第80話:北方炎上3

 皇国軍前衛部隊司令官を務めるラウザは女公爵という地位にある。

 未だ若い彼女がこの地位にあるのは彼女の生まれと実績双方が合わさっての話。公爵という地位が示すように彼女は皇帝の血を引いている、というか前皇帝の娘にあたる。

 皇帝が傍仕えの者に手を出して生まれたのが彼女だった。とはいえ、皇帝の傍仕えをしているような娘は基本、貴族の娘だ。身元がしっかりしているような娘でなければ皇帝の傍になど仕えられない。

 さて、この女性、娘を生んで間もなく産後で体が弱っている所に毒を盛られ、亡くなった。

 だからこそかもしれないが、前皇帝は忘れ形見というべき娘を可愛がりはしたものの、このまま宮廷に置いておいては拙いという事も重々理解していた。故に公爵という地位を与え、臣籍降下させたのだった。

 その後、彼女は武術というより戦術に興味を示し、指揮官として有能さを示していった。

 前皇帝の娘という事、現皇帝にも年が離れ、帝位継承に関わりのない妹という事もあって可愛がられた結果、今こうしてここにいる。


 「さて、連中はケレベル要塞に籠っているのでしたね?」

 「はっ!常の通りであります!」

 「結構、まともな頭があればそうしますね」


 うんうんと頷いた。

 周囲もにこやかな表情だ。

 

 「では、第一段階を。明日昼には動かせるようにして頂戴」

 「はっ!了解致しました!!」


 即座に作戦の第一段階発動が命じられた。

 参謀の一人がそれを伝え、伝令達が駆けていく。


 「さあ、どんな反応をしてくるのかしら?」


 願わくば良き敵であらん事を。

 声には出さず、羽扇で隠れた口元が妖しく歪み、笑みとなった。




 ――――――――――




 「……動かんな」

 「ですな」

 

 陣を展開した皇国軍は翌朝になっても動かなかった。

 

 「てっきり一当てしてくるかと思っていたのだが」

 「夜襲を仕掛けてくる可能性も考えていたのですけどね」


 はっきり言って不気味だ。

 

 「どうやら奴ら我が国の要塞に怖れを為しているようですな!!」


 ……また来やがった。

 イーラ侯爵らの内心はそんな気持ちで一杯だった。

 はっきり言ってしまえば、ハーガ伯爵の言動はベテラン揃いの将達からすれば苛立つ言動が多かった。

 無論、それはベテランの将兵らも同じだった。いや、むしろ彼らの方がストレスをためていただろう。理由だが。


 「……油断してはならん。相手の指揮官は戦上手で知られるラウザ女公だそうだ」  

 「おお、あの皇帝の娘というコネで成り上がった小娘ですな!なんの、所詮は今の皇帝の娘という立場もあってのお飾りでしょう」


 前皇帝の娘だよ!!そんぐらい覚えとけ!!

 それにお前よりは戦場経験してるよ、てめえ戦場初めてだろうが!!

 そんな怒声が洩れそうになるのをぐっと堪えて、口にしたのは。


 「…………そうだな、その可能性もある。だがその分彼女の周囲につけられているのはそれでも勝てるだけの優秀な将だという事だろう、それを忘れてはいかん」

 「成る程、それは確かに……失礼致しました。私の勇み足だったようです。謝罪致します」


 と、当人なりに納得すれば謝罪の言葉は述べる。

 しかし、将兵達には地位的に下手にこうした反論を述べる事は出来ない。だから、余計にストレスが溜まる訳だ。

 

 (最悪、南方と皇国が繋がっていたにせよ、皇国がただ南方に期待して何もしないなどという事はありえん。奴ら一体何を考えている?いや、何を待っている?)


 イーラ侯爵の脳裏に複数の考えが浮かんでは消える。

 こうした要塞で一番典型的な攻略方法は大きく分けて四つ、坑道(による水の手を絶つ事も含む)、兵糧攻め、裏切り者による内応、そして大火力による真っ向からの攻城戦。地形次第では水攻めだの、極端なものでは山を越えて船を運ぶといった変わった戦法が取れる事もあるが、それらはあくまで例外中の例外。そして、この内、このケレベル要塞は前述の内二つ、坑道戦術と兵糧攻めに関しては万全の体制が整えられている。そもそも兵糧攻めに関しては、巨大な門のように立ちはだかるケレベル要塞を越えなければ、後方から食料などを運び込むのを妨害する手もない。

 となれば……。


 (内応か、火力……)


 長年の努力で既に裏切り者を仕込んでいるか?  

 それとも、大火力で真っ向から仕掛けてくるか?

 もっとも、内応に関しては城塞陥落の一番の原因とも言われるだけに警戒しているし、そもそもケレベル要塞の場合、複数の門で同時に裏切り者が発生しなければそうそう陥落などしない。その為には要塞に詰める兵士の三分の一近い裏切りが必要になるだろうが、そこまでいけばどのみち要塞の維持など不可能だ。

 そんなイーラ侯爵の思考に対する解答はアルシュ皇国側から示される事になった。


 「おや?閣下、あれは?」


 ハーガ伯爵の疑念に満ちた声に視線を向ければ、皇国軍の陣地から新たに押し出されるものがあった。

 それを見た瞬間、イーラ侯爵は答えを得た。  


 「まさか……奴ら火力による真っ向の攻城戦をやらかす気か!!」


 そう叫ぶと同時に参謀長とハーガ伯爵の首根っこをひっつかんだイーラ侯爵は魔道具にて「全軍、屋内に退避!!」と叫びながら自身も要塞内へと駆けこむ。「「ぐえっ!?」」という声が左右両方から聞こえたが、構えている余裕はない。

 そうして、イーラ侯爵が要塞内に駆け込んで僅かな間を置いて、要塞が揺れた。

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