王様とわたしの秘密の賭け事

美汐

序章 王との賭け

 美しい着物。煌びやかな装飾具。

 雅やかな部屋を与えられたわたしは、本当はこんな生活とはまったくの無縁のはずだった。

 ――なのに。


「メイリン。こっちを向け」


 言われてそちらに目をやる。

 そこにいたのは美しい顔に、自信に満ちた表情を浮かべる王。


「なんだそのむくれた顔は。なにか言いたいことがあるようだな」


 そうだった。言いたいことは山ほどあった。ただ、なにから話せばいいのかよくわからなかった。


「かまわん。なんでも話してみろ。罪に問うようなことはしない」


 その言葉を信じていいものかよくわからなかったが、わたしはそれに従うことにした。


「じゃあ言いますけど、わたしはこんな生活、望んでなんかなかったわ」


 わたしがそう言うと、彼はくすりと笑った。


「籠に捕らわれた鳥のようか?」


 わたしはその言葉に、たがが外れたように、次の言葉を吐き出した。


「そうよ。宮廷でなに不自由なく暮らせるといっても、こんなのはわたしの望んだことじゃない。王妃になんて、なりたくなかったのに!」


「王妃になりたくない? おれの王妃になりたいという女が、ごまんといるというのに?」


「そういう人たちと一緒にしないで。確かに王妃なんて、なる前はあこがれの存在ではあったけれど、実際に自分がなるなんて、そのときは思いもしてなかったんだから。王妃になんて、わたしはなりたくなかったわ」


 それを聞いた彼は、ずいっとわたしに近づいてきた。突然その顔が間近に近づく。


「このおれの目の前で、そんなことを言う女は初めてだ」


 そして、彼はわたしの顎に手を添えた。


「わわっ。ちょ、ちょっと待って!」


 わたしは慌てて顔を背け、ドキドキと弾む鼓動を落ち着けるように深呼吸をした。


「そそそその。王妃になるってことはそういうことなのはわかってるんだけどっ。ままままだ心の準備というものが……」


「ふうん。心の準備、ねえ」


 彼はそう言うと、指でくるくるとわたしの髪をもてあそび始めた。

 この人はちゃんと人の話を聞いているのだろうか?


「だいたい王家というのは、雲の上の存在で、そんなところに嫁入りするなんて、天地がひっくり返ったみたいなものなのよ。まさか自分がそんなことになるなんて思いもしなかったわ」


「身分が違い過ぎるって?」


「そうよ! どうしてわたしなんかをあなたが王妃に選んだのか。全然理解できないわ」


 わたしの言葉に、彼はふふっと微笑んで、言った。


「だからこそ選んだ。それじゃいけないか?」


 その言葉にわたしは目を丸くした。


「おれは、お前だからこそお前を王妃に選んだんだ」


 その言葉に、心臓を鷲掴みにされた気分になった。

 こんなわたしだからこそ、わたしを王妃に選んだ。

 それが本当なら、それはどういう意味なのだろう――。


「なあ、メイリン。じゃあ、こうしないか? これからひと月の間、婚姻の儀を迎えるまでは王妃のお試し期間ということにしてみたら」


「お試し期間?」


 突然の彼のその提案に、わたしは再び皿のように大きく目を見開いた。


「まあ、賭けみたいなもんだ。このひと月の間で、お前がおれに惚れなければ、婚約は解消。お前は晴れて自由の身に戻る。しかし、その反対ならおれの妃になる」


 わたしはその提案に、あんぐりと口を開けた。

 なんとまあ、随分な自信である。ひと月でわたしを自分に惚れさせてみせると高言してみせたのだ。王様だからだと納得するべきなのか、呆れるべきなのか、わたしは反応に困った。

 しかし、その提案にはわたしも賛成だ。


「わ、わかったわ。その提案、受け入れることにする」


「よし。決まり、だな」


 わたしと王様の賭けは、こうして始まったのだった。

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