望海祭(4)
翔太君は学校の前に、立っていた。私が声を掛けると、ひどく不愛想にうなずいた。それから私たち三人の姿を順番に見て、照れくさそうにうつむく。
「澄香だけじゃないのかよ」
こんなにたくさんの女の子と一緒に歩くのが慣れていないのだろう、困ったような恥じるような表情を浮かべている。
「お姉さんたちが一緒に回ってあげるからね!」
唯奈が無意識に男の子を撃沈させうる台詞を吐いた。私たちは自己紹介した後、場所を移動して、出しものを見て回り始める。段ボールなどで工夫して作ったボウリングの模擬アトラクションを楽しんだ。翔太君が案外下手で、私は笑ってしまう。
「やったことないんだから、こんなもんだろ。笑うなよ」
「大丈夫、私も下手だから。翔太君には勝てるけど」
などといい合っているうち、美薗ちゃんがセンスを発揮して、なんどもストライクを出し、景品のお菓子を四つもらっていた。
「これみんなで分けよう! お土産変わりだよ」
笑顔でお菓子を分け合う美薗ちゃん。私たちはチョコレートなどをつまみながら、次の楽しそうなアトラクションを探した。探す途中で、美薗ちゃんが劇の準備のためにグループを抜けた。唯奈が私や翔太君に、しきりとお化け屋敷を進めるが、断固辞退した。そうすると出しもののチープな展示に目を輝かせていた翔太君も辞退した。初対面の美少女と二人きりでお化け屋敷というのは、敷居が高いようだ。
「仕方ないなー。じゃあ私一人で楽しんでくるね」
唯奈はホラー系統の小説や映画をよくたしなむ。彼女にとって高校生の考えたお化け屋敷は物足りないかもしれない。
「やっと二人になれたな」
出しものの教室の前で待っているうち、翔太君がそう声を掛けてきた。そういえば、翔太君と会うこと自体、告白をした夜以来だった。
「俺の写真、面白いかな」
「写真のこと、あんまりわからないけど、翔太君の見てる世界が分かって面白いよ」
にこりと翔太君が年相応に笑って、
「カメラがほしいなあ。だんだんこの携帯で撮るの、ださく思えてきた」
「お金を貯めて買ったら?」
「亜紀は俺にお小遣いをくれないよ」
「じゃあ買ってあげる。いいやつは無理だけど」
「……俺が好きだから、貢ぎ物ってこと?」
「バカ。そんなんじゃないよ。そんなんじゃない」
「……ありがとう」
翔太君はぼそりと呟いた。お礼を言いたいのは、こちらのほうだ。熱中できること、それが翔太君に必要なものだから。
「そういえばさ、翔太君。劇が終わったら、高校の校舎の屋上に来てくれる?」
「告白の返事が聞きたいの?」
「まさか、知ってる――?」
何言ってんの、と小さな声でつぶやく翔太君。私もなんだか決まりが悪くなってしまい、それからは何も話さなかった。
「お待たせ―!」
唯奈は上機嫌で帰って来た。
「満足?」
「うん! お化け役の男の子と仲良くなって。連絡先もらっちゃった」
楽しみ方を間違えているような気がするが、口出しはしないでおいた。楽しんでくれれば、出しものをする側も恩の字だろう。特にこんな美少女に、ニコニコしてもらえるなら。
私たちは時間を確認し、いよいよ体育館へ向かった。
観客席がどれだけ埋まっているか、館内の様子を見るまで不安でならなかった。人気取りだとか、客目を引きたい、ということをやる気にしてここまでやってきたわけではない。私たちはただ、誰からともなく始まった劇が完成した状態を見たいだけだった。けれどそこに、観客という存在はスパイスを加えてくれる。体育館の壁にかかった古びた大きな時計が十時五十分をさしていた。
私の心配はいい意味で裏切られ――四十席用意したパイプ椅子の半分が埋まっていた。年代層も、高校生から小さな子供、おばさんまで厚く、私はそれだけでこみあげてくるものがあった。手を振ってくれている怜美先輩に、ほほえみを返す。
「あれ、澄香のお母さんじゃない?」
泣きそうな感情が引っ込んで、私は怒りたいような恥ずかしいような、それでいて少しだけうれしいような複雑な気持ちになった。私は唯奈と翔太君に席を案内し、母親に気づかれないようにこそこそと舞台裏に向かう。
薄暗い舞台裏に控えている演者たちの顔は、緊張の色が濃い。動きの最終確認や、衣装をしきりと気にしたりして、本番の時間に焦れているようだった。本番など永遠に来てほしくない、何かの事故で中止になってほしいと考えている人もいるかもしれない。
「よかった、盛況で」
先に来て最終調整をしていた美薗ちゃんの表情が固かったので、努めて明るく話しかける。自分に声を掛けられたのが分からなかったような間があって、彼女が振り向いた。
「緊張しすぎ」
「当たり前だよ。私の書いたものが、初めて公になるんだから」
彼女にとって初めての、創作物を他人に見せる場。それはもしかすると、私が唯奈から教わったコミュニケーションの方法を、クラスメイトに対し試したときと同じなのかもしれない。一人で作りあげた。無数の「こうすればああする」の繰り返し。そうして作り上げるものの、不完全さを自分が一番知っているからこそ、あらゆる方面から不安が押し寄せる。本番になってしまえば、そのようなことはすべて考える余裕がなくなるのだが、それでもそこに意識を置き続けてしまう。
「大丈夫だから」
私は美薗ちゃんの手を握る。十時五十五分。冷たく握りしめられた小さな手は、緊張の開放を望みながら細かく震えていた。私はみんなを集めて、
「うちの母親も来てるの、もう何回来るなって言ったかわからないのに、来たの。ふざけんなって感じだけど、なんかつまんなかったって言われるのも癪だしさ、頑張ろうよ」
緊張感のない声を掛けてみる。美薗ちゃんも一瞬、ふっ、と笑ってくれた。
「私のお母さんにも、この劇の評判が届きますように」
美薗ちゃんの母親が、十年前の嵐の件で望海祭に来たがらないことを私は知っていた。美薗ちゃんの願いよ届け。十時五十九分。緊張が最高潮に達する。美薗ちゃんが怯えたようにわなわなと唇を震わせている。
「大丈夫」
十一時。ナレーターの女子が舞台に出てスポットを浴び、挨拶をする。
細かな心配のほとんどは、えてして起こらないものだ。
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