The S.A.S.【1-2】
岩陰に潜む男ら――SAS(英国陸軍特殊空挺部隊)の一個小隊がズールーと呼称するのは、『アラビア半島のアルカイダ』(以下:AQAP)の軍事顧問が一人、ハミド・イブン=ハーディ・ジャラールなる人物である。当人物は都市から離れた地図の空白、ネフド砂漠のど真ん中でテロリストの養成を生業としていた。ジャラールの拿捕、並びに不透明な敵情の調査。それこそが、この場におけるSAS分遣隊の存在理由である。
傷跡の小隊長は微弱な光を発する腕時計へ視線を落とし、出来の良い脳味噌――本人は否定する――で複数の演算を処理した。この小隊を率いる陸軍少尉、名をヒルバート・クラプトンという。彼は部下を自らのランドローバーへ集め、塗装の剥がれたボンネットに作戦地図を広げた。
「現時刻が〇二四三時、事前に顔の割れている敵は二八人。順調にいけば、奇襲から周辺地域の確保まで十五分も掛からない。
事前の段取りに従い、四人がキャンプの西側から徒歩で接近、敵勢力を隠密に無力化する。内訳はダニー、スタン、オスカー、俺だ。あとの者はここで待機、非常事態が生じたら車をすっ飛ばして掩護に回る。最初から車載兵器でテントを吹っ飛ばすのもありだが、どうやらお上はジャラールに相当ご執心らしい。間違ってやつを殺そうものなら、俺らの首が飛びかねん。本部からは、殺害対象の確認を強要されている。まあ、およそ不可能だがな」
方々で、乾いた笑いが上がる。戦闘中に月明かりで敵の人相を識別するなど、常軌を逸した離れ業である。小隊長の右腕たるダニエルは衛生通信機を弄くり、作戦本部と偵察班へ以後の行動計画を告げた。
「万事上手く運べば、事後処理の部隊の到着まで三時間も掛からん。そうすりゃ、二週間振りのまともな食事にありつける。万が一に窮地に陥っても、七十人のQRF(即応部隊)が一時間で飛んできてくれる。それに、我々はあんな付け焼き刃の連中におくれなんか取らない」
小隊長の言に部下は一様にかぶりを振り、落ち着いた表情を向ける。互いの判別が利かないまでに伸びた髭面を見渡し、ヒルバートは作戦地図を畳んだ。
「全員、通信回線を開けておけ。雑兵とはいえ、何が起きるか分からん。攻撃のタイミングは無線で連絡する」
それだけ言い残すと、彼は自分のカービンを抱え、選定した三人を率いて潜伏地点を発った。
遮蔽物の一つもない砂礫の畝を、屈強な兵士が菱形の隊形を取って進む。各自が割り振られた方角を厳戒し、不意の攻撃を期して銃口を振る。巨大な砂丘の月影に自ら呑み込まれると、その姿形はヒトの認識から消え去った。特殊部隊の祖と崇められるSASは、その根元を第二次大戦中の北アフリカの砂漠地帯で発足した部隊に端を発する。生命を否定する劣悪な環境は、黎明期より彼らの敵であり、そして己を隠匿する味方であった。二一世紀を迎えて尚、砂の海は彼らにして絶好の狩り場であり続けている。
鋼鉄製の武器を携えた四人が、敵キャンプの西側五十メーターの砂丘に身を屈める。ダニエルが秘匿性の高いバースト通信で偵察班へ連絡を入れると、四人の赤外線ストロボを確認したとの報せが返された。ヒルバートはカービン上部に装着した赤外線レーザーを起動し、敵キャンプへと不可視の矛先を向けた。
「アルファ・ワンより全部署へ。立哨さえ片付けば、いつでも攻撃出来る」
〈全く、待ちくたびれたよ〉
連絡から程なく、偵察班の返答が寄越される。砂漠に「ぱしん」と空気の千切れる音が立て続けに静寂を破り、四人の立哨が糸の切れた人形の如く崩れ落ちる。
〈対象の無力化を確認。新たな脅威、なし〉
偵察班の二人が、まだ発砲の余韻の残る身で通信を入れる。作戦本部からも同様の報告を受けると、ヒルバートらの分隊は血液が沸き立つのを感じた。
「二手に分かれて掃討する。ダニーは俺と来い。俺達はチャーリーから遠いテントから攻撃する。スタンとオスカーは逆からだ。音を立てるなよ」
指揮下の三人は頷き、各自のヘルメットに装着したNVG(暗視装置)の電源を入れた。これより、彼らの仕事は佳境を迎える。不気味な双眼を装備したスタンとオスカーが、テント群へ向けて先に歩き出す。続いてダニエルも腰を上げると、ヒルバートがこれを制した。
「おい小僧、忘れ物だ」
彼は茶目っ気を露わに、脇腹のポーチから小型のビデオカメラを取り出した。ダニエルは不承不承にこれを受け取り、自分のヘルメットの側面に取り付ける。実際の戦闘映像を兵士の視線から撮影し、戦術の改善に発展を促す事由から支給されたものだ。ダニエルはその栄えあるカメラマン役に抜擢されていた。
「戦場ってのは、最前線だけが覗ける聖域じゃあなかったのかい?」
カメラの暗視録画モードを起動するダニエルに、指揮官は苦笑した。
「お偉方を喜ばせて同胞の扱いが良くなるなら、悪い面ばかりじゃないさ」
「それが反映されたためしはないが」と付け加えたところで、師弟は悪戯っぽく笑んだ。
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