僕の異世界生活はなかなか始まらない
開蜘蛛
第1話
目を開けると、そこは何もない異空間だった。
照明もないのにやけに明るく、そのくせ壁もない割になぜか閉塞感を感じる奇妙な空間。
その世界の色は何やら白々としていて、足下を漂う黄色いもやと混ざって、さながらコーンポタージュみたいだった。
「おいおい、コーンポタージュはないじゃろ」
突然の声に驚いて振り返ると、そこにはいやにテカテカとしたハゲ頭の老人が立っていた。
老人はゆったりとした僧衣を身に纏い、人好きのする笑顔を浮かべて、御自慢らしい長い白髭を撫でていた。
「それは
神を名乗る老人は、足下のもやをすくって見せると、唐突に聞いてもいない霞とやらの解説を始めた。
「え? これ食べるんですか?」
「うん。食べる。モリモリ食べる。調子がいいときはこれで御飯三杯はいける」
「オカズ的なものなんですね」
試しに黄色いもやを手に取ってスルスル吸ってみると、確かに奥深い味がした。
高級な駄菓子みたいな味がする。矛盾しているが、本当にそんな味だった。意外とイケる。
「なかなか恐れを知らん男じゃな」
「いえ、これでも結構、混乱してるんですけど」
常軌を逸した状況に困惑する僕をよそに、神様を名乗った老人は白い歯を見せて、カカカと大笑したかと思えば、
「いやいや、立派なもんじゃよ。実は何度か、今と同じような場を設けた経験があるんじゃが、みんな最初は錯乱しての……」
途端に表情が暗くなった。一呼吸、間を置き、ぽつり。
「……中にはワシを殴る者までおった」
恐るべき事実を述べた。
「えっ!? 殴る?」
「うん、殴るんじゃよ」
「なんで……?」
「分からん。理由を聞いても要領をえんでの。なんとなく、でワシを殴るんじゃ」
「こんなお年寄りを理由もなく……? あ、ひょっとして外人さんです? 秩序なきスラムシティの……」
「フロムジャパンじゃよ。コンクリートジャングルの申し子による理由なき凶行じゃよ」
「うわぁ……」
僕は絶句した。いくら理解不能な状況に陥ったからといって初対面の老人に暴力を振るう蛮勇は持ち合わせていない。
同じ日本に生まれ育ちながら、やはり人と人の間には大きな壁がそびえ立っている。
僕は改めて自分の知る常識というものが、いかに薄っぺらいものであるかを骨身に染みた思いだった。
「ふむ。その様子ならいきなり説明に入ってもよさそうじゃの」
戦慄する僕をよそに、神様はいつの間にか出現していた畳座敷に腰を下ろすと、備え付けのちゃぶ台に置かれていた茶をすすった。
「まぁ、とりあえず座ったらどうかの。なんとなくじゃが、長丁場になりそうな気がするんでな」
「そんなに長い説明になるんですか?」
「説明自体は簡単じゃよ。ただ、なんか長引きそうな気がする。これでもワシ神だから。なんとなく分かるんじゃよ」
「へえ」
促されるまま畳に座ると、ちゃぶ台の上にはこれまた気付かない内に湯呑が増えていた。
どうやらこれが僕の分らしい。「戴きます」と礼を述べて、すすってみると程よい渋みにほのかな甘さが口一杯に広がっていく。
なんだか人心地ついた気がして思わず溜め息が出てしまった。こうなると茶菓子が欲しくなる。
僕は周囲のただよっていた霞をすくうと、再び口の中に放り込んだ。
――やはり合う。霞はオカズだけではなく茶菓子としても有用な事が証明された。
「……マイペースな奴じゃな。説明を始めてもいいかの?」
「あ、すいません。どうぞ」
呑気に霞をむさぼる僕にあきれ顔の老人は、居住いを正すや、打って変わって威厳を感じさせる色を声に乗せた。
「では改めて、――――あまりに荒唐無稽で驚くかも知れんが、ワシは人間から神と呼ばれる存在じゃ」
「はい」
「実はついさきほど、お前は運命的に轢かれるはずのないトラックに轢かれ、その儚い命を終えたのじゃ」
「はい」
「……ここまでで何か質問はあるかの?」
「いいえ」
神様はじっとこちらを見て、もう一度尋ねてくる。
「……本当に質問はないのか? こう、その、色々と、ないのか?」
「はい。神様と言われて最初は驚きましたが、この状況を見れば疑う余地もありません。
トラックに轢かれて死んだ記憶もありますし、その直後にこんなところに迷い込めばおおよその見当はつきますので、どうか引き続き、説明をお願いします」
