第7話 嵐の前の……?

 おれことルシエド・ウルフィスが世界最強の怪物クレア・ドーラに出遭って一ヶ月が経過した。ちなみにあの夜、仲間たちが目覚めておれの名を呼ぶまで互いに自己紹介もしていなかったのはご愛嬌だ。おれのほうはあいつを知っていたしな。


 で、あの夜は本当にいろいろあった。仲間たちは状況がわからず混乱するし、説明すればしたで激怒するし、クレアはクレアで「やっぱり殺そうかしら」とかいって挑発するし、落ち着くころにはすっかり空が白んでいた。

 三人が落ち着いたのは、おれの言葉が響いたらしい。

「おれは価値観も含めてこれまでのすべてを捨ててきたつもりだ。おまえたちもそうしろとはいわないが、どうしても納得できないならここまでだ」

 別に説得するつもりだったわけじゃない。ただおれはそうであり、あいつらとの間に妥協点すら見出せないならしょうがないと思っただけだ。二度もあいつらを捨てる決断を下すというのは心苦しいが、本来人間の生き方や価値観は強制できるもんじゃないし、それができる立場にも既にない。

 だから、全員が納得したわけではなかったが、刃を収めたのはそれぞれが自分で自分の生き方を決めた結果なのだろう。


 三人の中で唯一納得を見せたのはゼルーグだった。

 短い茶髪を前だけ逆立て、茶色の瞳とでかい図体をもつこの男は、昔からこういうことにはおおらかなやつだった。おれとは同い年で境遇が似ていることもあってなにかと気が合い、気づけば常におれの剣となり盾となりそばで尽くしてくれた元腹心だ。

「伝説のヴァンパイアをこまして仲間にしたなんて、過去のどんな英雄たちですら成し得なかった偉業じゃねえか! やっぱりついてきてよかったぜ!」

 仲間にした覚えはないが、そういって大声で笑うようなやつだ。

 ちなみに、職も家も身分も国も捨てて故郷から一国挟んだ見知らぬ土地で冒険者の真似事をしていたのは、ゼルーグの提案による。それぞれもてるだけの財産はもってきていたが、生活基盤が安定しなければいずれ底をつくしせっかく自由の身になったのだからと、子供のころから憧れていた英雄譚やら冒険譚やらを実現させる機会だといって強引に誘ったのだ。

 まあおれたちはみんな腕っ節にはそれなりに覚えがあるからな、クレアみたいな規格外と出くわさない限りは。

 そんなわけで一応の納得を見せた三人だったが、一番納得してなさそうなリエルが問うた。

「ヴァンパイアを連れてこの生活を続けるおつもりですか?」

 確かに、それは考えものだった。クレアいわく、別に日中でもそれなりに活動はできるそうだが、あまり長時間日の下にいると死にはしないがさすがに倒れてしまうらしい。それに本来なら討伐対象であるやつを連れて冒険者としてやっていくのは、かなり危険といえるだろう。業界に喧嘩を売っているに等しいしバレればおれたちまで討伐対象にされてしまう。

 いや、クレアがいればどんな危険も力尽くで破壊してしまえるだろうが、おれはかつてのこいつのように暴れ回るつもりなど毛頭ない。できればどこかに居を構えてのんびり余生を過ごしたいと考えていたんだ。


 そんなわけで思いついたのが――

「飲食店でもやるか」

「はい?」

 四人が四人とも目をぱちくりさせた。

「クレアもせっかく味覚に目覚めたことだし、おれも食べるのは好きだし、ヒューレは料理が上手いし、ちょうどいいだろ?」

 連れ三人が反応に困っている間にクレアが目を輝かせて抱きついてきた。

「飲食店って、もしかして飲んだり食べたりできるお店?」

「もしかしなくてもそのとおりだぞ」

「やりましょう! あの甘いのもっと食べたいわ!」

 感情と連動しているのか長い銀髪がぞわぞわ蠢いていた。

「食べる側じゃなくて食べさせる側なんだが……」

「どっちもやる! 自分で作れるなら好きなだけ食べられるじゃない! やるっ!」

 そんなものがあるのかどうか知らんが、ヴァンパイアの愛情表現ってのは噛みつくことなのかね? もう何度噛みつかれては即座に傷が塞がってを繰り返したことか。



 とにかくそんなわけで、おれたちは動き始めた。

 まずは町に戻って依頼の完了報告を適当にやっておき、開店資金額や必要手続きについて調べた。

 資金については問題ない。おれたちが持ち出した財産の一部で充分どころか運転資金もそれで賄える。つまりは借金なく店をやっていけるということだ。話を聞いた商業ギルドの人間いわく、借金があるかないかで商売の苦労は雲泥の差が出るらしい。おれはそのとき生まれて初めて金持ちでよかったと思った。

 だが、ひとつだけ問題が。

 それはやはりクレアの存在だ。

 まともな国でヴァンパイアを連れて商売などできるものではない。隠し通せるならいいが、クレアは社会的常識とやらを欠片も持ち合わせちゃいないのでまず不可能だろう。

 となれば、この国での開業は不可。

 もっと荒れた場所へ行かなくてはならない。

 一応は隠すが、バレても大事にはならないくらいには荒れた場所へ。

 できれば人間以外の人種も豊富で、人種差別が起こりにくい場所。

 そして、なにかあったときは力尽くでねじ伏せられるような、法の支配力が弱い場所……

 四人で周辺諸国の情報を収集した結果、ひとつの町が候補に浮かんだ。


 バリザード――


 一応はシュデッタ王国トヴァイアス伯爵領に属しながらも、度重なる領土戦争で荒廃し、正規非正規様々な勢力蔓延る無法地帯。

 うってつけだった。

 だから出遭いから一ヶ月が経った今、おれたちはクレアが拵えたヴァンパイアホースの馬車でバリザードにきているのだった。

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