嘘でしょ!?
気がつけば、四本目のワインへと突入していたというのに、私の意識はかなりしっかりとしていた。
こんなに飲みまくっているのに、そのわりには思いのほか酔わないのはどうしてだろう? クリスマスの時なんて、もっとヘロヘロになったのにな。
そう考えてみて、ある答にいきついた。
それは、一緒に飲んでいる相手が神崎さんだからだと。
きっと大好きな神崎さんを前に、自分でも気がつかないうちに緊張して気が張っているのだろう。
これが櫂君だったら、私は既に一本目を飲み干したところで、ヘロヘロどころか、ゲロゲロになっていた気さえする。
自棄酒とはいえ、一目惚れだった神崎さんとこの部屋で二人きりでお酒というシチュエーションに興奮しているんじゃないだろうか。
だから、こんなに飲んでもヘロヘロにならないんだ。
「ぼんやりして。大丈夫か?」
酔わない理由を考え込んでいたら、心配そうな顔が近くにあった。
さっきまで、小さなテーブルを挟んで座っていた私たちだけれど。飲んでいる間に話が盛り上がり、気がつけば隣同士という距離になっていた。
「あ、大丈夫です」
「それにしても、やっぱり酒豪だね。川原さんは」
ワインのグラスを空にした神崎さんが、胡坐をかいた姿勢でふぅっ、と小さく息を零した。
私も結構飲んだけれど、神崎さんもかなり飲んでいる。心配してくれたけれど、神崎さんこそ大丈夫だろうか。
「神崎さんは、大丈夫ですか?」
「俺は平気。けど、女の子でこんなに飲む子がいるなんて、ある意味感動だな」
神崎さんが笑う。
「なんですか、それ」
私はクスクスと声を上げ、酔わない理由を告げた。
「きっと、神崎さんが一緒だからですよ」
「ん? それ、どういう意味?」
「なんて言うか、緊張しているんだと思います」
「え? 緊張? 俺に? なんで?」
「だって、神崎さんは、私の一目惚れした人なんですから」
こぶしを握って久しぶりに告白すると、苦笑いを零された。
同じ人に、こう何度も告白することもされることも、そうないことだから仕方ないか
「そこまではっきり言い切られると。なんか、清々しいよ」
「そう言うわりには、なんか笑ってませんか?」
頬が緩んでいるのを見て取り突っ込むと、声を上げて笑われた。
「なんかさー、川原さんといるとスゲー楽しいよ。いつもニコニコしてて明るいから、一緒に居ると気が楽だし、楽しめる」
ひゃあー。嬉しいこと言ってくれちゃうんだから、神崎さんてば。
惚れてまうやろーーーっ。って、既に惚れてるんですけどね。
「この前は、風邪でだめだったけど。また、ラーメン行こうな」
「はい。是非っ」
「ラーメンで思ったけど。ちょっと小腹空かないか?」
確かに、さっきから口にしているのは、チーズと生ハムくらいだ。しかも、一人で自棄酒だと思っていたから、そのチーズや生ハムの量もたいして買っていなかった。
それを二人で分けて食べているのだから、おなかが空いて当然だ。そうだ。
「うどん。食べますか?」
「うどん?」
「はい。前に私のことストーカーって言っていた時に、半分ずつ食べたうどんです」
わざとそんな風に話すと、神崎さんもそのノリに付き合い笑顔で返してくれた。
「ああ。ストーカーの時のうどん」
可笑しそうに、神崎さんが笑う。
「今日は、お揚げとネギ以外に椎茸つけちゃいます。しかも、半分ずつじゃなくて、一人前ずつありますよ」
「ははっ。椎茸がプラスの一人前か。じゃあ、貰おうかな」
「了解しました」
嬉しそうに笑う神崎さんの顔を見て立ち上がると、さすがに飲みすぎたのか足に来ていた。ヨロヨロとして、近くの壁に手をついた。
「おいおい。大丈夫かよ」
「平気です。平気です」