「うむ。うむ。まぁいい。分かってもらえるなら、それでいいんじゃ」
神様は湯のみを手にしてノドを湿らすと、意を決して、実に申し訳無さげな顔で言った。
「実は、どうもお前さんが死んだのはワシのミスっぽいんじゃよね……」
どうやら僕が死んでしまったのは目の前にいる神様のせいらしい。しかし、不思議と腹は立たなかった。
神様は上目遣いで小首を傾げる。
「……怒る?」
「怒りませんよ。確かにショックですけど、いまいちピンとこないですし。……むしろその仕種の方がイラッと来ました」
「そうか、そうか。懐が広いの。通例だとここで二発目の拳が飛んでくるところだから思わず身構えちまったわい」
「やはり、みなさんここで暴力を?」
「うん。最初は右フックで、ここでは大体ボディー狙いじゃな。お陰で最近は腹筋を鍛えるのに凝っておる」
そう言うと、神様は服をはだけて自慢の腹筋を披露してくれた。
なんとなく、この神様が殴られる理由が分かった気がする。
「それで、これから僕はどうなるんでしょうか?」
遅々として話が進まないので、自ら話を進めてみる。気になるのはやはり過去よりも未来、今後の話の方だ。
死んでしまった事への悲しみもあるが、それよりもこんな何もない場所で神様と永遠に二人きりというのは流石に勘弁していただきたい。
「心配するな。お前さんには転生してもらう事になる」
「転生? あの仏教の?」
「云うところの、輪廻転生とは違うの。平たく言えばお前さんは今の命を終えて、別世界の新しい命として生まれ変わるんじゃ」
にわかに話が大きくなって理解がついていかない部分がある。そもそも相手が神様なのだから仕方ないのか。
そんな混乱を見抜いてか、神様は更に補足する。
「そう難しく考える事もあるまい。お前さんとて一度は生まれて死んでおるんじゃし、またそれを繰り返すと思えば怖くはなかろ」
「はぁ」
それでも困惑面の僕に、神様は悪戯めいた笑みを浮かべた。
髭の形を歪め、口の端だけがつり上がる。云ってしまえば、ひどく悪い人相になっている。
「――――しかも、今回は特別に”オマケ付き”じゃぞ?」
「オマケですか……?」
「左様! なんと今回は特別に、記憶の引き継ぎとお前だけの特別な能力を与えて進ぜよう!」
急にテンションを上げて鬱陶しい神様はさておき、それは確かにとてもありがたい話のように思えた。
特別な能力というのはとんと見当もつかないが、僕自身、今の自分に未練がない訳ではない。
記憶を引き継げるという事は、すなわち僕自身を次回に持ち越せるという事でもあるのだ。
「でもいいんですか? そんなインチキみたいな……」
「いいんじゃよ。お前さんには、特別、じゃぞ?」
恩着せがましくウインクする神様への苛立ちが、僕の中で閃きに転化した。
「――――神様。ひょっとして、僕にオマケを与える代わりに自分のミスをチャラにして欲しいと、そういう話ですか?」
「そ、そ、そういう話は嫌いかの?」
神様は見るからに慌てふためき、額からはだらだらと滝のような汗が噴き出していた。
僕は神様に向かって、ハッキリと述べた。
「いいえ、大好きです。ワイロとか依怙贔屓とか、それだけで御飯三杯いけます」
「そうかそうか! いやあ、ちょっとビビっちまったわい」
僕と神様、ガッチリ握手。
自分が優遇されて誰が困るでもなし、神様も後ろめたい気分が晴れて、これぞ一挙両得というやつだ。
なんだか俄然、楽しくなってきた。
「それじゃあ神様、特別な能力の方の説明を」
「おお、おお! そうじゃの。特別な能力と一口に言っても、その種類は様々じゃ。
突出した才能から世界の均衡を壊しかねないスキルまで、お前が望む能力をなんでも1つだけ進ぜよう」
神様は予想以上に神様だった。
こうも気前のいい神様が支配して、今まで世界が崩壊しなかったのが不思議なほどに太っ腹だった。
「なんでもですか?」
「何でもいいぞい。お前が次に生まれる世界は剣と魔法の世界じゃから、魔術の才能もいいかもしれんな」
神様は何やら聞き捨てならないことを言った。
僕はたまらず神様に問いかける。
「ちょっとまって。次に僕が生まれる世界って魔法があるんですか?」
「あるぞい。ワクワクするじゃろ?
