第12話 あゝ王よ

 まったく人生ってやつはままならんもので、それでいて面白くできていやがるらしいぜ。

 つい半年前に今の状況をどこの誰がどうやって想像できた?

 きっと占い師でもひっくり返るだろうぜ、あいつの転身ぶりにはよう。

 だけどおれ自身奇妙なことに、おれには妙に納得できちまった。

 あれが予感というやつだったのかもしれねえな。あいつが初めて感情任せに人を殺しちまったとき、なぜかこうなるような気がしてたんだ。

 リエルとヒューレを誘ったとき、あいつらでさえ最初はなにを馬鹿なって反応だったくらいだ、きっと人生最大の冴えをあのときのおれは見せちまったんだろうな。

 もっと前からそれくらいの勘が働きゃあ随分違った人生を歩んでいたことだろうが、済んじまったもんはしょうがない、もう子爵家次男のヴィクトール・ザウアーは死んだんだ。


 おれの名は、ゼルーグ・フレイアス。


 魔王退治の勇者ゼルーグ・スレイヤードと冒険王ザイン・フレイアスから拝借したご大層な名だからちょいとばかし恥ずかしいが、こんなもんはノリだ、自分が思うほど人は気にしねえよ!

 だいたい名前が変わったところでそれ以外のなにかが変わるもんでもねえ。名前が重要だと思ってるやつの多さにびっくりするってのは、元貴族のいうことじゃないかもしれねえが、そんなもんは家名という保障された権力がなけりゃなにもできない無能の言い訳だ。

 貴族に生まれながら貴族として生きることを許されなかった人間はどうしたらいいってんだ?

 おれの生き方がまさにそれさ。

 家名に左右されない、揺るぎない個として強くなるのさ!

 おれはあいつのもとでそうあるべきだと学んだ。あいつ自身がそうだったからだ。おれと似た境遇ながらもおれよりずっと重いものを生まれついて背負わされたあいつが、出会ったときには既にそうあろうと努めていた。

 だからおれもそうあろうと思った。

 おれよりずっとつらい立場のあいつを、少しでも助けてやりたいと思った。

 自分のために、あいつのために、おれはおれとして強くならなければいけなかった。

 あいつがどう思ってるかはわからねえが、おれは成功だったと思ってるぜ。

 だって、そのお陰で今もあいつと一緒にいるんだからな。

 それも、揃って自由の身だ!

 こんなに楽なことがあるかい。

 それになんだ、国を捨ててほんの二ヶ月足らずでいきなり伝説のヴァンパイアと出くわし、引き分けに持ち込み、挙句の果てに惚れさせちまったんだからよう!

 あいつといると退屈しねえぜ……

 やっぱりそうなんだ。

 おまえが、おまえだけが、おれの王だ。

 国にいるときには口が裂けてもいえなかったことだが、今なら大声で叫べるんだぜ。


「あいつこそが新しい王だ! おれの王に刃向うやつはブッ殺す!」


 ってな!

 そんなわけでおれは今、この町の新しい支配者が誰かをわからせるべく、大通りで大立ち回りをやってるわけだ。

 左右にはリエルとヒューレ。

 本当はもっと連れてきたかったんだが、連中には連中の事情ってもんがそれぞれあるからな、おれと同じように家や周囲に迷惑をかけず国を捨てられて、最後まであいつに忠誠を尽くせるのはこの二人しか思いつかなかった。

 商工会本部大炎上事件の夜が明けた今、おれたち三人はわざと襲撃されやすそうな場所で待ち構えて残党どもの処理をやってる。

 昨夜であらかた片付けたと思ったんだが、どうやら残党だけじゃなくおれたちを殺して名を上げようっつう火事場泥棒もまじってるようだ。

 あ、火事場泥棒はこっちか。

 まあなんでもいいや、かかってくるやつは片っ端から殺して構わねえってお達しが出てるからくるならやるだけさ。


 おれが見回ったときには死んだ目をしていたやつらも相手がたった三人ってことで舞い上がってんのかねえ? 五人で殴り込みかけて制圧したうちの過半数ってことを考えれば普通は媚びへつらってすり寄ってくるもんだと思うが。

 そんな単純な計算もできねえ馬鹿どもにゃあ、ちょいとキツいお仕置きが必要だわな!

「どるぁああああッ!!」

 おれは自慢の大剣を横薙ぎにぶん回した。

 剣の届く範囲には誰もいないが関係ねえ。おれの間合いは見た目より遥かに広いんでな、数メートル離れたやつだってまとめてバッサリよ!

 こういう技を気術という。

 魔術・霊術・気術の気術だ。

 まあ、なんだ、早い話が気合いだな!

 いやいや、さすがに適当すぎか。

 魔術は魔力を、霊術は霊力を、そして気術は気力――つまりは生命力を糧に放つ術の一種だ。生命力を使うからって寿命を削るわけじゃねえから大丈夫だ、ちょっと疲れるだけさ。

 だから、気合いだ!

 うん、やっぱりこれだな。

 魔法はからっきしのおれだが、こいつだけは自信がある。いずれはこいつと剣一本でドラゴンにでも挑んで伝説を作りたいもんだぜ。

 そのためにもまずは目の前のことからコツコツやってかなくちゃな。


 しかし……

 この死体の山、誰が片づけるんだ?

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