第29話 新たな怪物、現る

 少々、奇妙なことになった。

 私としてはむしろ信じがたい事態だ。

 まさか……

 ゼルーグどのに決闘を申し込む者が現れるとは……


 いや、正確にはゼルーグどのを目当てとした挑戦ではなかった。

 彼は、われわれ血塗れ乙女亭ブラッディー・メイデン中核メンバー五人のうちの誰かひとりと戦えればそれでよかったらしい。

 直接挑戦を受けたのはルシエドさまだった。

 しかしあのかたは店があるからと断り、たまたま今日の仕事を終えて衛兵たちと飲み始めていたゼルーグどのと、相変わらず町の奥さまがたにもみくちゃにされていた私を呼び、どちらかが受けろと仰った。

 私が対戦相手になっていないのは、この話を聞いたときに驚いて即答できなかったせいだ。

 対して、ゼルーグどのは即答で了承された。

「いいぜ、面白そうじゃねえか」

 ……と。

 そういうわけで、あぶれた私が審判役を仰せつかり、つい先ほどまでゼルーグどのが衛兵たちの訓練を行っていた町の西にある空き地までやってきたというわけだ。


 あっという間に話が広まり、既に見物人でごった返している。

 仕事を中断してきた市民や怖いもの見たさの主婦、ちょうど暇をしていた冒険者に、ゼルーグどのが面倒を見ている七人の子供たち、そして教会のシャルナどのとエストどのまで。

 ヒューレもきたがっていたが、彼女まで抜けると店がつらいとルシエドさまに引き止められ、あまり興味がなさそうだったルシエドさまとクレアもまた店に残っている。

「どこのやつか知らねえが、あいつ死ぬぞ……」

「まさかこの町でゼルーグさんに喧嘩を売るやつがいるとは思わなかったな……」

「だけど一騎打ちを挑むってのは、男らしくていいな」

「でも身の程知らずだ」

「確かに」

 いたるところからそんな声が上がっている。

 無理もない、彼らはみなわれわれの実力をその目で見ているから、ゼルーグどのが負ける姿など想像もできないのだろう。

 しかし、われわれは違う。

 われわれは一目で理解した。

 あのジョーという男が、決して侮れない強さをもつ戦士であると。

 だからこそ、ゼルーグどのは即座に了承なさったのだ。

 ラビリンスに入ってみたとはいえ、かなりの長期戦になりそうであることから入念な準備を余儀なくされたという事情もあり、あの人はずっと鬱憤を抱えておられた。

 ときどき私やヒューレが手合わせの相手を申し出るものの、やはりわれわれが相手では本気の戦いという意識は薄い。

 そこへ、挑戦者だ。

 私も戦ってみたかった……

 つい先ほどの自分の行動を悔いても遅い。後日こちらから願い出るとしよう。

「それでは両者、よろしいか?」

 私の問いに、二人は剣を構えて頷いた。

 因縁による決闘ではないし、観客が多すぎるゆえに術を使わぬ純粋な武術勝負ということで互いに了承している。

「……始め!」


 合図とともに両者は全速力で間合いを詰め、まずゼルーグどのが仕掛けた。間合いが広いのだから当然だ。

 振り下ろされた大剣を紙一重でかわしたジョーどのは、そのまま踏み込んでゼルーグどのの腕を狙った。

 一度懐に入り込まれると大剣や槍は不利となる。

 しかし、ゼルーグどのにとってこの程度のことは不利でもなんでもない。

 斜めに跳び下がることでわかしながら腕を振り、挑戦者の背後から刃を襲わせたのだ。

 これに驚いたジョーどのは咄嗟に剣を引いて防ぎにかかった。

 左手を刀身に添えて、剣が折れないようにしている――かに見えたのだが、どうやら受け止めるための動作ではなかったらしい。

 ジョーどのの剣に当たったゼルーグどのの大剣は、つるりと滑ってジョーどのの頭を越えてしまったのだ。

 受け止めるのではなく、受け流すための防御……見事な技術だ。いかに左手を添えようと、まともに受ければゼルーグどのの一振りは相手の武器を破壊してしまうだけの威力があることを瞬時に悟ったのだろう。

