第19話 あちらを立てればこちらが立たず
まったくもってあのじいさん、食えないったらないぜ。
後日新商業ギルド長のドミから聞いたんだが、昔は文官として領主に仕えていたんだとか。
プロじゃねえかよ。
でもまあ、そのお陰で町の再建計画も開業準備も大いに捗ってる。
利権争いなんかでもめてゼルーグたちに鎮圧された各ギルドなんかが市長を介して正式に謝罪と協力を申し込んできたから(別に謝罪は必要ないんだが)ギルドのギルドとしての機能は急速に回復してるし、人員もバンバン寄越してくれるようになった。
そのため仕事量がぐっと減ったおれは約束どおりクレアと食べ歩きに出るくらいの時間が取れるようになったし、ヒューレの料理研究の手伝いもできるようになった。
ヒューレはまだおれに料理を教えることに躊躇いがあるようだが、さすがにそろそろ吹っ切ってもらわないと困る。この店はかなり広いからヒューレ一人で厨房を回すことは不可能だろうし、おれもけっこう料理は好きなんだ。
クレアもハマり出してることだしな。
パン焼きはかなりこつや経験がいるからまだ生地を練るぐらいしかできないが、食材を切ったり味付けの分量を覚えたり盛りつけしたりは意外と器用にこなしている。
あとは基本的な経済感覚を身につけてくれれば一安心といったところか。
ただ、実はひとつ困ったことがあった。
従業員が集まらなかったことだ。
あれだけ町を血で染めたから無理もないとは思うが、さすがに応募者が皆無だったのには頭を抱えた。
そこでまたまた世話になってしまったのが、あの市長。
「わしが集めてやろうか?」
「お願いします」
おれはふたつ返事で頭を下げた。
するとどうだ、あっという間に二十人以上もやってきたから驚いた。それも全員十八歳以下の若者ときた。
不審に思ったおれの問いに、じいさんはこう答えた。
「ほとんどが商工会のせいで親や生活を失ってしまった者たちじゃ。そういうのはだいたい住民会か教会のほうで面倒を見ておったんじゃが、こっちのほうがいいじゃろ。若くて器量よしを選りすぐっておいたからあとはご自由に」
なにがご自由にかは詮索しないことにして、とにかくありがたいことに変わりはない。よってメイド経験のあるヒューレに彼らの接客教育もやってもらうことにした。
ちなみにそのとき、役に立つかは置いとくとして、もうひとつ別の出会いがあった。
従業員たちの面倒を見ていたこの町の教会の司祭が挨拶にやってきたのだ。
「彼らを受け入れていただき、ありがとうございます」
レイル・キナフィーと名乗ったその男の両目には真横に走る傷があり、盲目のようだった。まだ三十代半ばごろと教会ひとつ任される身分にしては若いほうだが、雰囲気でわかる。
こいつは戦場に身を置いていた人間だと。
なにがあってこの町に流れ着いたかは訊かなかった。おれも訊かれたくないしな。
「礼をいうのはこっちのほうだ。死体の片づけまでやってくれたとか。今ごろになって悪いが謝礼だ、受け取ってくれ」
と、大工ギルドに渡したのと同額の金を出すと、
「謝礼はけっこうです」
笑いも怒りもせず、無表情でそういった。
「おれは回りくどいことが嫌いでな。おたくの信者ではないから寄付金を出す筋合いはないし、謝礼は謝礼として受け取ってほしいんだが」
やや高圧的にいったのは、あまり宗教勢力とは関わりたくないからだ。
「あなたは宗教がお嫌いですか?」
「宗教自体には大いに賛同できる部分がある。だがそれを運営する人間が信用できない。そういう輩を嫌というほど見てきた」
「なるほど、同感です。私がこの宗派に身を置いているのはあくまで教義に賛同したからであって、そこでの政治に関わるつもりはありません。町のことについても同様です」
「しかしまだ面倒を見ている子供がいるんだろう?」
「大きすぎる見返りは性根を歪ませます。そのような軟弱な人間に育てるつもりはないので、寄付も謝礼もけっこうです」
……たぶんだが、こいつの教会ではお祈りとお勉強とご奉仕、なんて生ぬるい生活は許してないんだろうな。子供たちには同情するが、この町の状況を考えれば正しい方針かもしれない。
「わかった、お互い無理に信条を曲げることもない。ただ、なにかあったらうちのリエルに相談するといい。宗派は違うが信心深い男だ」
「お心遣い、ありがとうございます」
そういって深々と頭を下げ、レイルは杖もつかずに帰って行った。
まだまだ油断のできない人材は埋もれているらしい。
とまあそういうわけで、事件後一ヶ月が経った今うちの人員不足はひとまず解消されたといっていい。
食材の仕入れルートも通常の手続きによってギルドから紹介してもらったし、あとは客を満足させられる料理とサービスが提供できれば開店は近い。
まあ……
その前に商業ギルドをはじめ商工会事務所と命運をともにしたいくつかのギルドの事務所を再建しなきゃならないんだが……
もちろん既に手配済みだが、完成するまではうちの二階が仮事務所ということになってまるっきり商工会状態だ。
こいつはよくない。イメージが悪い。
ただでさえ従業員が朝礼で、
「ひとつ! お客さまには最高のもてなしを!」
「ひとつ! 食い逃げは死刑!」
「ひとつ! 迷惑な客は即刻叩き出すべし!」
「ひとつ! クレアさまのためにいかなるときも甘味を欠かすべからず!」
「ひとつ! 店長の命令には絶対服従! 客にも適用!」
なんて叫ばされてるからなあ……
もちろん仕込んだのはクレアだ。せめて最後のだけはやめろといったんだが聞いちゃくれねえ。
最悪これはジョークということで納得させるにしても、まだまだ問題はある。
従業員が増えたことでその教育をヒューレに頼んでいるが、厨房との両立が難しそうだということと、商工会が裏で繋がっていた外部勢力の動向だ。
後者については書類から存在を確認できたし複数人の証言もあるから、対処のしようはある。いずれ向こうから接触があるかもしれないし、そのときはできるなら平和的な方法であることを願うね。
ただ、前者についてはけっこう深刻だ。
ヒューレは厨房に専念したがっているが、おれの見たところあいつはホールのほうが向いているように思う。メイドをやっていたときからは想像できないくらい丸くなったもんだと感心するくらいにはな。
ただ、いくらおれが手伝えるといっても二人ともその道の専門家ではないから、料理のクオリティーが心配になってきた。
この町、商工会のいい面での影響でかなり良質な食材が入ってくるし、それを活かすだけの腕をもった料理人もちらほらいる。それに気づけたのはクレアと食べ歩きをしたお陰だ。
だからこのままではまずいのではないかと、思ってしまったわけだ。
……幸いまだ時間はあるし、じっくり考えるか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます