The S.A.S.【5-2】

 連隊の戦闘員と兵站係でごった返す兵舎へ戻り、自分のベッド下から荷物を引っ張り出す。苦楽を共にしたC8カービンと、鋭利に研いだ〈クリス・リーヴ〉のナイフ。乾かし終えた戦闘ベストに、〈ブラックホーク〉のグローブと、ゴムの臭いがきついSF12レスピレーター(ガスマスクの英軍での呼称)を、樹脂製のカラビナでぶら下げる。土嚢みたいに重いセラミックの抗弾プレートをベストの前後に挿入し、胸のポーチに弾倉をこれでもかと詰める。通信機が正常に機能するかを確かめると、ショーンの携帯通信機がバッテリー切れに瀕していたので、すぐに交換した。狙撃手という性質上、彼は状況報告にしょっちゅう電波を飛ばさなければならない。ただの歩兵でよかった。さもなければ、ストレスで今頃はバーコードだ。

 紀元前より幾度も世代を経て改修が為された、鋼鉄とナイロンの武装を纏う。昔の戦士は幅広の両刃剣とべこべこのバックラーを構え、大人数で団子になって敵陣へ切り込んだ。現代における彼らの末裔は、個人で五ミリの鋼板を穿つ突破力を有している。

 黒煙を上げる頭脳に装備のチェックリストを生成させ、項目毎に設けたチェックボックスを赤ペンで引っ掻く。武器弾薬、よし。装備品、よし。長時間待機になった際の本、よし。〈トワイニング〉の紅茶葉、なし。チョコレートと飴ちゃん、よし。睡眠薬、よし。処方されている抗不安剤、こいつは持てるだけ。うん、よし。

 荷物を詰め込んだたベルゲンを担ぎ、滑走路へと向かうマイクロバスへ歩みを進める。雑多な装備を要するショーンの脇を通る時に、凄く物騒な玩具が視界に入った。英陸軍制式狙撃銃――L118A1。以前に地方議員のマーティン・アボット邸への襲撃で、俺が使用した狙撃銃の化け物バリアントだ。マーティン邸で警備員の心臓を抉ったのは、NATOでお馴染みの七・六二×五一ミリ弾であった。足許のこいつは違う。七・六二ミリよりもでかく・重く・極めて破壊力の高い、完全に生物を破壊する目的で開発された、ラプア・マグナム弾を撃ち出すプロ仕様だ。こいつで撃たれるテロリストは、即死するだけまだ幸運だ。すぐ傍で人間が風船みたいに破裂する光景を目の当たりにして、発狂しないやつがいるとは到底思えない。

 ポータブルDVDプレイヤーとポルノ映画のディスクをベルゲンに押し込む愚弟のベッドを過ぎると、早々に支度を終えていたヴェストの背中が見えた。基本的な荷物は俺と変わらないが、小脇にヴァイオリンが入るくらいのケースを抱えている。彼は衛生担当として負傷者の応急処置にあたるので、大仰な救急キットを担いで走らなければならない。そうなると大きい銃は扱い辛いので、C8よりずっと小振りな〈ヘッケラー&コッホ〉のMP7A2を現場で使用する。

 兵舎を出ると、頭の隅へ追いやっていた疑念が襲い来る。これまでも全貌の見えない作戦はあったが、今回のそれは別次元だ。船荷を穏便に調査するのが目的なら、現地警察や多国籍軍を動かして堂々とやればいい。わざわざ特殊部隊を動員して、こっそりやる必要性など思い付かないのだ。しかも、休養中の第一六航空小隊まで使って。

 英軍兵士が運転を受け持つマイクロバスは、既に座席が埋まっていた。仕方なく中央の通路でポールを掴んでいると、発進直前で一人の兵站係が滑り込んでくる。その腕に、真新しいベルゲンが抱えられていた。

「滑走路手前のヘリパッド(ヘリポート)で降ろしてくれ。届け物なんだ」

 兵站係の要請に運転手は頷き、今度こそバスのドアが閉められる。一体、誰の荷物だろうか。

 滑走路に近付くにつれて、同乗する隊員の昂ぶりが窺えた。反して、彼らを率いる我が身には焦燥ばかりが募る。お上の話が不透明なのは、作戦の前提に限らない。連隊が動く作戦に際しては、事前の情報は事細かに用意されるのが常だ。作戦を行う理由・攻撃目標の見取図・使用する火器の指定・予想される敵兵力と所属・現地の民間人の有無・気温と湿度……。こちらに寄越されたのは、「他国が所有する貨物船へ潜入し、大量の船荷から危険物を発見しろ」との命令だけだ。その危険物が具体的にどういった危険性を孕んでいて、それがNBC兵器(核・生物・化学兵器の総称)なのか、横流しされたミサイルなのか、或いは極秘裏に製造された新兵器かも知らされていない。我々に霞を掴んでこいと言うのか?てんでお門違いだ、一休を呼べ。連隊に、お偉方のとんち大会に付き合うだけの余裕はない。時間も、おつむも。

 全容が見えない任務への不安と格闘する内に、バスが鋼鉄の巨獣が待つ滑走路に到着してしまった。前方のヘリパッドで、ピューマの風防が妖しく輝く。二機のピューマは実働部隊に先立ち、リチャード・クラプトン中隊長を筆頭とした司令部・電子装備を作戦地まで運ぶ。少し離れた別のヘリパッドでは、リンクス観測ヘリコプターが大人しく駐機している。更に彼方には、C-130ハーキュリーズ輸送機の影が確認された。ヘリパッドを通り抜ける途中、例の兵站係が降車する。彼がピューマへ駆け出すとバスは再発進し、三六〇〇メーターある滑走路の脇を走り出した。

 輸送機に横付けする形でバスが停車し、十数名の兵士が滑走路へ放たれた。ほぼ同時、先に通り過ぎたヘリパッドから、三機のヘリが轟音と砂嵐を伴って離陸する。息をのむ間に、黒い影が夕暮れの中へ消えてゆく。――なあ、親父。この作戦には、裏があるんじゃないか。C-130の風防越しに空軍の方々へ会釈しつつ、機付長にベルゲンを渡して適切な位置に積んで貰う。座席の取り払われた機内に、各々がハンモックや寝袋を展開し始めた。何もする事がない待機時間は、さっさと寝てしまうに限る。陽光の遮られたキャビン内で、腕時計の文字盤が微弱な光を放つ。離陸まで、まだ時間がある。〈シュアファイア〉の耳栓をはめ、睡眠薬を飲み込む。ついでに向精神薬――セロトニン再吸収阻害剤も服用して、寝袋に潜り込んだ。さっさとこの不安から逃れなければ。

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