あるくのショートショートとか短編とか

あるく

普通のこと

 私は普通に生きてきた。今までの人生の中でこれだけはハッキリと言える事実だ。生まれた時からずっと普通。これからもきっと、そう願っていた。


 私の名前は天音常乃。生まれた時から「普通」という名をほしいままにしてきた。毎年の身長体重は必ずその年の平均的な値をたたき出している。狙って成長しているわけではない。私の測った身長体重が、そのままその年の平均値になっているのだ。勉学の成績も平均的で、毎回の試験は学年の平均点。点数には多少のばらつきはあっても、プラマイ1程度のものだった。これももちろん狙って取っているわけではない。どんなに勉強しても平均になってしまうのだ。だから順位は一定した順位につくことはなかった。先生も両親も不思議には思っていたが、赤点は取っているわけではないので、別に気にする様子もなかった。そんな私の「普通」は、自分でも自負していたし、少しだけだが誇りにしていた。何事も普通、そんな毎日がとても愛おしくてたまらなかった。


 友達もいた。少なくはなく、かといって多くもなかった。これまた普通のはずだ。友達からはよく、

「天音って普通だよね」

と言われていた。自分でもそう思っているから、嫌な気にはならなかった。しかし、親友と呼べる人はいなかった。

「でも親友と呼べる人なんてそうそういないんだし、いない方が普通だよね」

そう自分に言い聞かせていた。これもきっと普通のこと。


 一応彼氏もいた。告白のされ方も普通で、ただ一言、

「俺と付き合ってください」

と言われた。断る理由もなかったし、高校に入ったら異性と付き合うことも普通のことだろうと思って承諾した。最初は楽しかった。けど、だんだん私の普通さに飽きてきてしまったのか、

「お前って普通すぎてつまんねーわ」

そう告げられ、私の恋愛は幕を閉じた。こういう失恋も、高校生ならきっと普通のこと。


 家族の仲も普通。お父さんとお母さんは特別愛し合っているようには見えない。ただ淡々としている。こういうことって普通なのかなと思ったりもしてしまうけど、友達にこんなことを話したって分からないだろうし、友達も家族の話をしたりしない。こういうこともきっと普通のことなんだろう。


 そんな「普通」の日々が続いていたが、お父さんとお母さんがケンカする回数が増えてきた。お父さんが帰って来る度、お母さんが目くじらを立てる。理由は分からないけれど、お父さんに何か不満なことがあるのだろう。お父さんも聞く耳を持っていないようで、帰ってきてはお風呂に入ってすぐ寝てしまう。お母さんは夜な夜な泣いている。私はそれを見て、少し悲しい気持ちになってしまう。でも、これもきっと普通のこと。


 お父さんがついに家を出て行った。お母さんにいつ帰ってくるか聞いてみたけれど、もう帰ってはこないらしい。何で出て行ったのかも聞いてみたけれど、これ以上は何も教えてくれなかった。これもきっと普通のこと。


 お母さんが新しい男の人を連れてきた。なんとなく話はしたくないのはどうしてだろう。友達にこんなことを言っても何も言わないだろうし、第一そんな話聞いたこともない。だからこれもきっと普通のこと。


 名字が「天音」から「琴」に変わった。これもきっと普通のこと?


 友達は名字が変わったことを聞いては来なかった。これも多分、普通のことだからだろう。しかし皆は変わらず天音と呼んでくれた。けれども私は、

「せっかくだし新しくなった名字で呼んでほしいな」

と、皆に呼びかけた。皆はそれを受け入れてくれた。琴、琴ちゃんって呼ばれるのは案外嫌ではなかった。これもきっと普通のこと?


 高校は普通に卒業し、大学にも普通に入学した。特に目立った学業を修めることは出来なかったけど、普通に卒論を書き、普通に卒業した。社会人になり、本格的に社会の一員として働くことになった。運悪く、とても性格の悪い上司に怒鳴られながらも、仕事をこなしていく。これもきっと普通のこと?


 上司に怒鳴られる毎日もきっと普通、普通なんだと思い込み、擦り切れそうになる精神をなんとか繋ぎ止めていく。こんな毎日は普通なんだ。上司に怒鳴られるのも普通なんだ。しかし、ふと気付く。こんな上司に頭を下げ続けている毎日が普通なのか? ということに。


 気付いてしまってからは早かった。普通じゃないなら普通になろう。普通になっていないのならその原因を根本から取り去ろう。そう行動することがふつうなんだ。これがふつうのことなんだ。


 翌日私はふつうに出社し、ふつうに怒鳴られ、鞄に忍び込ませていたナイフでふつうに上司を殺した。社員の皆は唖然としていた。誰も声をかけてくる人はいなかった。これもふつうのことだからだろう。警察に捕まるのに時間はかからなかった。これもふつうのこと。


 取り調べが始まった。怖そうな刑事さんが私に質問を投げかけた。

「何故お前は上司を殺したんだ?」

言っている意味が分からなかったので、自分の思ったことをそのまま口にした。

「何故って言われましても、これがふつうのことなだからではないのですか?」

刑事さんは少し黙って、顔を歪めながらこう言った。

「あのなぁ、人を殺すやつが普通なわけあるか」

私は、耳を疑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る