あまのじゃく
遠山李衣
第1話 1番近い人
「
「……おはよ」
七時四〇分。家が隣同士のあたしと
「……」
そこから二〇分ぐらい沈黙が続く。もちろん話すことがあれば話すけど、お互い喋りベタなあたしたちにはこれがお決まりのパターン。うんと小さい頃から一緒にいる幼馴染としては、こっちの方がむしろ心地良い。
「菜子、隼、おはよう」
正門より数メートル手前のソメイヨシノの木の下で、
「おはよう、朱里紗!」
人見知りの激しいあたしは、朱里紗の前でだけはよく喋る。喋るというよりは、あたしのことをあたし以上によく分かっている彼女の手管に、見事に誘導されるっていうのが一番近い。彼女もまた、幼稚園から一緒の仲良しだ。
「お前ら、相変わらず仲良いよな」
さっきまですぐ隣を歩いていた隼は、今は一歩離れたところで、あたしと朱里紗のスキンシップを見ている。
「羨ましい?」
朱里紗が何もかも分かっている、というような顔して隼を見た。あたしをハグして、頬にすりすりしてみせる。朱里紗の髪から柑橘系の香りが立ち上った。隼はなぜか顔を真っ赤に染めて、やっと「別に……」の一言を絞り出す。
たまに交わされる、あたしには分からない秘密の会話。そんなとき、あたしだけ置いていかれるような気分になって不安になる。あたしは真新しいピシッとしたブレザーに包まれた朱里紗の腕をとった。
「ねえ、朱里紗。早く行ってクラス確認しよ」
「そうね、入学式から遅刻するわけにはいかないわ」
あたしと朱里紗は肩をくっつけるようにして、隼はその一歩後に続く。
クラス表が貼られた靴箱の前には、すでに人だかりができていた。朱里紗があたしの手を引いて、器用に道を作ってくれたから、一番前に行くまでにそうかからなかったけど。
「菜子、どう?」
小学校の頃からクラス表の名前を探すのはあたしの仕事。人数が段違いに増えていたって三人の名前はすぐに見つけられる。
「朱里紗、同じクラスだよ!」
朱里紗とハイタッチしながらも、今度は隼の名前を探す。隼の名前は隣の枠内にあった。
「違うクラスだ」
こんなこと初めてだった。朱里紗とクラスが離れてしまうことはあったけれど、隼とは九年間同じクラスだったのに。
「菜子、クラスが違うっていったって、隣なんだからいつでも逢えるって」
「そーそー。そんな淋しがるなよ」
ぽんと頭にのせられた隼の手のひらを、思いっきり振り払う。
「……別に淋しがってないし! 腐れ縁がやっと切れたなって思っただけ!」
朱里紗の腕をとって教室に向かった。隼がこっちを見ていることに気づいたけれど、あえて振り返らない。
朱里紗の云うように、クラスが違ったって、休み時間には顔を合わせるだろうし、登下校だって一緒だろうから、今までとはそう変わらない。そう思っていた。
一つの壁を隔てるだけで、隼がこんなに遠い存在になってしまうだなんて、カケラも思っていなかったのだ。
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