第19話700種のシンデレラがある

『シンデレラ』

 民話・昔話をフランス宮廷詩人のペローが脚色した物語。もしくは、グリム兄弟が集めたドイツ民話に含まれる物語。類話など700種程度集められ、世界中に存在する。

 ヒロインの足が小さいことから古代中国(纏足の習慣があった)までさかのぼるという説もある。


『灰=Cinder』に『‐lla』の極小語尾がついた。


 フランス版シンデレラ=サンドリヨン。

 ペローが宮廷の婦人向けに脚色(子供向けではない)。

 特徴に『魔法をかけられる』『12時までのタイムリミット』『持ち物(ガラスの靴)でヒロインを確定』『継母』『いじめ』などがあり、目的は当時の男性社会において、女性の夢を守ること。

 テーマは『世界は過酷』『後見人に力があれば、安泰な人生を歩める』である。


 根拠。

 シンデレラは貴族の娘である。→ 継姉がシンデレラに着付けをさせるシーンがあるが、それはシンデレラが宮廷のエチケット(衣装で格式が決まる。格下の者は格上の者に話しかけてはいけない、など)や当時の流行(つけぼくろ【肌を白く見せる。吹き出物をカバーするなど】、高々と結い上げたコルネット【当時の木管楽器】状の髪型、衣装の生地【ビロード】)などに通じていたからである。また、宮廷に縁のある高貴な身分の実母がいたことが暗示されている。

 テーマについては、当時ルイ十四世がベルサイユ宮殿を建てて、宮廷住まいをお気に入りの貴族に勧めた=田舎の領地に追い払われるなどまっぴら、大恥である(かつては王族が自分から田舎へ移り住んで領地を見張っていた)。ということや、当時の貧しい美女を飾り立てて舞踏会に放り込み、王族に取り入らせて愛人にする=後見人としてのしあがろうという野心家の人物が実際にいたことを踏まえて物語に織り交ぜている。


 マメ知識。

 当時の女性は、働くことなど考えられない。恥辱と教育されていた。

 労働に従事し、かまどの前で灰にまみれて眠るなどというのは最下層の労働者として侮蔑されていた=灰まみれ、などというあだ名ははなはだしい侮辱であった。

 ペローは、当時のお産の難しさや、貧しい世相から、実の親を失うと悲惨であることや、後見人さえしっかりしていれば、高い地位を得られる、ということを言いたかった。子供にあてて書かれたものではありえない。しかし、わかりやすく平明で、シンデレラ=サンドリヨンの性格はおとなしく、我慢強く、従順で個性がなく、現状打開など自分からは何もしない、などが特徴。王子もまた、見染めた女性を探すのに、部下に命じて放っておくなど、行動的でない。 



 ドイツ版グリム兄弟のシンデレラ。

 学術的な兄の緻密な研究に、詩人の弟の脚色により、物語として深みと味が生まれている。

 継母と継姉が来てから、実父が旅の土産にねだられて、継姉には服や飾りを、そしてシンデレラには森へ入って最初に帽子にあたった木の枝=ハシバミの枝を与える。シンデレラはその枝を実母の墓の前だか側だかに植え、十年かけて育てる。

 育った木の枝には白い鳥が止まり、その鳥とハシバミの木にシンデレラが願いをかけると欲しいものが木の上から落ちてくる、という設定。

 さて、詩人のグリム弟によって、口承の物語は独特のリズムを持つこととなった。

 キーワードは三回。

 シンデレラはお城の舞踏会に行くために、二回継母に泣いて頼みこむ。継母は二回、豆をかまどの灰に投げ入れ、きれいにとりわけるように言いつける。三回目はシンデレラはハシバミの木と白い鳥にドレスと靴を願い、継母は三度目はかまわず継姉をつれて舞踏会へ行ってしまう。

 そして、舞踏会は三日行われ、シンデレラは二回、王子を虜にする。他の女性とは踊りもしなかった王子は、二回、シンデレラの家まで追いかけてきて、シンデレラ父は二回、ハト小屋と大木を斧で粉々にするが、シンデレラは捕まらない。(これはシンデレラが男性心理に通じていたことを意味し、逃げれば男は追ってくるものだという示唆である)