「はぁ……」
芝居がかった神様のテンションに反して、僕のテンションは見る見る下がっていった。
なんだ、それ。めちゃくちゃ危ないじゃないか。
「どうしたんじゃ?」
「神様、もっと安全な世界がいいんですけど」
「ええぇ……」
僕のしごく常識的な提案に、神様はあからさまにガッカリしたようである。
さきほどまでは尖って見えた白髭が、今ではへなへなに萎れている。
「その……申し訳ないんじゃけど、空きがこの世界しかないんじゃよ……」
神様の説明によると、世界には魂の定員というものがあり、僕の魂が送られる世界というのもすでに固定されてしまっているらしい。
その後も幾つか交渉してみたが、やはりそこだけは変更が効かないらしく、どう強請っても神様から色よい返事は戴けなかった。
「そうなると、神様から戴く能力とやらも、防御方面に特化した力の方が良いような」
「すまんの。代わりに能力には制限を設けるつもりはない。いくらでも自由な発想で構わんぞ」
ただし1つだけじゃがな、と神様は注釈を入れた。
やはり特別な能力こそが命綱。この選択を誤っては輝かしい来世も夢のまた夢のようだ。
「例えば、<不老不死>なんてどうじゃ? お前さんが心配しとるのは突き詰めれば命の危険じゃろ? これ一つで一発解決じゃぞ」
うんうん唸りながら固まってしまった僕に、神様は当事者でない気軽さと云うやつで案を示した。
だが却下だ。
「短期間でみれば”不老不死”も理想的ですけど、長期的にみるとあまり賢い選択肢ではないですよね。
人も物もいずれは滅びます。家族が滅び、知人が滅び、国が滅び、世界が滅び、星が滅んで、あとは孤独に宇宙空間を生物とも鉱物ともつかない状態でさまよい続けるのはごめんです」
今だけがいい、という発想ではいけない。
驚異的な力を手にするなら、驚異的な期間すら考慮する必要がある。
「それに僕、転生するんですよね? <不老不死>だと一生、赤ん坊のままじゃないですか。却下、却下」
「ふむ。まぁ、そこは調整できなくもないんじゃがな。ともあれ、そうなると<不死>もダメか」
しかし、せっかく出してもらった案を一蹴したままでは収まりが悪い。
神様の提案を一歩、先に進めてみる。
「神様、<絶対に傷つかない体>って出来ますかね? これなら無敵じゃないですか」
とっさに出したにしては、我ながら名案ではないかと思った。
しかし、神様の反応は芳しくない。
「あまりオススメできんのう」
「なぜ?」
「つまらんからじゃ」
ひとの人生で楽しもうとしないで欲しい。
僕は思わず抗議しようといきりたったが、どうやらそういう意味ではないらしい。
「常に無敵状態の人生なんてつまらんぞ? 云ってみるなら、お前らの世界に将棋というゲームがあるじゃろ。
あれに一つだけ無敵の駒が存在したとする。するとどうなる? 将棋はたちまち駒を動かすだけの無味乾燥な遊戯へと様変わりしてしまう」
自分の命を賭けた将棋ならそれでいいと思うし、少々、比喩が飛躍している気もするが、神様の言いたい事はよく分かった。
確かにそんな人生では面白みに欠けるかも知れない。今は無限の発想が許されているのだから、出来るだけ欲を張っていくべきだろう。
「こういう場合はそうじゃの。基本は無敵。でも後ろから攻められると弱いの、くらいが人生を愉しむコツというやつじゃて」
「どこの姫騎士ですか。どっちかと言えばオークポジション希望」
この神様もイケる口らしい。
僕は軽い冗談のつもりでオークの名を挙げたのだが。
「ん!? なんじゃ? オークか? オークになりたいのか!?」
神様は予想以上に食いついてきた。
「そこに食いつかないで下さい。来世が豚なんてイヤですよ」
「なんじゃ……オークキングにしてやろうとおもったのに……」
危うく王座に就かされるところだったらしい。
軽口で一生を決めつけられてはたまらない。今後は言葉をよく選ぶ事にしよう。
そこで、はたと気がついた。
「そういえば神様、僕って来世はどんな風に生まれるんですか?」
よくよく考えてみれば、一番重要な部分を聞き忘れていた。
いくら万能の才を持って産まれたとしても、それを生かす環境がなければ無用の長物である。
「ああ。ほれ、ここじゃよ」
そう言って神様が指差すと、何もない空間に一つの映像が投写された。
緑豊かな大地に囲まれ、穏やかな風が吹き抜ける
そんな景色にお世辞にも豪邸とは言えない、どころか一般的な家屋とすら言えない、みすぼらしい民家が建っていた。
「ブラキム王国バズ公爵領テオフラスト村に住む農民、ガストンさんのお宅じゃ。これから約一年後、お前さんはここで生を受ける事になっておる」
つまり、これが第二の人生を送る僕の実家という事になるのか。そう思えばなんだか微妙に傾いた家屋も滑稽味があって愛おしくも思える。
しかし、それにしても。
「ちょっと貧乏すぎませんか?」
次の異世界の文化水準がどれほどの物かは知らないが、ウォシュレット完備の生活を送ってきたコンクリートジャングラーにはいささか厳しい環境に思えてしまう。せめてもう少し、手心が加えられないものか。
僕としては少しでも多くの譲歩を引き出す為に無理を言ったつもりだった。
「ん? 別のところにしてもええよ?」
神様は思いの外、気前が良かった。
というよりガバガバだ。本当に世界をこの神に任せておいて大丈夫なんだろうか。
「いいんですか?」
「ええよ、ええよ。変更出来ないのはあくまで産まれてくる世界だけじゃからな。
ワシとしては貧乏な家から成り上がった方が楽しいじゃろう、という老婆心からガストンさん家を選んだだけじゃによって」
成り上がり。――それは、なんと甘美な響きか。
「成り上がりですか」
「うむ、成り上がり。下賎な身分から一代にして巨万の富や名声を築き上げる。男子たるものの本懐と言ってもいいかの」
言われてみれば、それは実に魅力的な提案だった。
僕自身、出世や権威にさほど欲がある訳ではない。しかし、後世に名を残すという一点に関しては世の人々と同じく興味を惹かれるのも事実だった。
底から這い上がるルートを選ぶか、それとも最初から物に恵まれたルートを取るか。実に難しい問題だ。
僕はじっとガストンさんのお宅を凝視した。
この環境にさえ堪えてしまえば諸問題は解決される。しかし、いくらなんでも貧乏すぎやしないだろうか?
