張り切り過ぎたパーティー当日

 社員のほとんどが、仕事に身の入らないパーティー当日。朝からみんな浮き足立っていて、どこかそわそわとし、そしてウキウキとしている。

 私もそうだけれど、ヘアスタイルに力を入れている女性社員は数知れず。スカート丈をいつもより短めのものにしている人や、胸元がセクシーだったり、メイクが普段以上にバッチリし過ぎている人もいる。爪だって、かなり力の入った装飾だ。

 男性社員も、若い子達はスーツやネクタイを新調していて、お見合いパーティーか? なんて一瞬思うくらい。

 私も今朝は、切ったばかりの髪の毛をセットするのに悪銭苦戦し、買ったばかりのスーツに袖を通すと心が躍り。新しいヒールの歩き難さに、ヨロヨロしつつ出社した。

 必死に新しいヒールを操りながらフロアへ入り、櫂君にいつも通りに声をかける。

「おっはよー」

 すると、既に自席についていた櫂君の動きが、私を見たままピタリと止まってしまった。

「おーい。櫂くーん?」

 ヨタヨタと近づいて行くと、ビクリとして急に動き出した。

「な、菜穂子さんっ? どっ、どうしたんですか」

 朝の挨拶もなしに、どうしたんですか!? はないでしょう。そんなに、あからさまな態度で驚かなくても。わかってるよ、どうせ馬子にも衣裳って言いたいんでしょう。

 櫂君にそんな顔されちゃうと、……不安になるじゃん。

「似合ってない……? ……おかしい?」

 変に背伸びをして、いつにもないお洒落なんて、してこないければよかったかな……。

 少しばかり後悔しながら訊いてみると、櫂君は「とんでもない!!」と首をぶんぶん横に振る。

「いえ。とっても似合っています!」

 櫂君は声を張って言うと、急に椅子から立ち上がり、上から下までマジマジと私を見始める。

「な、なに……?」

 まるで3Dプリンターにでもかけられているんじゃないかというように、私の周りをスキャンするようにグルリ一周した櫂君は、顔を高揚させて鼻息も高らかに言い放った。

「似合います! 素敵です! 綺麗です!」

 ……何、その三拍子……。煽ておだ具合が半端なさ過ぎて、余計に不安が増すんですけど。

「そこまで言いきられると、寧ろその逆に聞こえてならないんだけど……。何なら、似合ってないってはっきり言ってくれた方が、傷は浅くて済むから遠慮しないでよ」

 櫂君のあからさますぎる態度に、私は唇を尖らせて席に着く。

「いえいえ、本当に、似合ってますから。惚れ直しましたよ」

 だから、それがあからさますぎるんだって……。

 やっぱり、付け焼刃でおしゃれしようなんて、浅はかだったんだよね。いつも通りのスーツに、いつも通りのヘアスタイルにしとくんだったなぁ……。

 それに――――。

「惚れ直したって。今までも惚れてたみたいじゃないのよ」

 呆れて深く息を吐きながらPCの電源を入れると、隣で何やらゴニョゴニョ言って櫂君が拗ねてしまった。

 拗ねたいのは、こっちなんだよぉ。

 一度帰って、着替えてこようかな……。ヒールだって、こんな八センチヒール履いてきちゃったから、ヨロヨロしちゃうし。まるで老人のような動きだよ。

 自分の浅はかさに後悔しつつ、再び櫂君を見ると、今日はネクタイが新しいみたい。

 よく似合ってるじゃないのさ。私と違って、そもそもの出来が違うから、ネクタイ一つ違うだけでも、キラキラ度は二倍は増してるよね。

 今日のパーティーで、また櫂君ファンが増えちゃうんじゃないのぉ? よっ、我が社のアイドル!

 しかし、当のアイドル君は、どうしてか拗ねてしまったままだ。そんな櫂君を放置して、机の下でヒールを脱いで開放感にほっとし、メールチェックをしていると部長に呼ばれた。

「川原ー」

 きっと、また会議議事録を頼まれるのだろう。

 今日は何の会議だ? 営業か? それとも開発か?

 首だけを部長の方へ向けると、何故だか手招きされる。

 今までならいつものことなので席に座ったまま指示を出し、さっさと行って来い。てなくらいの感じなのに、今日は部長がわざわざ私を呼びつけた。

 なんだろう? 私、何かやらかしたっけ?

 さっき脱いだばかりのヒールに再び足を入れ、私は席を立った。

 たいした仕事はしていないけれど、ミスをするような事もしていないはず。だけど、わざわざ呼ばれてしまうと、無性に不安になる。

 まさかの異動? 降格人事?

 考えたら頬が引き攣ってきた。

 クイクイッと部長に手招きされ、ドギマギしながら恐る恐る傍へ行くと、「馬子にも衣装だな」クククッと笑われた。

 ……おいっ! わざわざ呼びつけてそのセリフかいっ。無駄に緊張してしまったじゃないのよっ。

 上司だけど、激しく突っ込みたくなってしまう。

「今日は、開発の会議だ。頼むぞぉ」

 薄っすら笑いながら指示されると、本気で突っ込みたくなるんですけど。

 マジで、さっきのセリフを言うためだけに呼んだらしい。

 どついたろかっ! と関西人張りに心の中では突っ込みを入れる。

 会議室から、セクハラ! と画面いっぱいのサイズで部長にメールを送ってやろうかと思うくらいだ。

 不満ながらも、仕方なくノートPC片手に会議室へ足を向けた。

 ヒールを巧く操れずにヨロヨロと歩いて行く後姿に、さっきまで拗ねていた櫂君が「頑張ってくださいね」と声をかけてくれる。その声に反応して振り向いた瞬間に、足首がグキッとなって捻挫するかと思った。

 危ない、危ない。

 いつもより高めのヒールには、なかなか慣れそうもないや。

 やっぱり、ちょっと張り切りすぎたみたい。

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