第81話:北方炎上4

 「まったく、思い込みという奴は度し難い」


 ラウザ女公のぼやきに周囲の歴戦の指揮官達は苦笑を浮かべた。

 一般的に用いられている攻城戦及び防衛戦に使用される大型攻撃兵器は大きく分けて二種類が主体だった。

 一つは投石器。

 射程こそ短いものの、大型の質量弾である岩石を投射する他、油を詰め込んだ樽や果ては病気の源になりそうな家畜の死骸、敵の戦意を落とすべく敵の遺体を投げ込む事に使われる事すらある。そうした種別を問わない物体を投射するのに用いられているがいかんせん射程は数百メートルが限界だ。

 こちらは主に城を落とさんとする攻撃側が用いる事が多い。

 もう一つは魔導砲。

 簡潔に言ってしまえば、複数の魔法使いの魔法を魔石に蓄え、収束させて放つ魔法弾である。

 こちらは実体を伴わない分、高速且つ長射程なものが多い。地魔法なら?と思うかもしれないが、地魔法では小型の礫サイズを多数作るならともかく、大型の岩石を形成するのは実は効率が悪いという現実がある。

 こちらは分厚い城壁に守られた防衛側が用いる事が多い。


 しかし、今回アルシュ皇国軍が用いた兵器はそのいずれでもなかった。もっとも、ティグレや常葉達が見れば不思議に思う事はないだろう。いや、むしろこうした攻城兵器の実態を彼らが知っていれば、アルシュ皇国軍と同じ兵器を開発出来ないか模索していたに違いない。

 なぜなら、彼らが持ち込んだのは地球における砲の同類だったからだ。すなわち、魔法による爆発によって筒状の中に詰めた砲弾を弾き飛ばすというものだ。

 その後、研究を重ねてより敵要塞の破壊に向いた弾の形状、より長射程を目指して開発がすすめられ、今回遂にお披露目となったのだった。しかし……。


 「ですが、耐久性を考えるとあまり連射は出来ませんぞ」

 「わかっている。発射回数の制限に頼らず、不審な点が見られたらすぐ砲撃を停止させるよう徹底させよ!」

 「ははっ!!」


 そう、それが未だ続く難点だった。

 投石器も魔導砲もいずれも砲身にかかる圧力という点を気にする必要性がなかった。

 しかし、地球の砲と同じ構造を持っているという事はまず魔法の爆発に耐えなければならない。これを彼らは結界を張る事で乗り切ったが、それ以外にも難問は続出した。

 例えば、単純な砲身製造の問題。

 長い筒状で、尚且つ爆発の結果噴き出す圧力に耐えるだけの頑丈さが必要になる。それが出来なければ、爆風が隙間から漏れ出して、射程に支障をきたす。最悪は砲身破裂によって味方の砲兵が大損害を被る事になりかねない。

 しかし、これまでそんな筒状の砲身など製造された事がなかった。

 当初の実験段階では大木をくり抜いた木製の砲身を作り、それを外側から補強して用いたが、それでは大木が何本あっても足りない。何としてでもこの兵器を実用化するには金属を用いた砲身を形成する必要があったが、これまでの鍛冶師の方法でそんな大規模なものを作り上げるのは不可能だった。

 結果として、地の魔法使い達を動員して一つ一つ手作業で製作するしかない、というのが現状だった。それでさえ、慣れない作業である為、未だに不具合、不良品が頻発、発射回数にも制限がかかっている有様だ。


 「報告します!第三投射砲に亀裂発生!!砲撃停止致します!」

 「……二発目で、とは。不良品だな」

 

 ぼやきつつ、遠目の魔法を用いる。

 

 「……ふむ、やはり想定通りの損害を与えているようだな」


 ケレベル要塞は確かに堅牢な要塞だ。

 だが、旧来の要塞である事もまた事実。

 投石器への対策は施されていても、より高速、長射程、大破壊力を誇る新式砲への対策は施されていない。結果、複数の場所で城壁が破壊、貫通されていた。


 「駄目だな」

 「そうですか?」

 「命中率が悪すぎる!おまけに射程も計画よりも短いものが幾つも発生している」


 現在、当初十門の砲から第二射目で一門が破損しての第三射目で合計二十九発が撃ち込まれた。

 しかし、城壁ないし要塞本体に命中したものは合計で十二、残り十七の内四発が崖に命中し、実に十三発が届かず手前に落ちた。


 「爆発の圧力も砲手の勘頼りですからなあ……」

 

 参謀長の諦めたような声の通り、砲弾を発射する魔法の爆発でさえその威力は砲手を務める魔法使いの勘頼りだ。

 なにせ、砲身は熟練の職人芸とでもいうべき地魔法使いの手作り、一つ一つ癖が異なり、また砲身の長さにも微妙な違いが存在している。到底、工業製品などと呼べたものではなく、工芸品といった方がいい。

 かろうじて重要な内筒こそ規格化に成功しているものの、これも共通の筒を用いるという手法である事から同時並行で多数の砲身を作成する事も不可能で、何より重要な点は砲身厚も異なるという点だった。

 結果、熟練の砲手がその勘で「ここまでなら大丈夫、これなら届く」と判断した圧力で爆発させる訳だが、同一の砲を使用するならともかく、一定回数で罅割れ、交換が必要である為に同じ砲を使い続けて、その癖を熟知するという事も出来ない。

 結果、熟練の砲手であっても最初はおっかなびっくり弱めも圧力で発射!という事が当然のように行われていた。上層部としてもそれを咎めて、結果砲身破裂続出という事態は避けたい為、こうした弱爆発による砲身の癖を探る、という砲手の方針を黙認していた。


 「……まあ、いい。どうせあの投射砲だけで陥落するような要塞でもあるまい。当初予定通り、第五射をもって砲撃を中断せよ」

 「かしこまりました」


 結果から言えば、さらにもう一門が破損によって第四射をもって砲撃を中止したものの都合四十六発の砲弾を投射。

 内、更に十一の砲弾が命中、合計二十三発が要塞に命中した。もっとも、一点に集中して、という訳ではなかったのでどこか一箇所が崩壊してケレベル要塞の防衛計画が破綻、という事にはならなかったのだが、それでもケレベル要塞はこれまでにない甚大な損害を受け、当初の防衛計画を改めねばならなくなった。

 ただし……。


 「追加で四門に異音などが発生、破断には至っていないものの砲手より明日の砲撃は困難との連絡が来ております」


 アルシュ皇国の新型砲もまた一日目ではやくも半数を超える六門が使用不能に陥っていた。

 前衛部隊とケレベル要塞守備隊との戦闘は一日目を終えた時点で、はやくも佳境に移ろうとしていた。

 

 

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