誰のせい?

 相変わらず、何の生産性もない会議が長々と続いていた。

 胸の中のモヤモヤは治まる気配もなく、エレベーターから出てきた櫂君と佐々木さんの姿が頭から離れない。

 櫂君は、今も佐々木さんのところで、パソコンの調子を見てあげているのだろうか。櫂君のことだから、引き受けたからにはしっかりやり遂げてくるだろうけれど。もしも、今日中に直らないとしたら、明日もうちの仕事そっちのけで、佐々木さんのところへ行きっぱなしになるのかな。

 別に、私一人だって仕事はちゃんとこなしていけるけどさ。他の部署に行ったっきりって、どうかと思うのよ。

 大体、部長は何も言わないわけ? うちの大戦力の櫂君が他部署に持ってかれてんだから、苦情の一つも言うべきじゃない?

 考えれば考えるほど、モヤモヤとしてくるし、イラつく。

 頭と指は別の生き物なのか、これだけ会議以外のことを脳内に巡らせていても、私の指は一言一句間違うことなくキーボードを叩いていく。

 強いて言えば、叩く力がいつもよりも強いだけだ。

 ガツガツとキーボードを叩くこと数時間。長い会議が、やっと終わりを迎えていた。

「じゃあ、以上。お疲れ」

 営業部長の掛け声で散会となり、私も深く息を吐き出しノートブックを閉じる。

「はぁ~……」

「随分と深い溜息ついてんじゃん」

 モヤモヤが晴れないままノートブックを持って立ち上がると、さっきまで会議に参加していた営業の佐藤君がそばに来た。

 彼とは、あのクリスマスで絡まれて以来だった。

「この前は、悪かったな。ちょっと悪ふざけが過ぎた」

 佐藤君は、紳士的な態度で頭を下げると、「ところで」と急に顔を近づけてきた。

「この前は、酔ってたから信じてもらえなかったと思うけど。あれ、意外と本気だったりすんだけど。どう?」

 どういうわけか、やたらと得意気な顔を向けられたけれど、よく意味が解らない。

「あれ?」

 近づいてきた顔に向かって、訝しげな表情をして訊き返す。

「俺と付き合うって話だよ」

「あー。まーた、冗談言ってないで仕事しなよ。花形の営業なんでしょ」

 呆れ気味に息を吐く私に向かって、佐藤君は得意気な顔そのままに話を続けた。

「だから、冗談じゃなくてさ。あ、じゃあさ。今日飲みにいかね?」

 何故そうなる。

 どこまで自分に自信があるのか知らないけれど、営業の人たちというのは、みんなこんな感じなのだろうか。自分の誘いを断るはずがない、というくらいの自信に満ちた顔は、私にしてみれば不思議でならない。

 そもそも、誘う相手が相手だと思うんだけど。こんな女子力の低い私なんて誘うくらいなら、それこそ櫂君の所へ来たフレアスカートひらひらちゃんとかどうよ。性格はちょっときつそうだけど、私なんかよりもずっと女子力高いよ。

 それに、花の営業なんて言うくらいなら、秘書課の女の子を誘った方が、更に箔が付くと思うんだけど。

「こんな私で手を打っても仕方ないでしょ」

 呆れて零すと、「まあまあ」なんて肩を抱かれた。

 また、これだよ。佐藤君は、酔っていてもいなくても、こんなことを平気でできちゃう人なんだね。

 会議室に人がいないのをいいことに、佐藤君はあのクリスマスパーティーの時のように、行動がエスカレートしていく。

 呆れている私のことなんて無視で、肩を抱いたまま佐藤君が口説き始めた。

「川原って、マジで綺麗になったよな。俺さ、いい女は放っておけないタイプなんだよね。川原もさ、営業の俺と付き合ったら、鼻が高いとか思わない?」

 また、それ? だから、それは前にも聞いたってば。けど私、そういうのどーでもいいんだよね。

「別に、興味ないから」

 回している佐藤君の腕から逃れながら告げると、プライドを傷つけられたのか彼はちょっと怒った顔つきになってきた。

「なんだよ。……あ、川原って、まさかあの隣にいる後輩の……えーっと、なんだっけ? 藤本だっけ? あいつのことが好きなのか?」

 佐藤君は、「まさかな」と、若干見下すような顔つきをしたあと、意地悪そうな顔をして笑っている。

「なに、それ?」

 思わず私もふっと声が漏れたのだけれど、どうしてだか頬が引き攣っていた。

 佐藤君が、どうして見下すような表情をしたのか。営業でもない年下の櫂君を馬鹿にしたのか。それとも、年下に入れ込んでいると思っている私を笑ったのか。

 どちらにしろ、感じが悪い。

 確かに、櫂君は営業でもないし、私よりも年下だ。けれど、頼まれたこと以上の仕事を彼はこなしている。何れ花の営業に行くかもしれないくらい、優秀な人材なのに。そんな櫂君を馬鹿にされた気がして、私はむっとする。

 それと同時に、それだけ優秀で、しかもモテモテの櫂君を私が好きって。そんなの笑わずにいられないはずなのに、頬の引き攣りをうまくなおせない。

「と、とにかく。気持ちは嬉しいけど、ごめんね」

 引き攣る頬の理由もわからず、逃げるように謝り頭を下げると、「つまんねーの」と、わざとらしいくらい嫌味な深い息を吐き、佐藤君は会議室を出て行ってしまった。

 つまらないって。私は、佐藤君の暇つぶしですか? ちょっとプライド高すぎるんじゃないの?

 なんか、もう。よくわからないけど、また胸の辺りが変な感じになってきた。

 佐々木さんのせいなのか、佐藤君のせいなのか。どちらにしろ、心のおさまりが酷く悪い。

 佐藤君から逃れてやっと部署に戻ると、朝佐々木さんに連れ去られたっきりだった櫂君が、帰り支度をしていた。

 どうやら会議が長過ぎて、既に終業時刻になっていたらしい。

「あ、菜穂子さん。会議お疲れ様でした」

 いつものように笑顔を向けてくる櫂君だけれど、佐藤君に絡まれたばかりの私は、ついツンケンとした態度をしてしまった。

「櫂君も。佐々木さんのお相手お疲れ様」

 櫂君の目を、ほとんど見ずに席に着く。

「なんか、嫌味っぽく聞こえるのは、気のせいですか……?」

「……気のせいじゃない?」

 櫂君に指摘されて、心がほんの少しだけ慌てた。自分でも、ちょっと感じの悪い言い方だった気がしたからだ。

 だけど、どうにも自分の感情がよく解らないし、制御もできない。

 大体、佐藤君がまた変な告白なんかしてくるから、余計におかしな気分になってしまったんだ。

 もう、今日はとっとと帰って、家でお酒に溺れよう。きっと浴びるほど飲んだら、すっきりするような気がする。

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