 これによって体勢が崩れ、胴から下ががら空きになってしまったゼルーグどのは一瞬のうちに懐へ跳び込まれた。

 ジョーどのの剣が真っ直ぐ最短距離で腹を狙う。

 命のやり取りではないためここでとめるようなことはしない。

 とめるとすれば、ゼルーグどのが防ぎきれず、ジョーどのが寸止めしたときだ。

 しかし、そうはならなかった。

 ゼルーグどのは咄嗟に左手を引いて籠手で突きの軌道を変え、逆に一発逆転の好機を掴み取ったのだ。

 右手一本で大剣を振り下ろす。


 あ、これはとめほうがいいか?

 いや、無理だ、間に合わない。

 片手での振り下ろしなど、その動作が始まった瞬間にもう手遅れだ。

 私は己の未熟さを悔いた……


 ……はずが、なんということか!

 その攻撃すら、ジョーどのは受け流して見せたではないか!

 そして二人は一旦距離を置き、構え直す。

 素晴らしい……

 武術のみの戦いとはいえ、パラディオンでも指折りの剣士であるゼルーグどのと互角に渡り合える戦士と巡り合えるとは!

 これは、挑まずにはいられない。

 後日必ず挑戦させていただこう。


 二人は息を整えながらじりじりと間を詰め、再び先手を取ったのはゼルーグどのだった。

 しかし、次の瞬間、奇妙なことが起こった。

 ジョーどのも同じように剣を振りかぶって打ち下ろしたのだが、金属音が鳴ったにもかかわらず二人の剣がすれ違ったように見えたのだ。

 それはこのあとも続いた。

 二人とも一歩も動かず、その場で剣を振っているだけなのだが、衝突音が聞こえる割には両者の剣が交わったようには見えない。

 そもそも、ぶつかっているのならジョーどのの細い剣ではそう何度も受けきれるものではないはずだ。

 気術で保護している気配もないし……


 ……いや……?


 まさか……!?


 まさか、剣の腹で弾いているのか!?

 剣と剣が交差する一瞬、刃の保護と隙を見出すために、その瞬間だけ剣の向きを微妙に変えて、ゼルーグどのの剣を弾いている!?

 なんということだ。

 信じられない。

 確かにゼルーグどのは大剣だから振りはどうしても遅くなる。それに引き替えジョーどのの剣は両手で扱っているとはいえ大きさは普通のロングソード程度、つまり先に動かれてもそれに合わせて剣を振る時間的余裕は、ある。

 ある、が……

 いかに大剣といえど、ゼルーグどのの連撃は尋常な速さではない。

 私とて槍を使っていても対応できないことがあるほどだ。

 それを、すべて防いでしまっている!


 全身が粟立つのを感じた。

 ゼルーグどのはおそらく、最初の一撃で理解したに違いない。

 それが牽制のための一撃だったから弾かれても反射的に立て直すことができ、ジョーどのに攻める機会を与えずに済んだが、あれがもし渾身の一撃であったら……

 だからこそ、迂闊に攻めることができなくなってしまったのだ。

 次なる攻め手を考えながら、牽制の軽い一撃を繰り出し続けるしかない。そうし続けている限りジョーどのもまた動くことはできないのだ。

 私も私で、自分ならこの状況をどうやって打破するかを考え始めた。

 すると、変化が。

 今までと同じように軽く振りかぶったゼルーグどのが、振り下ろす前に少しだけうしろに跳び、着地と同時に今度は前方へ大きく踏み出しながら振り下ろしたのだ。

 ジョーどののタイミングをずらすことが目的であるのは一目瞭然。

 なるほど、巧い手だ!

