The S.A.S.【7-4】

 ベトナム戦争の帰還兵が退役後にPTSDを発症する確率は、他時期の帰還兵と比較して極めて高い。多湿の密林で共産主義に敗れ、疲労困憊で自国へ戻った米兵を迎えたのは、母国民による侮蔑であった。情報インフラの発達が歪んだイデオロギーを報道し、日和を味わう市民の偽善を煽った。ナパーム弾、枯れ葉剤、ヘリの機銃掃射……。上層部の命令を実直に遂行したに過ぎぬ二等兵らは十年以上続いた戦争の責任として、人権の放棄を強いられた。汚染された生水と泥濘にまみれて帰った彼らに、安寧の場所は残されていなかった。

 二つの大戦が未曾有の死者数を記録したのであれば、ベトナム戦争は間違いなくPTSD患者数部門でノミネートされる。徹底的な訓練の『改良』により、兵士の発砲率は九十パーセント以上と驚異的な数値を叩き出した。ひょっとすると、一般市民はむしろこの数字に首をかしげるやもしれない。「敢闘精神に欠けている」と文民様は仰せになる。無学な士官共よ、驚くなかれ。第二次大戦当時、前線における発砲率は士気の充実した部隊で二十パーセントに過ぎなかったのだ。ベトナム戦争が異常なのは、これだけに止まらない。六十年代、数多の識字ままならぬ十代の少年が、就職にあぶれて十三週間の洗脳を施された。失うものなどありはしないと信じていた彼らは『悪魔の犬』となるべく、不吉に広く開かれ海兵隊の門をくぐる。だが、衣食住と社会保障を得る代償は余りに大きかった。うらなり面の新生海兵隊員は、現地を知る事前学習もなしに、海の向こうの密林へと空輸された。過去の新兵は、訓練を共にした同期と一緒に同じ戦地へ派遣された。大戦後の革新を経た米軍は、このシステムを破壊した。母国を旅立つ新兵はそれこそ家畜の如く、訓練期間を満了したそばから出荷された。不味い食事を共にした同僚と引き離され、巨大な輸送機の中で孤独のみを味わう。辿り着く先はベトナム。そこには気の置けない戦友も、信用に足る練兵軍曹もいない。その国の誰も、彼を知らない。物理的に、そして精神的に、若者は孤立した。

 心の整理をつける暇も与えられず、高速の航空機で不衛生極まる職場に辿り着けば、初対面の上官が軽侮の視線を向ける。「面倒なのが、またやってきた」二十歳そこそこの先任軍曹は新兵を精々補充品としか見ておらず、そこに上下の信頼など醸成される訳がなかった。その即席軍曹とて、数ヶ月前に赴任した新顔なのに!一年の期限付きで現地勤務する二等兵らは、とどのつまり派遣社員でしかない。階級を傘にがなるだけの指揮官とて、犠牲者の一人であった。はな垂れ小僧に過ぎない現場監督に、望んでもいない後輩を可愛がれと命じるのも破綻した談だ。何を以て首尾良く事が進むと思い至ったのか。アメリカさんがやらかすのは、いつだって驕り先走った時だ。

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