ある程度の我慢は出来るが、食うに困って落ち穂を拾うような生活はごめんだ。
やはり変えてもらうのが最善らしかった。
すると、映し出されたガストンさんのお宅から、一人の女性が姿を現した。
僕は思わず息を飲む。
女房衣装に身を包んだその女性は身形だけが粗末だったが、代わりに農村には似つかわしくない美しさが一層、眼を惹いた。
所帯じみた雰囲気のわりに顔にはどこか幼さが感じられ、儚げながら、それでもたくましく生きようとする生命を賛美するような美しさ。
絶えず浮かべた柔和な微笑みからは瞬きする度、まるで光がこぼれ落ちるようだった。
「か、神様! この人、誰ですか?」
「この人はアンヌさんと云ってな、元を辿れば由緒正しい血筋の者だったが先々代で没落しての。今はただの農婦として暮らし、二ヶ月前、しょぼくれた農民であるガストンさんの家に嫁いできてからというもの、日々の貧しい暮らしにも不平不満を一切口にする事なく、身を粉にして働きながら夫を立てる事も忘れないという理想的な奥さんじゃ。今はまだ子宝にも恵まれておらんが、一年後に第一子をもうける事になる。――――この意味が分かるな?」
僕はたまらず神様とハグした。その感動を分かち合うにはこれでも足りないと言うほどに老体を抱きしめる。
「神様! あなたは本当に神様だったのですね!」
「うむうむ。妻としては言うまでもなく、母親としても理想的な、優しく、そして心の強い女性じゃよ」
「つまり、貧乏な農家には理想の母親付き、と」
「そういう事になるかの」
神様は満足げに頷くと、もううんざりといった様子で僕の抱擁を解いた。
僕は餌皿を前に興奮する犬のような気分である。改めてアンヌさんを見て、溜め息をこぼす。
「しかし、見れば見るほど美人さんですね」
「そうじゃのう。これほどの美人は、美形が多いこの世界でもそうそうお目にかかれるレベルではないかの」
「そうなんですか?」
「うむ。まぁ、人の好みはそれぞれじゃからなんとも言えんが、こういうタイプの美人はあまり多くはないの」
そこで僕に一つの疑念が産まれてしまった。
そんな話を聞いてしまうと、アンヌさんをただの母親として生を受けるのは、いささか勿体なくはないだろうか?
これほどの美人である。不慮の事故で命を落としてしまったガストンさんに代わり、新しい夫として面倒を見て差し上げるのも悪くない選択肢ではないか?
いやしかし、僕がお年頃になる頃にはアンヌさんも相当、歳を取ってしまっているはずだ。この美しさが今だけのものであったなら、この選択自体が無駄になってしまう。
「うーん……」
「どうも行き詰まったようじゃの」
とうとう頭を抱えてしまった僕に、神様は助け舟を出してくれた。
「さっきの能力の話もそうじゃが、ぶっちゃけた話、お前はどういう来世を送りたいんじゃ?」
あまりに単刀直入である。
こうも素直に尋ねられては、こちらも素直に答えざるを得ない。
僕は正直に言った。
「重い責任を課せられない自由な立場にありながら人々の尊敬を集めつつ、処女で美人でやんごとなき身分のお嫁さんを複数人もらっても咎められる事なく、適度な刺激と冒険に満ちた生活の中で、身の安全が絶対に保証される力が欲しいです。あと出来れば金にも不自由したくありません」
我ながら都合が良すぎるとは思うが、真実、これが僕の偽らざる本音だった。
「ちょっと図々し過ぎますかね?」
ところが神様はいっそ清々しいものでも見たかのように、頷きながら拍手喝采した。
見事、見事、と褒めてくれた。
「いやはや
皆、口ではどこかでカッコつけようとするからの。心の中はダダ漏れじゃというに、余計にカッコ悪いわ」
「それで、これ叶います?」
賛辞を送る神様をよそに、僕は静かに神様の表情を値踏みしていた。
いくら感動されたところで絵に描いた餅であるならば意味がない。
ひとしきり満足したところで神様は言った。
「無理じゃの」
「なんですか、それ」
散々もてはやしておいてこれだよ。僕は心底ガッカリした。
「じゃがしかし、お陰で目標は設定できた。後はその条件に出来るだけ近づけようではないか」
「はあ。では具体的にどうすると?」
「そうじゃの……」
神様は再び視線を僕の第二の実家候補であるガストンさん宅に移した。
「成り上がり、はそのままの方がええよな?」
「そうですね。できれば成り上がりたいです。最初から上流階級だと肩が凝りそうですし」
「しかし、金は欲しいと」
「そうですね。生きていくのに不自由しない程度の金は、働かずとももらえる身分が理想です」
「それなら、こういうのはどうじゃろうか?」
まず僕は一介の農民であるガストンさんの息子として農村に産まれる。
所詮は農民出の小僧にすぎないので、あとは村を出て自分の能力次第でどこまでも駆け上がる事ができる自由な身の上。
