■異世界グルメは笑顔の素材
HiroSAMA
1◆異世界ステーキ
路地裏から抜け出ると、中世のヨーロッパを思わせる石造りの風景が広がっていた。
すでに日は暮れ、ほとんどの店はたたまれている。歩く人々も家路を目指すものが多い。
ただ、その姿は一般的な『普通』とはいささか趣が異なる。
誰もがうらやむモデル体型に耳先をとがらせたエルフ。
小柄だが重量感ある樽のような体つきのドワーフ。
身体のあちこちに獣の特性を宿した獣人。
果ては人型すら保っていないヌラヌラしたスライム。
多種多様な種族があたりまえのように存在しているのだ。
ここはいわゆる『異世界』と呼ばれる異国である。
スーツ姿のままレジ袋を片手に、目的の『店』を目指す。
最初のうちは未知の異文化に戸惑った俺だが、いまではずいぶんとこなれたものだ。
しばらく歩くと、周囲の建物よりひときわ立派な建物にたどり着いた。
入り口からは肉の焼ける香ばしい匂いが漂っている。
――これは今晩も期待できそうだな。
俺は心躍らせ『灼熱の王座』と呼ばれるこの世界の食堂に足を踏み入れた。
†
「おう、来たなブッチョウヅラ!」
店内に入ると、カウンター越しに荒っぽい声が投げつけられる。
視線を向けると長身の美女が鉈のような大きな包丁を手に不敵な笑みを浮かべていた。
来客を歓迎するというよりも、ライバルを見つけた闘士のようにみえるのは体格の影響だろうか。
アカツノと呼ばれる彼女は、若くして――といっても、異世界人は種族ごとに寿命や成長速度が異なり実年齢はわからないが――この店の料理長を勤めあげている。
短く切られたクセの強い赤毛。その合間から短い角が見え隠れしている。上半身は赤い虎柄のチューブトップだが、太い腕と割れた腹筋からは色気よりも野生の獣をみているような凛々しさを感じる。
ちなみに虎皮は本物であり、
俺はアカツノに小さな会釈で応えてから、多様な客でごったがえす店内において、いつも空いているカンター端の席に座った。
あたりには尻尾を生やしたトカゲのような人物がいたり、湿気を含んだクラゲのような非人型の客までいたりと、まるでお化け屋敷さながら。
その中で共通点を見い出せるとすればら、皆食事をしいているということくらいだ。
当然、俺の目的も同じである。
現代日本の建築物にはかなわないものの、店内は清潔感があり相応に高級な調度品が並べられている。
他にスーツ姿の者はいないが、多様な種族が来客しているおかげでドレスコードに悩まされる心配はない。
そもそも四本足のヤツや触手のフォーマルというのはどんなものなのか……。
眼鏡の位置を軽く直し、メニューに目を向ける……が、生憎と俺にはそれを読むことができない。
すると「おまかせでかまわねぇな、ブッチョウヅラ」とたずねられる。
いつもは肉、野菜、魚など食材の指定くらいはするのだが、どうやら今回は特別お勧めのものがあるようだ。
すでにアカツノの腕前は知っているし、向こうもこちらの好みを把握している。任せても問題ないだろう。
「ああ、だがその前に対価の確認を頼む」
「毎回、飯前に律儀だな」
アカツノは苦笑しながらもカウンター越しに手を伸ばし、俺からレジ袋を受け取る。
生憎とこの世界で日本円は珍品としての価値しかない。
なので、俺は来店……いや、来界前にちょっとした仕入れをおこなってきた。
白いビニールの中身は、塩や砂糖、胡椒などの調味料が詰められている。
料理屋にとって塩胡椒などの調味料は必需品である。なにより品質のよいそれらはこの世界では非常に重宝される。
故に俺は通貨の代わりに調味料を持ち込んでいるのだ。
袋を破り、指先につけた塩をアカツノは自分の舌で検分する。
それが済むと「今晩も上手いもんたらふく食わせてやるぜ」と発達した犬歯をさらして宣言した。
その言葉に周囲から羨望にも似たまなざしが寄せられる。
料理長のお勧めの料理を存分に堪能させてくれるというのだ。無理もあるまい。