 あれほどの精密な動きを実践するには一瞬のずれですら致命的。弾かれさえしなければゼルーグどのなら相手の剣を叩き折ることなど容易なのだから。

 果たして、ジョーどのは咄嗟に自身も大きく振りかぶり、ゼルーグどのに合わせようと動いた。

 遅い。

 そこからではもう、間に合わない!

 勝負あり――!


 そう告げようとした私は、目に映る結果を理解できずに声を詰まらせてしまった。

「…………!?」

 なにが起こった?

 なぜそうなっている?

 ゼルーグどのの剣がジョーどのの剣を砕いて、そこで終わったはずだ。

 それなのになぜ!

 ジョーどのの剣がゼルーグどのの喉元に突き出されている!?

「い、いったい、なにが……!?」

 私は混乱するしかない。

 確かに二人の剣は交差したのだ。

 そう、したのだ、確かに。

 落ち着け、見えていたんだ。

 二人の剣が交差し、ジョーどのの弾きが到底間に合わないタイミングと速度でぶつかり合った……

 それなのに!

 剣がすり抜けたのだ!

 衝突の瞬間、ジョーどのの剣がゼルーグどのの剣をすり抜け、そのまま体ごと左前に移動し、切先を喉元に突き出した!

 ありえない!

 剣がすり抜けるなど!

 魔法?

 まさか気術か!?

「錯覚、か……!」

 ゼルーグどのの呻くような呟きが聞こえたが、ますます不可解だ。

「錯覚……?」

「そのとおり、さすがだな」

 ジョーどのは体を引いて剣を下した。

「剣と剣がぶつかる寸前、体ごと左前に移動することで自然に剣の軌道を変えた。その前にあれだけ打ち合っていたからな、今度もぶつかるとどこかで思い込んでいただろう」

「むしろ今度こそきっちりぶつけてやろうと思ってた」

「そういう思い込みがあると、あの技は決まりやすい。しかしすげえぜ、まさか実戦でこの技を使わされるとは思わなかった」

「くっそ、ムカつくぜ……!」

 真剣勝負において勝ったほうが負けたほうを褒めるなど、これ以上の上から目線もない……

 ともかく、勝負は決した。

 まさかまさかの、ゼルーグどのの敗北で……

 それを理解した観客たちは大騒ぎとなる。

 しかし……

「もう一勝負だ」

 でしょうね……

「今度は術ありだ。お互い魔法は使えねえようだから文句ねえだろ?」

「望むところよ」

 二人はすっかり勝負という狂気に取り憑かれ、なんとも凶暴な笑みを浮かべた。



 ……結局、日暮れまで戦って第二戦は決着つかず。

 気術のみとはいえ術を使った戦いは非常に派手で危険なので観客はあっという間に散り散りとなったが、それでも度胸のある幾人かは最後まで見届けていた。

 審判役たる私はもちろんのこと、帰りが遅いので様子を見にこられたルシエドさまや、シャルナどのとエストどの、ゴールドレッド団の面々に、七人の子供たちと、なんとキナフィー司祭まで……

 ちなみに引き分けで終わらせたのは私の判断だ。

 もう日が暮れてしまったし、ジョーどのの剣が折れ、かと思えばゼルーグどのも不覚を取って剣を落としてしまったので、殴り合いの決着など見たくなかった私は後日の楽しみのために強制終了とさせていただいた。

「強いやつってのは、どこにでもいるもんだな」

 帰り際、ルシエドさまがそう楽しそうに仰った。

 予想外といえば予想外の出会い。

 まあ、クレアとの遭遇に比べれば遥かに現実的な範囲での出来事だが……

「明日からは彼も怪物の仲間入りですね」

「強いやつが集まるのはいいことだ。いい宣伝になる」

 当然私は、ジョーどのに一室用意するよう申しつけられるのだった。

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