アリーズ工房(ファンタジー系世界編)


 ザックザック、と音を立てながら、一人、雪道を進む。

 一人で来た目的は、雪山ここに棲息している生物たちの観察と材料の採取なのだが、本当に観察と採取が目的のため、寒さ対策と軽く武装した程度だ。

 そこで、目の前に何かが倒れているのに気づく。


「人……?」


 近づいてみれば、人が倒れていた。


「……」


 見捨てるのもアレなので、助けるために腕を肩に乗せる。

 これが帰る途中で良かった。

 行く途中だったら、どうなっていたことか。

 そして、を落とさないよう気をつけながら、我が家へ帰るのだった。


   ☆★☆   


 迷宮要塞都市・グランツェ。

 迷宮やダンジョンへと四方八方に繋がっており、街の周囲を囲む壁や王都顔負けの結界の強度から、付けられた二つ名が『迷宮要塞都市』である。

 また、迷宮やダンジョンに繋がっているためか、多くの冒険者たちが拠点とする街でもある。

 さて、その街の一角には、とある工房がある。

 その名は『アリーズ工房』。


「帰ったよー」


 転移魔法で工房内に姿を現せば、


「おかえりー」

「お帰りなさい、マスター」

「ご苦労」


 それぞれがそう言いながら、出迎えてくる。

 上から順に、赤、金、赤茶……いや、赤髪緑瞳のフィーリア、金髪青眼のミシェイラ、赤茶髪にフィーリア同様の緑瞳のリーナだ。


「あら? マスター。どうなさったんですか?」


 私の背負っていた青年にミシェイラが気づいた。


「ああ……雪山で倒れていてな。帰る途中に見つけたから、ついでに助けた」


 そう答えれば、ミシェイラはそうですか、と言って、布団を敷きに行った。

 フィーリアとリーナが近づいてくる。


「あれ? この人凍傷になりかけてる」

「え、マジ?」


 フィーリアの言葉に、背負っていた青年を見る。


「治療は……フィーリアに任せていい?」

「うん」


 確認すれば頷かれたので、運んだ後は彼女に任せれば大丈夫だろう。


「で、リーナ」

「何?」


 先程から期待に満ちた目でこちらを見ているから、彼女にも仕事をやる。


「さすがに一人では持てないから、運ぶのを手伝ってくれない?」

「うん」


 そう言えば、頷かれたので、彼女に手伝ってもらいながらも、工房内を何往復かはした。

 その途中で、


「ちー、取りすぎ」


 とリーナに怒られたが。


「ふぅ……」


 全てを運び終わり、息を吐く。

 工房内治療担当のフィーリアが彼の世話をしているから大丈夫だろう。

 そこで、ふと思ったのは助けた青年の容姿だった。

 青年の持つ黒い髪は、遠い場所にある故郷を思い出させる。


「さて、どうすっかな」


 青年が起きてもないのに勝手に話を進めるわけにも行かないので、起きるまで待つことにした。


   ☆★☆   


 青年の目が覚めた。

 そして、驚いたことに第一声が、


「実は俺、異世界から来たんです!」


 だった。完全にパニクってると分かったため、


「よし、少し落ち着こうか」


 軽く宥めてやる。

 そして、青年は助けてくれた礼から始まり、自己紹介と自分が住んでた世界について話した。


 つか、ぶっちゃけ、私の故郷と変わんねぇ。


 住んでいた場所は違えど、私がこっちに来る前の時代と青年のいた時代は、ほぼ同じだったらしい。


「って、ことは、マスターの同郷者なんですね」

「え?」


 話を聞き、そう結論づけたらしいミシェイラに、青年は不思議な顔して、私を見る。

 確かに、間違っちゃいないし、日本人の特徴は双方一緒だけども、片や助けた方で片や助けられた方だ。

 つか、彼が工房にいてはマズい気がする。


「私は工房ここの主、アリーゼだ」

「あ、佐々木ささき唯葉ゆいはです。よろしくお願いします」


 とりあえず、こちらが名乗れば、頭を下げられる。


「もー、アリーってばー。同郷者なら本名名乗ってもいいじゃないですかー」


 フィーリアに言われ、本名? と首を傾げる青年ーーいや、唯葉に、私は渋々本名も名乗る。