ヘラヘラ笑ってみたものの、これはちょっと。いや、結構来てるかも。立ってみて、初めて自覚した。
けど、神崎さんの前でゲロゲローなんてできるわけもないので、私は気合を入れてキッチンへ向かった。
鍋に火をかけてうどんの準備をしながら、こっそりキッチンから神崎さんの様子を見てみた。
彼は、すっかりこの部屋でくつろいでいて。その姿を見れば、まるで同棲相手でもあるかのようだ。
神崎さんと同棲なんて、きっと毎日がとっても楽しいだろうなぁ。
ラブラブでイチャイチャで、むふふふ。
勝手によからぬ想像をしてみたりする。
ニヤニヤしながらうどんを作っていると、喉の渇きを覚えて冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、ゴクゴクと流し込んだ。
は~っ、おいし。
そこへ神崎さんもやってきた。
「あ、それ。俺にも頂戴」
半分ほど残っていたペットボトルを私の手からとると、そのまま口をつけて一気に飲み干してしまった。
間接キスだ、へへ。
「さすがに俺も、飲みすぎたかもしれない」
ふぅーっと長い息を漏らして私を見る。
「神崎さんも、お酒強いですよね」
「んー。まぁ、弱くはないかな。大学の頃は、先輩たちに浴びるほど飲まされまくってたから、結構鍛えられてんのかも。それに、仕事の付き合いもあって、飲みの席も多いから、自然と強くもなるよ」
なるほど。男の人も、何かとお付き合いの場で大変な思いをしているのね。
キッチンで話し込んでいるうちに、うどんが煮えた。
「さ、できましたよ。食べましょうか」
器を用意してとりわけ、仲良く並んで座りうどんを頬張る。
幸せを絵に描いたような光景に、自然と私の目じりが下がっていく。
「なに、にこにこしてんの?」
「幸せだなぁーって」
「そんなにうどんが好きか?」
「違いますよ。神崎さんとこうしていられるなんて、私にしてみれば夢みたいな話ですから」
「こんなのが夢なんて、小さすぎるだろ」
「いえいえ。私は、多くを望みません。つつましく生きるのです」
冗談めかして言うと、クツクツ笑われた。
すると、持っていたうどんの器を置いて、神崎さんが私をじっと見た。
はて?
首を傾げてその目を見ていると、小さく囁いた。
「もっと幸せにしてやろうか?」
「え?」
思う間もなく重なる唇に、私の目が見開いた。
嘘っ……。
余りに一瞬のこと過ぎて、体が固まってしまう。
触れた唇はまだそのままで、ほんのり煙草の香りがしている。その香りを残したまま、神崎さんの顔がゆっくりと離れていった。
今……何が起きたの……?
えっと、えーっと。私、キス……された……よね?
神崎さんは、いつまでも目を見開いたまま動こうとしない私に、優しい笑みを浮かべて見つめている。
「驚きすぎ」
「え……あ。だって……」
「イヤだった?」
イヤ?
そんなわけない……。大好きな人にキスされて、嫌なはずがない。
だけど、なんだろう。何かが違う……。
よく解らないけれど、イヤじゃないけれど……。
神崎さんを見たまま、未だ動けずにいると、もう一度顔が近づいてきた。
瞬間、どうしてなのか私は顔を背けてしまった。
「あ……、ごめんな……さい……」
私の行動に、神崎さんは戸惑いを見せた。
当然かもしれない。あんなに好きだの一目惚れだの言っておきながら、キスを避けるなんておかしいよね。
だけど、なにかが自分の中でブレーキをかけるんだ。それが何なのかは解らないけれど、これ以上進んじゃいけない気がした。
「いや。いいよ。俺も、突然すぎたし」
神崎さんが少し寂しそうな顔をする。
どうして私は、彼のキスを拒んだんだろう……。
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