ありふれた調味料でここまでの高待遇を受けると恐縮してしまう。
それでも『灼熱の王座』の料理は絶品なだけに、安易に辞退することもできない。
我ながら浅ましいものだ。
†
アカツノは見習いの少女に素材をもってくるように指示を出すと、自らは巨大な鉄板の前に移動する。
どこからともなく酒瓶を取り出すと口に当て傾ける。そして鉄板に向け勢いよく炎を吐き出した。
みるみるうちに鉄板が赤く焼け、湯気を立てはじめる。
――いつもとはちがう
そんな演出にらしくもなく胸が弾んだ。
通常の料理にこれほどの火力は不要だ。
しかしここでは俺の知らない生物など五万といる。
そのなかには通常火力では焼けないものも存在するのだ。これから出される素材はそう言った類のものなのだろう。
少女が店の奥から巨大な肉塊を抱えてくる。
アカツノは息を切らす見習いに「おせーぞ」と小さく注意し、それをまな板に載せた。
手にした巨大包丁を構えると、むき出しの二の腕が膨れあがる。
そして「はっ!」という気合いとともに振り下ろされると、肉は一瞬にして切り分けられた。
そこから的確ですばやい動きでスジ切りをし、塩を擦り込んでいく。
下拵えされた肉の量があまりに多いのが気になるが、彼女を信じてなりゆきを見守ることにした。
肉に塩をなじませるまでの間に付け合わせの準備に入る。
アカツノは豪快なだけでなく、繊細さも兼ね備えていて、その見事な手際に静かに見入ってしまう。
「そんなにジロジロ観なくたって、変なものは入れねぇよ」
視線を手元から離さないままアカツノがつぶやく。
「無論そんな心配はしていない。だがあまりにも美しいものだったからツイな」
洗練された動きほど美しいものはない。職人の仕事とは常にこうあってほしいものだ。
「そっ、そんなこと言ったって、肉はデカくならないからな」
「わかっている。肉は熱すると縮むものだからな」
珍しくアカツノの動きが乱れた……ようにみえたが気のせいだろうか?
アカツノはなんでもないように鉄板に手を置いて熱の具合を確かめ、その具合に満足すると焦げた指をぺろりと舐める。
そして大きく分厚い肉をそこに投入した。
ジュッ!
高温で焼かれた肉が悲鳴をあげるように音を響かせる。
それとともに香ばしい匂いが店内に巡りはじめた。それだけで唾液が口内にたまりはじめる。
それは俺だけではなかったらしく「こっちにもその肉を焼いてくれ」と他の客が競うように注文しはじめた。
どうやらこれを見込んで下拵えをしておいたらしい。追加の肉を鉄板に載せるアカツノの顔は誇らしげだ。
こんなに人気の肉ならば最初から店で出しておけばいいものを。
まぁ、俺としては食いっぱぐれずに済んで助かったが……。
焼きあがった肉が分厚いステーキ皿に乗せられ、カウンター越しに運び込まれる。
俺の腕力では、持ち上げるのも一苦労な代物だがアカツノは片手で軽々と扱っている。これほどの力の持ち主だと、逆に普通の皿とか割らずに済むのか疑問になる程だ。
それはともかく……、
「いただきます」
俺は神妙に手を合わせてから食事をはじめた。
軽くフォークで抑え、ナイフをあてると抵抗なく切り分けられる。
一瞬、ナイフの刃が光った様子からすると、どうやら魔法とよばれるこの世界ではさして珍しくない技術が施されているようだ。
サービスが行き届いている……が、高価な魔法の食器を用いていることから肝心の肉の固さが気になってくる。
果たしてこの世界にとって異邦人である俺の歯で噛みきれる代物なのだろうか。
熱い肉汁の滴る一切れをおそるおそる口に運ぶ。
すると衝撃が走った。
深い肉の味わいが口内で波打ちを繰り返す。
ソースはなくシンプルに塩胡椒だけの味付けだが、それ故に肉のうまみが存分に際立つ。弾力のある肉質も心地よく、噛みきれないほどではない。
「美味い」
感嘆が口からこぼれ落ちる。
付け合わせの野菜とともに食べ進めるが、俺の頭には疑問が生じていたのだ。
――これはいったいなんの肉だ?
