第49話:緒戦
南方解放戦線は一般の潜在的な支持者、資金面での支援者こそ多いとはいえ、明確に戦闘要員として参加している者の数は多くはない。というか、そんな大勢に押しかけられても困る、というのが戦線幹部達の本音ではあっただろう。
なにせ、客観的に至極冷静な視点で見た時、彼らはあくまでブルグンド王国に敗れた集団の残骸でしかない。
そして、それは表立っての行動が困難である事を意味している。
隠れ里やアジトはあくまで王国の目から隠れていなければならない。そうでなければ王国軍があっという間に押し寄せて、叩き潰されてしまうだろう。普通の農村を装って、食料生産を企んでもそうした場所には当然ながら王国から税が課せられる。そして、そうした税を支払い、尚解放戦線に供給出来るだけの食料を潤沢に確保出来るかというと……極めて困難と言わざるをえない。
南方における王国からの課税は厳しい。
これは確かに潜在的な南方解放戦線への支持者を増やす原因となってもいるが、同時に王国側の反乱抑圧政策の一環でもある。王国側も反乱勢力に加担する者達が決して少なくない事は重々理解しており、だからこそ余力を、解放戦線を支援する余力を奪い取るべく通常より厳しい税を取り立てていた。
かといって、王国の徴税から大量の食糧を隠し通すのもまた困難だ。
結果として、南方解放戦線の食料事情というのは隠れ里などで育てられたものや、密林で得られた薬草などを売却して購入した食料に限られていた。
かといって大量の食糧を定期的に購入すればやはり足がつく可能性が高い。
結果として、南方解放戦線の養える人数というのは限られており、何千人もの鍛えられた兵力を用意するというのは不可能だった。その結果が、この戦場にいる千人少々の兵だった。これでもかなり無理をして集めた数だった。
「さて、相手の方が当り前だが戦力は多い」
今回の総指揮官の言葉に周囲の者達が頷いた。
いずれもブルグンド王国に敗れる前は軍で指揮官をやっていた者達で、総指揮官はとある国レベルの部族で将軍をやっていたという経歴の持ち主だ。当人は将軍という立場上、責任を負わされての処刑も覚悟していたのだが彼を慕う部下達が監獄を襲撃し、彼らの気持ちを無駄に出来ずに脱獄して解放戦線に加わったという経歴の持ち主だった。
「幸い、戦場に関してはこちらが選べた訳だが……あちらも納得済だろうな」
「あちらが優位に立てるような戦場だとこちらがそもそも出て行きませんからね」
まったくだ、と苦笑じみた笑いが出た。
「まあ、だからといってこちらが有利って訳でもないがね」
その総指揮官の言葉に全員真剣な顔で押し黙った。
幾ら峡谷という地形によって多数で押し潰されるような環境を防ぎ、密林という地形で騎馬部隊の動きを制限し、不慣れな土地という状況でもって下手に間道を利用しての包囲などが出来ないようにしても、だからこそ相手は取れる手段が限定され、それに注力する事が出来る。
まあ、それが相手より多数の兵力、予備兵力という形で現れているのだろう。
「まあ、後はエルフ側の援助と、ここ特有の気象条件をどこまで活かせるかだ」
全員が黙って頷いた。
―――――――――――――――
戦いは矢合戦から始まった。
といっても、別に難しい事をしている訳ではなく、単に互いに矢を撃ち合っているだけだ。互いに距離を取り、盾を頭上にかざしておけば、この距離ではそれほど被害も出ない。あくまで、比率の問題であって被害自体は出ているし、そうなると当然数の少ない側が不利になるのも確かなのだが。
風も特に吹いていない。
そんな中、ブルグンド王国側の歩兵がジリジリと距離を詰め始めた。
「やはりそう来るな」
南方解放戦線側も兵を出したいが、ここで双方の装備の差があった。
南方は暑い。故に、金属製の防具が発展しなかった。つまり、分厚い金属の鎧などが発展せず、当然金属加工技術も防具に関してはそう高くない。もちろん、着込むと長時間耐えられない、というのは王国側戦力も同じだが、短時間ならば耐えらえれる、という事だ。
「よし!弓隊武器を切り換えろ!!」
金属の鎧を着込んで耐えながら進む、という態勢を選んだという事は軽装備で一気に距離を詰めるという方策を放棄したという事。
ここでエルフ側から提供された新弓を彼らは持ち出した。
女性プレイヤー陣の一人、咲夜の上位職は付与術師だ。
もちろん、付与術師の中でもそう突出した技術は持たず、高レベル金属の武器防具への付与は出来ない。具体的にはゲームでも希少金属の代表例として名を上げられるミスリルだのオリハルコンだのヒヒイロカネだのそういった部類の伝説の金属達だ。
そのほか、熟練の『ワールドネイション』の付与術師達に比べれば劣るが、通常の弓の強化ならば問題はない。
その結果……。
「ぎゃあっ!!」
「がはっ!?」
射程延長、命中補正、貫通、威力上昇といった効果を素材次第で付与する事が出来るのが付与術師だ。
今回はそこに良質の木材を用いて複合弓を作成し、そこに【貫通】と【威力上昇】二つの付与が施されている。この内【貫通】は「一定の防御力を無視」する効果で、後者は通常より与えるダメージが大きくなる……現実世界では相手を殺しやすくなる、という事になる。
結果として、盾を貫通し、防具を貫通し、降り注いだ矢が次々と王国軍の前衛を射倒す事になっていた。
こうなると密集隊形が仇になる。
戻ろうとしても後ろが詰まって戻れず、また地形も峡谷故に脇に逸れて、という事も出来ない。
正式に退却命令が出るまでに相当数の兵士が倒れ、退却命令が出ても地形柄そうやすやすと退却は出来ない。
這う這うの体で撤退していった時にはそれなりの数を減らせた、訳だが。
「……百、といった所か」
南方解放戦線の千という数なら一割、だがブルグンド王国軍ならば目の前だけで三千、後方に控えた予備兵力も合わせれば五千。五千の内の百では大した損害とはならないだろう。とはいえ。
「幸先は良し。何より、力押しでは困難だと気づいたはずだ」
最悪、ここで奴らが撤退したとしてもかまわない。
こちらの損害はほぼゼロに近い状態で、相手に一方的に損害を負わせて五倍の敵を撤退に追い込んだのだ。南方解放戦線としては十分誇れるし、噂として流すにももってこいだ。
それが分かるだけに。
「……相手も引かんよな」
王国との戦いはこれからだという事も総指揮官には分かっていた。
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