サッド、サッドギター

おごう☆のぶあき

第0話 プロローグ 

「ちょっと来てよ」

てん! オレ蹴り出して何はじめやがった‼」

「あーあーユタカ放りだしてボーカル替えちゃうのー?」

 その子は腰まであるストレートの黒髪が印象的だったんだけどそもそもステージの上から向こうってまったく見えないんだよねライトがガンガン光ってるからさ。そいつがすごく目立ってて今にも歌えそうな気がしたんだよ歌うっていうのかな? 飛びそうっていうのかなその黒髪を翼みたいに広げてさ。細い腕をつかんではじめて彼女がタイトで薄手の白いブラウスを着ていることに気づいたくらいボクは彼女のことをぼんやりとしか見てなかったんだけれどもなんだかコイツとなら一緒に飛ばしてもらえそうな気がしたんだよねうん確かに情けない話だよだってさ自分で飛べないから人サマの力を借りようなんてことで今までいたユタカを蹴り出してすげ替えちゃおうっていうんだから鬼畜だよねとはいえこれがなんかステージのボクは最高な気がしたんだ他のメンバーにはあとで謝ればいいっていうかいやなんで謝るんだよこれがベストなんだそうにちがいない。

「大丈夫。何か歌ってみて」

 彼女はくりっとした大きな目でこっちを見るんだけども思ったより背が高いのかなってくらい見下ろされてる気分になったから負けないようにっていうかそもそも勝ち負けでもないんだけど「思いついたこと言ってごらんギターで弾いてみる。それに合わせて鼻歌でも構わない」とだけ伝えたら彼女は「こんな街にも雪が降る」と言ったんだよねそりゃどっかで聞いたことあるようなフレーズだったけれども突然尋ねられたにしちゃあ上々かなとも思ったから「OK」とだけ言って昨日ベッドの上でボツにしたフレーズを弾きはじめてベースがついてドラムがエイトビートを打って彼女は揺れはじめた。

 それがすべてで最初だったもちろん最高とはいえないけども上手くいったというには刺激が強くて古くさい言い方だけどロックだよなって思えて気分はよかったんだもちろん客も揺れてたから悪くなかったんだろう。ハコのオヤジが「てん。あれは仕込みか?」と言いながら3000円の入った封筒をくれた。ノルマよりはみでたのが10000円で2000円はイロをつけてくれたってわけなんだけどノルマをこなすまで半年かかったバンドをまたぶち壊したわけだからハコのオヤジにもうちょっとなんか言われるかなと思ったけども何も言わないってことはいいライブができてたってことなんだろうと思うことにした。ユタカは「これで打ち上げにでも行ってくれや」と封筒を置いてずいぶん前に出て行った。正気に思えないかもしれないけれどもボクたちはそれぞれが何歳でどこで何をやっているのかを知らないでバンドを組んでいてLINEで連絡を取り合いながら練習したりライブをやったりしてる。他所のバンドにも珍しいねとか変わってるねとかそんなのバンドじゃねえじゃんとかいろいろ言われるけれども誰かがリーダーでもないしみんなが頑張るわけでもなくなんとなくそれはもうなんとなく集まってライブをやってるバンドだ。

 この街のこのライブハウスでギターを持って立っていられれば大丈夫なんだ。

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サッド、サッドギター おごう☆のぶあき @ogoh

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