しかし、その正体はブラキム王国のバズ公爵の長兄、高貴なる血筋の隠し子だったのだ。
――――というのが神様の描いた図案だった。
「お前の三年ほど後に、バズ公爵のところにも男子が産まれるようにしておく。
この腹違いの弟は野心もなく、むしろお前さんこそが後を継ぐべきだと考えるような消極的な男での」
「つまり?」
「早い話が、お前さんの財布じゃな。揺すれば揺するだけ喜々として金を吐き出す、生きる現金自動預け払い機じゃ。無論、限度なし」
「おおお!」
「おまけに内政だけは才能があって、面倒な仕事は全部こいつがやってくれる。頼れる便利屋くんという奴じゃ」
「実に素晴らしい!」
「なんならブラコンのホモにしておくか?」
「いえ、それは結構です」
最後はいらぬところにまで気を回す神様だが、その配慮たるや十全と云って差し支えないものだった。
僕は再び神様に抱きつこうとするが、それは機敏な身の動きでかわされてしまう。
「高貴な娘と結婚したければ血筋を持ち出せばいいじゃろ。後はお前さんの交渉力次第という訳じゃ」
僕は神様の仕事っぷりに感心した。
なるほど、確かにこれなら僕が出した要望に、環境だけでほとんど答えてくれた事になる。
素晴らしい。神様はどうやら本当に神様であらせられるようだった。
「では、この条件で固めてしまっていいかの?」
「はい!」
「アンヌさんを嫁にする件は?」
「諦めます。よく考えたら人が一度手をつけた嫁なんていらないかな……って」
「ほっほっほ! お主もユニコーン顔負けの筋金入りじゃの。よいよい。では、やるぞ?」
「はい! お願いします!」
「では――――」
神様は僕の承諾を受け取ると、もったいつけた動作をしながら、指先で乾いた音を弾き鳴らす。
何かが起きる。僕の第六感だけが大きな力の流動を感じ取り、身構えてしまう。
一体、何が起きると言うんだ。
――――しかしそれから1分、特に何も起きなかった。
見える世界は相変わらず静寂に満ちていて、僕は白けた調子で突っ込んだ。
「神様、どうしたんです? かっこつけてみたかっただけ?」
「ふふふ、分からんか? あれを見てみい」
得意げな神様が指差した先には、例のガストンさん宅が映っていた。
相も変わらず呑気な風情で、軒先には小さな鳥たちが集まって土をほじくり返していた。
ところが、その小鳥たちが一斉に飛び立つや、彼方から土煙を巻き上げて、立派な黒馬にまたがった一人の騎士が現れた。
騎士は優美なマントを翻し、馬から颯爽と降りると一人、ガストンさんのお宅へと入っていった。
そこで神様がようやく説明を始めた。
「えぇ〜、ある日の事ぉ、なかなか子供が出来ないバズ公爵はその苛立ちを慰めるべく、お共も連れず単身で鹿狩りに出掛けたのであったぁ」
神様の口ぶりはまるで講談師のようで軽く苛ついたが、話が止まるので突っ込むに突っ込めない。
そんな僕の苛立ちなど知った事かと絶好調に舌回る神様。
「大した獲物も穫れず、その帰り道ぃ、飲み水欲しさに立ち寄った民家で、公爵は一人の美しい女性を見つけてしまうぅ」
なんだか嫌な予感がした。
というか、嫌な出来事が起きるに決まっていた。
「たぎる情欲ぅ、溢れる劣情ぅ。公爵は溜まりに溜まった己の鬱憤をその女に――」
「神様、ちょっと待って」
「なんじゃ、今いいとこなのに」
止めないわけにはいかなかった。
まさかとは思う。ひょっとしてとは思う。だがやはり勘違いだろうという気もする。
僕はガストンさんのお宅を指差した。
「神様、ひょっとしてこれ……」
「うん。今、お前が作られ」
「ストップ! 神様ストップ!」
両腕を振って制止する僕を、神様は不満げに迎え撃つ。
「なんじゃ、一体? 今、公爵とアンヌさんの運命をいじって、ここからが面白くなるところで」
「面白くなっちゃダメでしょう! 止めて、止めて!」
「もう無理じゃよ。一度決まった事は神様でも無理。お手上げなんじゃよ」
「ああ……なんてことを……」
「まぁ、そう気にしなさんな。ほれ見てみい。ボロ家だというのに気にも留めずにハッスルしとるから家全体が揺れておる。ロイヤルじゃのう」
どうやら僕の何気ない一言で決まったらしい、アンヌさんの悲惨な運命には同情を禁じ得なかった。
ごめんなさい、アンヌさん。立派に成長したら親孝行するのでどうか勘弁して下さい。
神様は、うなだれる僕の肩を優しく叩くと、慰めの言葉をかけてくれた。
「大丈夫。アンヌさんはたとえ不義の事故で産まれた子供にも分け隔てなく愛情を注いでくれる、母親としても理想的な、優しく、そして心の強い女性じゃよ」
なんか本当に殴りたくなってきた、この神様。
僕が凹んでいる間に一通りの出来事が済んで飽きたのか、神様はとうとうガストンさんのお宅を盗撮していた映像を打ち切ると、場を改めた。