 三回目の舞踏会では王子が事前に階段にタールを塗り、そのため足をとられてシンデレラは靴を落してしまうのである。

 シンデレラは三回ともハシバミの木から落とされるドレスと靴を借りて、ちゃんと返しておくのだが、片方だけになってしまった靴は持っておいた。

 そして、王子が自ら靴を持って訪ねてくると、継姉たちが苦心惨憺するのを尻目に、顔を洗って(それまで汚いからと閉じ込められていた)王子の前へ出る。王子のもっていた靴は(あるいは物語によってはガラスの靴=これはペローの時代にガラスを多く使った建物がたてられており、非常に重要なエッセンスだった)壊されてしまうが、シンデレラがポケットからもう一つの靴をとり出し、めでたし、となる。


 特徴。

 シンデレラがハシバミの木に借りたドレスと靴は金糸銀糸で縫い取りをしてある。

 わたくしが知っている話では、一日目=月のドレスと靴。二日目=太陽のドレスと靴。三日目=星のドレスと靴。となっており、月より太陽、太陽より星のほうがグレードが高いことになっていた。

 グリム弟は詩人だったため、三回の繰り返しをかならず盛り込んだ。

 ペローの作品と違うのは、現在ディズニーなどに取り入れられた要素『12時までのタイムリミット』『魔法をかけられる』『ガラスの靴』(『継母』)がないところである。

 逆に、ハシバミの木の設定と白い鳥の存在がある。白い鳥とはシンデレラの実母の魂だという説や、そもそも継母の設定がなく、シンデレラにつらく当たるのは躾であったし、シンデレラがめげると白い鳥となって励ました、ということになっている。

 口承の物語なので、語り伝えられる間に、いろいろと変節してきたもよう。


 マメ知識。

 当時、ハシバミの実はヘーゼルナッツといわれ、非常に栄養価の面でも稀少なものだった。ハシバミのY字の枝(二本、両手に持って使用される)は水のありかを示すと言われ、ダウ(ダウジング)につかわれた(水脈に近づくと、震えたり音を鳴らしたりした)。もし、勝手に枝を切りとりでもしたら罰せられた。



 アメリカ版のディズニーのシンデレラ。

 大人も子供もわくわくする設定を、ペローから拝借している。

『12時までのタイムリミット』『継母』『いじめ』『ガラスの靴』『魔法をかけられる』。

 魔法がとけたときにガラスの靴だけ残ったのは、その靴だけは魔法で変身したのではない、フェアリー・ゴッド・マザーの贈りものであった、という設定。


 特徴。

 シンデレラの性格はペローよりの性格であるが、下層階級に属し、態度ががさつ。なのに、パーフェクトなお姫様を感じさせる。ペローの時代では十代のいたいけな少女であったサンドリヨンが、大人なアメリカンガールになって登場。アメリカには宮廷も王政もへったくれもない。


 まとめ。

 ディズニーがペロー版を取り入れた背景には、少女の夢を尊重しようという心意気があるだろう。

 少女の夢はたあいなく、ほほえましいが意味がない。

 自分は高貴な身分だが、嫉妬や妬みで世間からつまはじきにされてはいるけれども、いつか奇跡のような出来事がおきて、高貴な自分にふさわしい立派な地位を与えられる。

 まあ。

 努力は現実世界のことだから、夢の世界でまで努力したくない、というご都合主義だか現実の重圧だかがよく理解できる。

 WEB小説の死んだら異世界。チートでハーレム。俺TUEEEE! の由来もこのあたりに属するのではないかと思う。

 ペロー版は結婚したシンデレラ=サンドリヨンは、継姉を宮廷に呼び寄せ住まわせて結婚相手をあてがってやる。

 グリム版はシンデレラの友であったハトによって、二人の継姉は目を潰されるのであった。二人の継姉にはシンデレラの真価など見えてはいなかったから、という暗喩であるという説。



参考文献:シンデレラ/中野京子



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