話になる」
「そうですか」
「いやいやいや、師匠?」
「何か文句あるのか?」
「いえ、ありません」
私が師匠相手に逆らえるわけも、文句言えるわけも無い。
「じゃあ、俺帰るわ」
「あ、送ります」
「いや、いい」
送ることを申し出ますが、断られた。
「では、お気をつけて」
「ああ、それじゃあな」
ぽんぽん、と私の頭を撫でた後、師匠は帰って行った。
そして――
数日後。
「俺に意見するとはな。使用人の分際で」
「それはこちらの台詞です。部外者は黙っててください」
毎日毎日懲りずに、ウィルと師匠が目の前で口論を繰り広げていた。
斜め前にいる、ソファに腰掛けているシルファローゼお嬢様は、といえばにこにこと楽しそうに笑みを浮かべている。
一体、何がそんなに楽しいのか分からないけど、そろそろ止めないと――……
「おい」
「お前はどっちの味方だ?」
こちらにとばっちりが来る。
なので、私はいつも通り、こう答える。
「私は、お嬢様の味方です」
と――
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