「さて、産まれる環境も決まったところじゃし、そろそろ能力の方を煮詰めていこうかの」
「はぁ……」
「なんじゃ、覇気のない。お前の今後を決める重要な要素じゃぞ。まじめに考えんか」
たしなめられても募るのは苛立ちだけだ。誰のせいで凹んでいるのかと。
しかし、このまま凹んでいたところで、何の解決にもならないのも事実だった。
「とは言うても、既に身分と金の問題は解決しとる訳じゃし、そうなると能力は=戦闘に特化した技能という事になるかの。安全に冒険できる能力か」
「……それなんですが、神様。適度に防御をしつつ、攻撃にも転じられる能力に方針転換してもいいですかね?」
それなら少しでも来世で活躍してアンヌさんの不幸に報いる事が、今、自分に出来る唯一の罪滅ぼしなのかも知れない。
そう考えた僕は、ひとまず完璧な安全という基礎から抜け出してみる事にした。多少のリスクを冒してでも、僕は活躍しなければならない。
「ん? いいのか?」
「いくら平穏無事に暮らしても戦闘で活躍しない限り、僕の望みは叶いそうにない気がするので」
「戦闘中、亀のように守っているだけでは女の子にもモテんしの。それが賢明じゃて」
神様はなぜか見当違いの答えで納得していた。
心が読めるらしいのに、おかしな話だ。まったく見当違いもはだはだしい。
そんな僕の抗議は無視して、神様は話を続けた。
「そうじゃのう。ではまずオーソドックスなところで<剣の才能>なんてどうじゃ?」
「却下ですね。剣なんかじゃ出来る事は限られてますし、剣が無くなったら無能って事じゃないですか。他の武器も同様です」
「ならば<格闘の才能>はどうじゃ? これなら武器に縛られず、いつでも自分の体のみで戦えるぞ。おまけに鋼の肉体付きじゃ」
「却下です。いくら鋼の肉体を持っていても攻撃を食らえば痛いんでしょう? というか、そもそも才能って努力ありきですよね」
僕はいっそ誇らしく、胸を張って宣言した。
「努力とか苦労とか、一切せずに強くなりたいんです」
「一度褒めておいてなんじゃが、お前さんも筋金入りじゃよな」
そんな宣言を受けた神様は呆れて半ば、溜め息を吐きながら、それでも懲りずに話を進めてくれる。
「ん〜、では才能の線は捨てて、努力なしに備わるスキルの方で話を進めるとしようかの」
神様の説明によると、「スキル」とは、平たく言えば才能よりもさらに直截に備わった技能の事を指しているらしい。
努力なくして完成のない才能とは異なり、スキルは備わった時点ですでに完成しており、そこに上位下位の差はあれど、汗臭い努力とは無縁のものであるらしかった。
「ほう、いいじゃないですか。こういうのでいいんですよ、こういうので」
「その代わり、才能ほど幅がないというか、自由度が低いからあんまりワシは好きじゃないの」
感心する僕をよそに神様は補足を加えた。
あくまで一点特化の技能であるらしく、神様曰く、面白みに欠けるらしい。
ひとの人生を面白くしようとしないで欲しい。
そして僕と神様の大舌戦の幕が開けた。
■ ■ ■
あれからどれほど時間が過ぎ去ったか。
数時間や数日では利かない。僕と神様はほとんど一ヶ月に近い時間を費やし、
時に笑い合い、時に怒鳴り合い、時には殴り合いの喧嘩寸前にまで議論が白熱した事もあった。
「では聞かせてもらえるかの? お前さんが欲する力とはなんじゃ?」
「はい、神様。僕が欲する能力は――――」
しかし、それだけの時間を費やした甲斐はあった。
そして僕は高らかに宣言した。
「僕が欲しい能力は<この世にある全ての魔法を無制限に唱える事が出来る>スキルです!」
そう、僕が選んだのは、<この世にある全ての魔法を無制限に唱える事が出来る>スキル。
なんだか長ったらしい名前になってしまったのは、必要となる要素を好きなだけ付け加えたせいだ。
攻撃面においては言うに及ばず、防御面においても無数の防御、回復呪文が僕を保護してくれる。
そう、神様との議論の中で発覚した事だが、次に僕が産まれる異世界にはそういった便利な呪文が存在していたのだ。
流石にこの事実に気付いたときは、神様の顔がアンパン工場長みたいになるまで殴り続けてやろうかと思ったが、やはり殴らないで正解だった。
なぜなら、ここまで辿り着けたのは他でもない、この神様のサポートがあったればこそだからだ。
いくら感謝してもし足りない。
この神が親身になって相談に応じてくれなければ、おそらく僕はカスみたいな能力を手に、異世界でその短い命を散らしていたに違いない。
僕は今再び、神様と熱い抱擁を交わした。
「神様、神様、本当にありがとうございます。これほどの力があれば、僕はきっと来世で活躍できます」
「うむ、うむ。ワシも満足じゃ。最初に願いを聞いたときは正直、こいつ頭大丈夫かと思いもしたが、まさかここまで完全に近い形で実現できるとは」