「本名は有村ありむら千歳ちとせ。君と同じ日本人で、こっちでの生活は君より先輩」

「え、でも、さっきは……」


 確かに、ミシェイラたちの後にアリーゼと自己紹介したが、本名は今名乗った有村千歳だ。


「さっきは活動名だから、名前を呼ぶときは本名よりもそっちの方がいいと思っただけ」


 溜め息混じりにそう言えば、なるほど、と納得される。

 そんなときだった。


「千歳ー、いるかー?」


 聞き慣れた声が聞こえてきたので、奥ー、と返してやれば、顔を覗かせてきた。


「那由」


 声の主は、小鳥遊たかなし那由なゆといい、私や唯葉と同じ異世界人だ。

 名前に反して、性別は男。私と名前が逆なら、納得できそうだが、今更言っても意味ないので、私も那由も諦めてるが。

 ちなみに、私と那由は幼馴染ではなく、こちらで会ったので、会った当初は互いが日本人だと分かると意気投合していた。

 しかも、年は同い年。


「どうしたの?」

「迷宮のモンスターたちが出てきて、街に向かってきてる」


 那由に尋ねれば、息は上がってないものの、汗をかいていることから、走って知らせに来てくれたらしい。


「マスター」


 ミシェイラたちが目を向けてくる。


「さっさと用意して、現場に向かうよ」

「はい!」

「了解です」

「うん」


 私の声かけに、上からフィーリア、ミシェイラ、リーナの順で返してくる。


「悪いけど、那由。彼と店のこと頼んだ」

「ああ、分かってるよ」


 どうせ、いつものことなので、那由もあっさりと受けてくれた。


「それと君は、困ったことがあれば、那由に言って。内部把握してるから」

「は、はい!」


 那由のことだから問題ないとは思うが、念のため、だ。


「ほらほら、さっさと行った」

「じゃあ、行ってくる」


 その場を那由に任せ、私たちはその場を後にした。


   ☆★☆   


 現場に来てみれば、生じた被害や敵は意外と言うべきか、予想通りと言うべきか。


「お、アリーズ工房の奴らだ!」

「なら安心だな」

「頑張ってー」


 街の人たちの声援が聞こえる。

 そんな街の人たちとは対照的に、私は顔を歪める。


「マスター、どうします?」


 ミシェイラが尋ね、リーナも視線だけで尋ねてくる。フィーリアも意識だけはこっちに向けてくる。

 いくらグランツェに冒険者がおり、彼らも相手をしているとはいえ、相手が相手、数が数だけに捌ききれるわけもないことぐらい、三人は気づいているのだろう。


「やるしか、ないでしょ」


 だが、今回ばかりは相手が悪い。

 時間をかけても倒すつもりではいるが、勝敗で言えば、五分五分だろう。

 というか、そこまで持ち込めるかどうかも分からんが。


「これ以上、被害を出されたら困る」


 今、工房まで壊されたらマズい。

 工房となっている小屋(というか家)には、何だかんだで最終兵器が仕込んである。

 ただでさえ、崩壊した家の数々の修復をしなければならないのだ。

 これ以上、仕事を増やされては、こちらの身が持たない。


「さすがに不眠不休で全て修復するのは遠慮したいでしょ?」


 だが、これは本当におまけ程度だ。

 この街が崩壊すれば、ある意味直結している国自体も崩壊しかねない。


「それに――ここは『迷宮要塞都市』だ」


 被害はここで止められるはずだ。

 この街は外側からの攻撃に強ければ、内側からの攻撃にも強い。


「だから、絶対に止めるよ」


 そして、いつも通りに告げてやる。


「迷宮要塞都市・グランツェを拠点とする『アリーズ工房』を相手取るんだ」


 四人で横一直線に並ぶ。

 目の前には、被害が未だに少ないのが不思議なくらいの、大規模災害が起こせそうな竜。


「せいぜい悪あがきでもして、抵抗するといいわ!」


 けれど、負けるつもりはない。

 切り札を使うことになっても、死ぬことになっても、私は――私たちはこの街を守るだけだ。


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