第九章 悔いなき答え3

「賭けはわたしの負け。だけど、ずっとわたしは疑問に思っていたことがあるの」

 わたしのその言葉に、リーシンは瞬きをした。

「疑問に思っていたこと?」

「そう。あなたは言ったわ。わたしだからこそわたしを王妃に選んだと。その意味が知りたいの。あなたは本当にわたしを好きでわたしを妃にしようとしたの? それともあなたの言っていた王家のしきたりに逆らうためにわたしを利用したの? わたしはそれを知りたい」

 どんな答えが返ってこようとも、わたしが彼を好きな事実は変わらない。もし後者だとしても、それはきちんと受け止めよう。そう思っていた。

 リーシンは少しの間沈黙していたかと思うと、おもむろにくすくすと含み笑いをしだした。

「リ、リーシン……?」

 わたしが訝しんで彼のことを見上げていると、彼は笑いを止めて、わたしの顔を正面から見つめてきた。

「そうか。そういえば、お前にはきちんと話していなかったな」

 彼はどこか照れくさそうな顔をしていた。初めてみるはずの表情の中に、なぜかわたしは懐かしさを覚え、不思議な感覚がした。

「お前は覚えていないだろうな」

 リーシンは、すっと遠い目をして話し始めた。

「昔、おれが小さかったころ、おれは一度王宮を抜け出して、とある村にいったことがある。その村で、おれはある一人の女の子に出会ったんだ」

 わたしはその言葉を聞き、目を大きく見開いた。

「その女の子は、道端に咲いている小さな花を、一生懸命摘んでいた。そんな様子をおれはなにげなく見ていたんだ。するとその女の子は、おれに気づいてそれまで摘んでいた花の束を、おれに差し出してくれた。おれは突然のことに驚いたが、とても嬉しかった。そんなふうに誰かに花を渡されたことは、初めてのことだったからだ」

 雪が融けて流れていくように、忘れていた時が動き出した。

 そうか。

 そうだった。

 なぜ今まで忘れていたのだろう。

 わたしはずっと前に、彼に会っていた。

 会っていたというのに。

 彼こそが、わたしの初恋の人だったというのに。

「お前はあのときの女の子なのだろう? おれは、お前の目を見たあのとき、それに気づいた」

 そんなことを、誰が信じるというのだろう。

 そんな昔に、たった一度だけ会った女の子のことを、覚えているだなんて。

 そして目を見ただけで、その人物だと気づくだなんて。

「だからこそ、おれはお前を選んだ。お前は、おれの初恋の人だったから」

 リーシンは、はにかむようにして笑った。そこには確かに、あのときの少年の面影が残っていた。

 わたしは、自分の目から熱いものが落ちてくるのを止められなかった。

 嬉しさや戸惑いや懐かしさといったものが一遍にやってきて、感情の制御ができなかった。

 ただただ、目の前にいるこの人と再び巡りあえた奇跡に感謝した。

 リーシンは、再びわたしをその胸に包み込んだ。温かなその胸の中はとても幸せで、いっそこのままとろけてしまいたいとさえ思った。

「メイリン。おれはお前が好きだ。この世で一番愛している」

 嬉しくて幸せで、どうしようもなく罪深い。

 わたしは本当の恋というものを、そのときようやく理解した。

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