そして、熱い抱擁の終わりは即ち、神様との別れを意味していた。
名残を惜しむように離れると、ちらり、神様の目頭に光るものが見えた。
「……神様、なんで泣いてるんですか?」
目を凝らすと、神様の目には涙が溜まっていた。
僕に指摘されてからようやく気付いたように、神様は涙に触れると、またいつもの人好きのする笑顔で笑った。
「おお、本当じゃ。ワシは泣いておるのか」
言い終えて、またボロボロと神様の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「我ながら情けないの」
「いや、そんな……」
「聞いてくれるか。ワシはな、嬉しかったんじゃ」
「嬉しい?」
思わず僕は神様の言葉をオウム返しした。
「そうじゃ、嬉しい。嬉しかったんじゃ」
止めどなくこぼれ落ちる涙と呼応するように、神様は自分自身の事をぽつりぽつり語り始めた。
「神は全智ではないが全能ではある。唯一無二の存在と崇められてはいるが、普段は何の事はない。この空間でぼーっと暮らしておるんじゃ」
「ここで、ずっと……?」
「若い頃ならいざ知らず、今更、人間たちの世界に下るのも億劫での。ここでずーっと呆けておる」
僕は改めてこの異空間を見回してみた。
そして思い知らされたが、ここには本当に何もない。
無限に湧き出る霞と、あとは神様が自身で生み出した諸々の小道具。あとは何もない。
ここにある畳座敷もちゃぶ台も、そもそもは僕と議論する為に生み出されたものであったはずだ。
ならば、ここには本当に、何も存在しなかった事になる。
「無論、神としての仕事はある。しかし、そんなものはとっくの昔に全自動化してしまったよ。あとはワシが寝ておってもほとんど勝手に出来上がる。ワシは出来上がった運命の中にミスがないかチェックするだけ。猿でも出来る仕事じゃの。ワシ神なのに」
何年も。何年も。何年も。何年も。何年も。
それは人の身には想像を絶する、神の孤独だった。
「人間は歳を取ると時間が経つのが早く感じるように出来ておる。ワシとて同じじゃ。しかしその時間の桁が違う。うっかりすると一年、十年は過ぎてしまう。うたた寝するだけで一年、十年は過ぎてしまう。――――そして、見落としてしまうんじゃ。出来上がった運命の歪みやミスを」
神様は今一度、僕に向かって深く頭を下げた。
テカテカに禿げた神様の頭に映る僕の顔は、やはり神様と同じように涙を流していた。
「お前さんには本当に申し訳ない事をしたと思っとる。運命であり得ない死は全てワシの責任じゃ。最初に言ったが、今回のようなミスは今回一度きりという訳ではない。しかもワシは罪深い事に、そうした事故を心のどこかで歓迎していたのかもしれん」
「……どういう事です?」
「ずっと不思議ではあったんじゃ。全能であるはずのワシが作った運命に綻びがある。これはどう考えてもおかしい。こんな事はありえんはずじゃった。――――ワシ自身が望まない限りは」
あまりに突飛な神様の告白に、僕は面食らった。
つまり、神様は自ら望んで運命にあり得ない死を引き起こしていた、という事になる。
「ちょっと待って下さい。そんな事して神様に何の得があるんです?」
「ワシはうっかりミスを犯す度、その犠牲になった命をここに招いて優遇するようになった。ちょうど今のようにな。そしていくらか言葉を交わし、ぶん殴られて、別れを告げる度にいつも思うのじゃ。――ああ、楽しかったな。と」
楽しかった。神様はそう言った。
「楽しかったんじゃよ。彼らとこれからの未来を語り合うのは。だから思ってしまう。もう一度、もう一度、とな」
だから事故が起きる。神様は言外に認めたも同然だった。
ふざけた話だ。僕は静かに、しかし身のうちに怒りの炎が灯るのを感じた。
「誰もが二言三言交わしただけでここを去っていった。思慮深い奴もいたが、そいつも数時間ほどでここを去った。
お前が初めてじゃよ。たかがお土産の能力を選ぶのに一月近くか? まったく呆れた奴じゃ」
神様だって、僕の心の中は読めているはずだ。
しかし、神様はそんな僕の心などお構いなしに独白を続ける。
「楽しかったよ。何よりも、誰よりも楽しかった。お前にも感謝してもしきれん。しかし、だからこそ謝らねばならん。謝らねば気が済ま――」
「神様! ふざけないでください!」
もう我慢の限界だ。
僕はもはやこの怒りを神様にぶつけねば気が済まない。
「この一ヶ月近く、僕はずっと神様と一緒にいました。だからこそ言わせてもらう。――――神様、貴方はそんな神じゃない。
貴方は僕の無茶な要望にも笑顔で聞いてくれた。僕の無理な要求にも笑顔で応えてくれた。答えがでないときは一緒に悩み、苦しんでくれたじゃないですか!
