10月31日の魔物

麦博

10月31日の魔物

 



 俺はチョコレートが好きだった。




 それもオレンジ色のおしゃれな包み紙に包装された飛び切り甘いミルクチョコレート。



 初めて食べたのは・・・そうだな。ちょうど5年前の今日だったか。



 初めてできた彼女からもらったそれは、嬉しいプレゼントであると同時に幸せな思い出の味だった。














 ──────でも、今はもうそんな味なんかしない。ただただウザったく舌を撫でつける甘さに吐き気さえ感じてしまう。



 こんなものをどうして好き好んで食べていたのだろう。甘さは俺にとっちゃ苦いだけなのに。









 ────────────────────








「騒がしいな・・・。」




 夜の10月31日の渋谷のスクランブル交差点は化け物のたまり場だった。いや、正確には様々なコスチュームを身に纏った人々の群勢なのだが。




「よくやるよなぁ、俺がガキの頃はこんなイベントなかったってのに。ミーハーなやつら。」




 自分でも冷めたこと言ってるなと思いつつ、空いた腹を満たしにいつもの定食屋へと足を運ぶ。


 カラカラと景気よく戸を開けると────




「こんばんはー。おばちゃん、

 焼き魚定────」




 ─────否、いつもの定食屋ではなかった。


 店内にまで仮想した男女が入り込み、静かで落ち着いた雰囲気がお気に入りだった場所には、賑やかで騒がしい声が飛び交っている。




「あれ、健(たけ)ちゃん、いらっしゃい。ごめんね~今いっぱいだからちょっと席がないんだ~。」



「そう・・・ですか。じゃあ今日は失礼します・・・。」




 ガラガラと戸を閉め、店を後にする。


 よく見るとほかの店にも、頭に包丁が刺さった男や、口から血を流した女らが群がって、一般客の姿が見えない。




「くそっ、なんだよ。そんなに今日が愉しいのかよ。そんなにハロウィンが面白いのかよ。人の気も知らないで・・・。」




 歯を軋り、笑う人々を睨みつける。なんて忌々しい奴らだ。




「トリックオアトリートォ!」




 背後から猫なで声の女たちの声が聞こえる。振り向くと、偶然出会った友人らしき男にお菓子をねだっていた。




「ばかばかしい。子供じゃねぇんだからお菓子くらい自分で買えよ・・・。」




 そういう事じゃないと分かってはいるけど、ついつい悪態をつきたくなる。もういい、コンビニで飯買って帰るとしよう。







 ────────────────────






「・・・要らねぇって言ったのに。」



 買ったおにぎりのテープには可愛らしいカボチャの絵が描かれたシールが貼られていた。


 それをブチっと破り開け、モシャっとおにぎりにかぶりつく。



 運よく座れたベンチに寄りかかり、バカ騒ぎする若者たちを呆然と眺めている─────


















「トリックオアトリートッ!」




 ────とカボチャの被り物をした女・・・だと思う人物が横に座って話しかけてきた。





「・・・・・・はぁ?」



「トリックオアトリートです!」





 ドスを効かした声にビビりもせずに繰り返すカボチャ女。厄介な奴に絡まれてしまった・・・。




「はぁ・・・悪いけど俺、お菓子なんて持ってないけど。」



「あ、じゃあそのおにぎりくれませんか?お腹ペコペコなんですよ。」




 表情が見えないので本当かどうかは怪しいが、仕方なくもう一つ買った鮭おにぎりを渡す。


 これで立ち去ってくれたらいいのだが・・・。




「わぁ、鮭ですか!私、鮭大好物なんですよ!」



「へぇ、あんたもそうなんだ。」



「あ、ひょっとしてお兄さんも好物ですか?」



「いや、好物なのは俺じゃなくて────」




 思わずいらないことまで言いそうになってしまった。こんな他人にあいつのことを話す必要はないだろう。




「あぁ、美味しかったご馳走様です。」



「あ、あれ?もう食ったのか。早いなあんた。」



「えぇ、久しぶりに食べたので夢中になってしまって・・・あはは。」




 久しぶりに食べた?好物なのに久しぶりって普段何を食べてるんだこいつ。




「じゃあこれ、お返しです。」



















「────────────え」




 ゴソゴソとカボチャ女が何かをポッケから取り出し、俺に手渡す。



 それは暗闇の中でも分かるほどに、きれいなオレンジ色を放つ見覚えのある包装紙だった。






「・・・・・・!」






「私、このお菓子大好きだったんですよ。毎年ハロウィンが近づくと買い占めちゃったりして・・・あはは、迷惑な客だったのかもしれませんね。」



「・・・・・・。」



「案の定、食べきれなくなって当時いた彼氏におすそ分け・・・なんていって押し付けちゃったり。まぁ、あの人もこのお菓子好きになってくれたからよかったんですけど。」



「・・・・・・ぐ。」



「───────でも、やっぱりこのお菓子の味が大好きで・・・だから今になっても肌身離さず持ってるんですよね。食べられないのに。」



「・・・・・・ぅ・・・うぅ・・・。」



「あなたはどうですか?このお菓子、好きですか?」



「・・・今、は・・・苦手かもしれない。俺には甘すぎて・・・。」



「ふふっ、いいじゃないですか。甘すぎるお菓子も。私はずっとあなたにこの味を好きでいて欲しいです。」



「でも・・・でも辛い・・・・・・思い、出すのが・・・・・・辛いんだ・・・。」



「辛くなんかないよ。少なくとも、そのチョコを食べているときは私たちは幸せだったもん。」



「・・・・・・っ!」



「・・・ねぇ、健(たけ)ちゃん。そのチョコ、また好きになってくれる?」



「・・・・・・・ん。・・・・・・・うん。」



「あははっ!・・・ありがと。」




 少女はベンチから立ち上がると、人ごみの中へと歩いていく。


 不思議と人にぶつかることなく、煙のように間を縫ってスルリと進む。





「待ってくれ・・・!お前は・・・お前は俺と一緒にいられて幸せだったか!!」





 クルリと少女が振り返る。いつの間にかカボチャの被り物は外れ、馴染みのあった笑顔が向けられてきた。








「うんっ!幸せだよ!」









 目の前を仮装した男女が通り過ぎる。必死に背伸びをして、あいつを探す。



 少女の姿はもう無かった。
























 フラリとベンチに腰を掛け、横に置かれた無傷の鮭おにぎりを袋に戻す。



 右手には彼女からもらったあのチョコレート。


 がさっと袋を開け、ぱきっとかじる。







「・・・・・・やっぱり甘ぇなぁ。」









 なつかしかい甘さが身体中に広がった。


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10月31日の魔物 麦博 @mu10hiro

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