第2話 そこでおれは絶望に出遭った
唐突だが、凡人の諸君、こんばんは。
こんばんはといったのはおれのいる場所がそれに相応しい時間帯だからだ。
それはさておき、あんたは不意に化け物に出くわしたらどうする?
化け物といっても冬眠を妨害されて怒り狂う熊とか虐殺と暴食が大好物のミノタウロスとかそういうレベルじゃない。
ヴァンパイアだ。
日が暮れた直後の、いかにもアレやコレが出そうな雰囲気を醸し出す半壊した廃城で、扉を開けた途端侵入者に腹を立てているらしいヴァンパイアに遭遇したら、あんたならどうする?
おれなら逃げるね、一目散に。
普通に考えて夜ヴァンパイアに出くわすのはどんな種族であれ死以外の結果など導き出せないだろう。それほど強力な種族なんだ、あれは。それだけにレアでもあるが。
もちろんおれも凡人の域を出ないただの人間だからして、あんたと同じく賢く逃げようと思ったさ。
だが、体が動かなかった。
やつの美しさに目を奪われてしまったというのも、言い訳のひとつにはなるだろう。
だがそれ以上に、きっとこれが恐怖というやつなんだろうな、体が固まって状況に即応できなかった。
おれの連れたちも同様らしい。
冒険者ギルドの受付のおやじに、
「近頃、山頂の廃城付近でやけにモンスターの動きが活発になっていてね。人が近づくような場所じゃないが、もし山から下りてこられるとさすがに問題だからちょっくら調査に行ってほしいんだ。モンスター自体はどこにでもいる雑魚ばかりだからあんたたちなら大丈夫だろう」
と説明を受けて、おれたちは歴史の敗者となって忘れ去られた古城探索という子供が夢見る冒険を具体化したような仕事に早速取りかかった。
ここに至るまでは確かに説明のとおりだった。
だが、いくらなんでもこいつは想定外だ。
なんだってこんな田舎の廃城にヴァンパイアがいやがる!?
見たこともないような美女なのはともかく、縄張りに踏み込まれた挙句に睡眠まで邪魔されて殺意満点のヴァンパイアなんぞ人間の手に負えるかよ、英雄譚の主人公じゃあるまいし!
「見込みのありそうなのがきたわね」
そいつは殺気を毛ほども緩めることなく、冷たい笑顔を浮かべた。表情が見えたのは連れがもっている松明のお陰だが、松明の灯り程度じゃヴァンパイアにはなんの効果もない。今が昼間ならまだ逃げ出すくらいの余裕はあったかもしれないが、夜というのは本当に絶望的だ。
す、と女の腕が揺らいだ。
かと思ったら、おれの左で松明をもっていた仲間が遥か後方まで吹き飛ばされていた。
「クロエ!?」
思わず本名で呼んでしまったが、気にしている場合じゃない。
おれの声で金縛りが解けたのか、先頭にいたゼルーグが自慢の大剣を振りかぶって突進した。
やめろ、という暇などなかった。
クロエ――ヒューレと同じようにさり気なく動いた指先ひとつでゼルーグは壁を突き破って廊下まで吹き飛んでいった。
「お逃げください!」
残ったリエルまでもがそういって突っ込んでいく。
もちろん、結果は同じ。
ただの一撃であっけなく戦闘不能……
こいつら全員、どこの町に行っても即稼ぎ頭になれるほどの実力者なんだぞ……
「雑魚に用はないの、所詮はただの食糧……でもあなたは違うわよね?」
「そいつは光栄だ」
なにをいってるのかさっぱりわからんが、精一杯の見栄を張って応えてやった。
女が歩き出す気配を感じ、くる、と身構えたが、なにもこなかった。ただ、やつの体から暗闇の室内を満たすほどの赤いオーラが湧き出て、むしろそっちにおれは絶望する。
「本気できなさいね?」
なんつう魔力……
おれも一応は魔法を修めた身だからわかる。
この世のものじゃない。
魔力の濃度も威圧感も気高さも、これほどのレベルのものは見たことがない。
だからこそ、おれは思い出してしまった。
それはおそらく全世界共通でお伽話となって語り継がれている伝説だ。
かつて、残虐の限りを尽くしたヴァンパイアがいた。
それはあまりに強く、人間も、獣人も、魔族も、他のあらゆる種族でも、退治することは叶わず、彼女が飽きてどこかへ去るまでただ虐げられるしかなかったという。
歴史に名を遺した英雄の幾人かも彼女に挑み、例外なく返り討ちにあってその英雄譚を締めくくっている。
そんな話が数百年おきに世界のどこかで生まれてきた。
いや、現在進行形だったというべきなのだろう。
やつはまだ生きていて、たまたまこの地で眠りについていただけだったのだ。
やつの名は、クレア・ドーラ。
神祖と崇められ、
最強のヴァンパイア!
世界最強の生物!
「まあ、悪くないか……」
きっとおれはとち狂ってしまったんだろう。今までなら逃げて生き延びることを最優先したに違いないのだから。
だが、職も家も身分も失い、国も捨ててあてもない第二の人生を始めていたおれにはもう、失うものなどなにもない。
「やってやるさ」
きっとこれが、生涯最初で最後の、本気の戦いになる。
こういう星のもとに生まれたんだ、最後に一花咲かせに行ったっていいだろう?
過去の英雄たちのように誰かが語り継いでくれるわけでもないけどな。
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