そんな神が、そんな貴方が、そんな残酷な事が出来るとは、どうしても思えない!」
「……お前」
神様は予想以上に神様だったのだ。
こんな僕に付きっきりで助言をくれた神様が、そんな残酷な神であるはずがない。
この事だけは絶対に伝えなければならない。
「考えすぎなんですよ! 人間がミスを犯すんだから、神様だってミスを犯すに決まってる。それでも、それでい……」
ところが全てを言い終える前に、僕の言葉は途切れてしまった。
口ごもった訳じゃない。見れば僕の体はうっすら消えかかっており、すでに言葉を発するはずの身体機能は失われてしまっていた。
僕はそれでも神様に思いを届けようと足掻く。神様はそんな僕の滑稽な動きを見て、微笑んだ。
「大丈夫、伝わっておるよ。それでもお前はワシを神様と認めてくれるのか」
伝えるべき言葉は言い切れなかったが、伝えるべき心はきちんと神様に届いたようだった。
しかし、ほっとしたのも束の間。僕の体はどんどん透明になり、その存在が希薄になっていく。
神様は恐怖におののく僕を、もう一度だけ抱きしめた。
「大丈夫じゃよ。お前さんは臆病で、怠け者で、卑怯で、このワシが呆れるほどに自分勝手な奴じゃが……」
そして、それが神様の見送りの言葉になった。
「英雄としても理想的な、優しく、そして心の強い男じゃよ」
――それから数ヶ月後、僕はブラキム王国バズ公爵領テオフラスト村に住む農民、ガストン家の第一子として生を受けた。
■ ■ ■
目を開けると、そこは何もない異空間だった。
照明もないのにやけに明るく、そのくせ壁もない割になぜか閉塞感を感じる奇妙な空間。
その世界の色は何やら白々としていて、足下を漂う黄色いもやと混ざって、さながらコーンポタージュみたいだった。
「すまんの、どうやらまた事故っちまったようじゃわい」
突然の声に振り返ると、そこにはいやにテカテカとしたハゲ頭の老人が立っていた。
というか、神様だった。
「……神様、お久しぶりです」
「悪い悪い。代わりにまた記憶の引き継ぎと<この世にある全ての魔法を無制限に唱える事が出来る>スキルを授けるから勘弁しておくれ」
おどけて見せる神様の面構えが、いよいよもって憎たらしい。
僕は今にも破裂しそうな感情を抑えながら、言った。
「神様、分かってるでしょ……? あれから何が起きたのか、知らないとは言わせませんよ」
神様と別れて、ガストン家の第一子として産まれた僕はアンヌさんに可愛がられながら、すくすくと成長するはずだった。
しかし一方、ブラキム王国のバズ公爵はおよそ隠し事の出来る人物ではなかったらしく、隠し子が産まれた事はすぐに公爵家の人間に知られる事となってしまっていた。
ここで迅速に動いたのが、例の内政屋の弟を産む予定だった第二夫人のサリーさん。
迎え撃つ僕は<この世にある全ての魔法を無制限に唱える事が出来る>スキルを使って大活躍。
並みいる刺客どもを返り討ちにし、ここに初めての大戦果を歴史に刻んだのだった。
――――などという事実はなく、まだ1才未満だった僕は魔法はおろか、まともな行動すら取れるはずもなく、あっけなく殺されてしまった。
刺客の手によって一夜にしてガストン一族もろとも皆殺しにされ、サリー夫人の思惑通り、隠し子である僕は歴史の闇に葬られてしまったのである。
「いやあ、すまんすまん。サリー夫人は例の弟くんを産んでから数日でお亡くなりになる運命だったから、すっかり存在を失念しておったんじゃ。それにしてもげに恐ろしきは女の情よな」
「…………」
ひとまず、この神様自慢の腹筋とやらに痛烈なボディブローを叩き込む事から今回の話し合いを始めよう。
「それで、どうするね? また同じスキルというのもつまらんし、また別のスキルを考えてみると言うの、もぅっ……!」
鈍い音と共に、神様は口から黄色いものを吐き出しながら、のたうち回った。
それはさながらコーンポタージュのようで、神様がついさっき霞を食べたばかりなのだと僕に知らせていた。
――――僕の異世界生活はまだまだ始まらない。
僕の異世界生活はなかなか始まらない 開蜘蛛 @hirakumo
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