この店が異世界にある以上、俺の常識ではありえないような生物が当然いるだろう。
それでも美味いとされる食材たちは牛や豚といった既知の家畜に似た姿をしたものが多い。
だが、そのどの味にも類していないのだ。強いていうなら鳥肉に近い気もするが、ここまでの味わいが出せるのだろうか。
シンプルな調理法を思えば、やはり俺の知らぬ異世界特有の素材なのだろう。
「どうです、満足してもらえましたか?」
肉の美味さを堪能していると、見知らぬ美女が誇らしげにたずねてきた。
細身ながらも、女性的魅力を兼ね備えたスタイルを革製の防具で保護している。
ストレートの金髪の隙間からは先のとがった耳が見えている。おそらくはエルフだ。
その背後には種族の異なるアイドルグループのような美女四人がひとつの卓を囲っていた。
武具を身近に置いている様子からして冒険者と呼ばれる魔物退治の専門家たちなのだろう。
「それはあたしたちが倒し、ここに卸したドラゴンの肉なんです」
「そうか、これが……」
異世界に来たとあれば、是非とも食べてみたいものだった。まさか本当に念願が叶うとは……。
だが俺が感動していると、アカツノが警告するように口をはさむ。
「おい、ブッチョウズラ、騙されるなよ。ドラゴンっつっても、近縁種のレッサードラゴンだかんな」
「なによ、ドラゴンには代わらないじゃない。そんなこと言うと、もう店に卸してあげないわよ」
「はっ、まぐれで狩れただけのクセによく言うぜ。だいたい自慢するなら上位種を狩ってからにしな」
「そんなの、あたしらだってチャンスがあれば……」
どういうわけかふたりの美女たちは喧嘩ごしになる。
両者とも腕に覚えがあるらしく、一触即発の空気だ。
さらには無責任な客たちがそれを周囲がはやし立てる。
「悪いが、俺は静かに食事を楽しみたいのだが?」
あたりを一別して願うと、さすがにマナーはわきまえているらしく、ふたりどころか周囲の客間で静まってくれた。
†
「ごちそうさまでした」
最後にもう一度手を合わせ、食事を終わらせる。
いつにも増して美味いメシだった。
素材の旨味を存分に引き出してくれたアカツノに礼を言う。
「気にすんな、対価は十分もらったからな」
そう言って彼女は、来店時とはちがい屈託のない笑みを浮かべた。
それと良い素材に出会わせてくれたエルフの冒険者にも礼を言っておく。
こちらも「自分の仕事をしただけ」と言いながらも、嬉しそうに頬を赤らめている。
どの世界でも自分の仕事をほめられて嬉しいのは代わらないらしい。
それから店を出ようとすると、アカツノから小声で呼び止められた。
すでに対価は支払い済みだがなんの用だろうか。
彼女はカウンターを周り小走りでくると、俺のもちこんだ白いレジ袋を手渡した。
なにか入っているのだろう、ずっしりとした重みが手に伝わる。中味は入れ替えてあるようだが……。
「これは?」
「余りもんだがさっきの肉だ。ちょいと工夫はしてあるが、店で出すようなもんじゃねぇ、もってけ」
他の客に聞こえぬよう小声で耳打ちする。店の奥では他の料理人たちが羨望のまなざしを向けていた。
ひょっとするとこれは本来なら彼らの賄いになるべきものだったのかもしれない。
残り物とはいえ、ドラゴンの肉がこれまで出されなかったことを考えれば希少品であるにちがいない。
「いいのか?」
眼鏡越しの視線を向け確認する。さすがにここまでさせるのは悪いし、他の料理人に恨まれるのも面白くない。
「気にすんな。それよりおまえ、前に来たときよりやせてるぞ。ちゃんとウチ以外でも食ってるのか?」
少し怒ったような表情で問いつめられる。
その通りだったが、まさかアカツノからそれを指摘されるとは思わなかった。
俺は短く「ありがとう」とだけ返し、素直に土産をいただき、今度こそ店をあとにした。
来週にはまた『
不安は大きいが、この土産はきっと強力な援護となって俺を助けてくれるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます