ひとくちディストピア

でり

#1 『困ったときの破滅スイッチ』

先日通販でドライヤーを注文した。

理由は至って単純で、前使っていたものが壊れてしまったから。

ただそれだけ。

新しいドライヤーの作りも同じくらい単純。

電源のオンオフボタンと、温風冷風の切り替えボタンが備わっている。


・・・・・・そう、単純。たったそれだけだったなら。



『困ったときの破滅スイッチ』



ただ一つおかしいのは、二つのスイッチに並んでもう一つ、

真っ赤に塗られ、黄色と黒のしましまで囲まれたボタンがついていること。


「冷蔵庫も、洗濯機も、電子レンジも、エアコンも・・・・・・。

これで、うちの家電、コンプリートだ」


私達の暮らす都市で取り扱い可能な家電には全て

『困ったときの破滅スイッチ』がついている。

確か数年前に家電法で取付を義務づけられたんだっけか。

「結局なんなんだろ、このボタン」

政府は家電法を改訂したものの、

肝心のそのボタンの存在理由については一切触れていない。


もちろん誰しもその効果については疑問を持ったし、興味があったし恐怖もあった。

現存する全てのメディアがそのボタンについて、

政府及び家電メーカーに問い合わせた。

しかし、数年経った今でもその効果については一切語られていないし、

市民はその効果について何も知らされていない。

私自身、ものは試しと押してみようかとも思ったこともあったけど。

スイッチのついた家電に囲まれた今もなお、実行に移せずにいた。

友人もお隣さんも先生も、みんな同じ。

興味はあるけど、誰もそのスイッチを押してはいない。


うーん、だれか代わりに押してみてくれないかなあ。


「・・・・・・なんて、最初は思ってたけど。

なーんかここまで当たり前のように存在されると・・・・・・なんというか、

わざわざ日常が揺らぎそうな仰々しいモノを押そうなんて気分にならないんだよね」

『そうそう、結局みんな気にはしてるから、

こうやって電話越しの会話にも出てくるし、

なんなら今スマホを持ってる私の指はスイッチに触れてるし。

忘れることは出来ないんだけど。

ていうかそもそもこのスイッチ、固すぎて無理矢理押そうとしても押せないし! 

間違えて押すなんてこともありえないし。

・・・・・・なんだか緊張感があるんだかないんだか、よくわからないよね』


私はドライヤーの説明書を読みながら

肩と耳でスマホを挟んで友人と会話をしていた。

裏側についている破滅スイッチをなんの躊躇いもなく肩で押さえているのは、

私ごときの力ではこのスイッチを押すことは出来ないから。

1,2年の間に誤ってスマホごとスイッチを踏んでしまったこともあったけど、

それでも押すことは出来なかった。


『あ、でもでも! つい最近さ、ネットで一緒にみたじゃん! 

"破滅スイッチ無理矢理押してみた”って動画!』

「・・・・・・ああ、あったねそんなの。でもアレは、

押せずに結局スマホが端末ごと壊れただけっていうオチだったじゃない」

『でも、それは壊れたってわけじゃないのかもしれないよね?』

「どういうこと?」

『だからさ、元々何も起きない、意味のないスイッチなんだって。

政府がメーカーと共同で私たち市民を騙してるのよ』

「・・・・・・まあ、確かにそんな話題はよく聞くけど」

『この前の動画だってさ、今までだったら絶対公開直後に消されてたじゃん? 

メーカー側からのクレームで。

それが今回のだけ消されずに残ってるのは理由がある。

それは多分、普及率が99%を超えたからなんじゃないかな?」

「うーん」


確かに最近テレビでやっていた。

破滅スイッチ付き家電は99%の家庭に浸透した、なんてニュースが。

押した瞬間死ぬだとか、

自分が破滅している時に押すとその破滅を取り除いてくれるだとか、

オカルトじみた憶測がネットのそこかしこにて飛び交っていたこともあったけど

そういう場所では今、

我々は経済不況を打破する為に政府と家電メーカーに踊らされていただけだった、

という説がまことしやかに語られている。


破滅スイッチが付いた商品は付いていない商品より40%安く手に入る

(というより付いてないと高い)ということもあり、

必然的に人々の身の回りは破滅スイッチだらけになり

スイッチに対する恐怖は少しづつ薄らいで行き、

最終的にはほぼゼロになってしまっていた。


『ピー』

「うわっ」

『・・・・・・浴槽にお湯が溜まりました。風呂の蛇口を閉めてください』

『・・・・・・なに? どうしたの?』

「・・・・・・なんでもない。そろそろお風呂、入るね」

『? まあいいか、もう遅いしね。じゃ、また明日』

「うん、おやすみー」

私は(破滅スイッチのついた)スマホを置いて浴室へと向かった。

(破滅スイッチのついた)給湯器の

(破滅スイッチじゃないもう一方の)スイッチを押してアラームを止め、

それから浴槽の蛇口を閉める。


「・・・・・・いつかこの蛇口にも、破滅スイッチとやらが搭載されるのかなあ」

そんな他愛のない事を考えながら湯船に体を沈める。

付いたところで私の人生には何の影響も無いであろうスイッチが、

もし付くとしたらどの位置に、どれくらいの大きさでくっつくのか。

睡眠の準備を整えている私の体にとっては丁度良いくらいの頭の体操だった。


『・・・・・・次の選択肢のうち、仲間外れはどれ? 

視聴者の皆様もお手元のリモコンのスイッチを押して回答してみてください!』


・・・・・・テレビが点いたままになっていたが、内容は全く頭に入ってこなかった。

元々私はクイズ番組にそれほど興味が無かったし、

ドライヤーは思ってたよりうるさいし。

・・・・・・何より頭の体操は先ほど済ませたばかりで

脳は完全にお休みモードに入っていた。

今日はもう寝よう。

「えいっ」

テレビの電源を切ろうとリモコンのスイッチを押した。

「あれ? 消えない」

何度か触るが、反応が無い。

「・・・・・・そっか」

今私が押したスイッチは、「破滅スイッチ」だった。

「もう、紛らわしいな。このっこのっ」

押すことすら出来ない破滅スイッチを、おどけたように何度も押すフリをしてみる。

破滅スイッチはリモコン上面の一番左上という

『私は電源ボタンです』とでも言わんばかりの場所に鎮座していた。

「・・・・・・えっと、本物の電源は・・・・・・どれだっけ」

というか、最近のテレビリモコンは破滅スイッチだけじゃなく、

よくわからないスイッチがたくさんあって、どれを押したらいいかわからない。

買い換えてからしばらく経ったテレビだけど、未だにわからなくなることがある。


『えー、それでは次のニュースです』

間違えて押したボタンが、テレビのチャンネルを勝手に切り替えた。


『政府は本日記者会見にて、

今年度に予定していた、反逆罪へ問われた市民およそ1億5千万人に対しての

死刑執行を予定より1ヶ月早く終了させたことを発表しました。

死刑は一昨年より感圧、無線方式の執行ボタンを新たに導入したことにより、

『良心に苛まれる』手間を省くことに成功。

これらの革新的とされるシステムは今後外界より訪れる可能性のある脅威へ対する

先制的対応策として多方面での採用が検討されています』


「・・・・・・へー。感圧式の無線スイッチ、ねえ」


押したりせずに、触るだけで装置を作動させることの出来るスイッチ、か。


・・・・・・世の中便利になったもんだ。


「・・・・・・押してもなんの反応もないどっかのスイッチも、

見習って欲しいもんだねえ」


・・・・・・その日はよく眠れなかった。

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