本編

第1部『初月の生活』

第1部 第1話「生の終焉と、その余韻」【改稿済】


 その晩、彼は暗い部屋の中で自ら命を落とした。


 三日前、クラスの女子によるいじめにより自殺した、彼が片思いをした一人の少女……その後を追って。


 方法はリストカット。


 手首の血管をカッターで切った。


 もちろん初めは、彼女を追って死ぬ気などはなかった。


 ……もし自分が死んだら、彼女はどう思うだろう。


 そう考えたからだ。


 もちろん、そんな理由で一度は思い留まったことには思い留まった。


 しかし想い人がこの世を去ったという事実に苦悩を抑えきれずに遂にそんな行動へと至ってしまったのだ。


 そして彼は生憎カッターの使い方が不器用だった。


 ……不器用すぎるが故に、深く刺しすぎてしまったのだ……


 その刃は勇一が予想していたよりも深く……手首の動脈を切り裂いた。


 ……傷口から、紅くて少しだけ黒ずんだ、粘りけのある生温かい液体が滝のように流れ出る。


 想像を絶する痛みで、声を出すことすらままならないような、とても酷い痛みだった。


 絶望的な苦しみの中どうにか耐えようと傷口を押さえながら悶え、痛みに耐えかねて力んだ体がベッドの上でぎこちなく攀じれる。


 床の白いカーペットにも紅い液体が、その一連の動きによって、徐々に滲んで、染み込んでいった。


 真っ白だったカーペットは、深紅へと染まっていく……


 それはとても、悲惨な有り様だった。


「――――――――――ア゛!……」


 そしてここで一度、勇一の記憶は途絶えることとなった。




*******


 ―――

 ――――

 ――

 彼の身に、黒ずんだ何かが這い寄る。


 痛みと、記憶と、焦燥と……


 生前の記録がどんどんと積み重ねられ、勇一は唸り声を上げた。


「うーん……」


 響く音に彼は違和感を覚えると、ゆっくりと目を開いた…… 


 ―――


 ――――――


 ――――

 

 ……意識が、覚醒した。



(……うーん、ここは一体どこだろう。)


 目を開くも、視界がぼやけてあまり良く見えない。


 勇一は目を軽く擦り、瞬きを2回ほどする。


 徐々に視界のぼやけが取り払われていく……


 ……完全に目が覚めて、辺りを見渡した。


 そこは、角が一つとてない、真っ白でなにもない、まさに虚無という言葉の正しく似合う空間だった。


 上体を起こし、困惑の表情を浮かべつつも顔を上げる。


 そして気付いた。


 ……彼の目の前には、一人の銀髪の美女がいた。


「加賀谷 勇一さん。あなたの地球での人生は悲しくも終わってしまいました。」


 その美女は、勇一が己と目を合わせるなりそう言った。


 そんな美女に対し、勇一はふと頭に浮かんだ疑問を、直球で投げかけた。


「……あなたは、女神ですか?」


 するとその美女は少し口角を上げ、目元を軽く曲げながらこう答えた。


「ええ……そうよ。私は女神。……ここで死んだ者たちを次の世界へ送り出す仕事をしているの。」


 死んだ人を次の世界へ送り出す仕事をしている……つまり、勇一がこの場所にいるということは、勇一が死んでしまったということだろう。


 ……出来れば彼女のためにも、死ぬという道は進むべきではなかったのかもしれない……、そんな想いもあり、勇一は悲しげに答えた。


「そう……ですか……。」


 女神はそんな勇一の表情を見て、優しく微笑みながら慰めるように、優しい声で語りかける。


「そんなに落ち込まなくてもいいのよ。人間は、生きている者にはすべて死が待ち受けているのだもの。……生物だけじゃなくてね?」


 唸る雄一。


 続けて女神は言葉を紡ぐ。


「“形あるものいつか壊れる”って言うじゃない?総ての物には必ずなにかしら形があって、何かしらの終わりがあるもの、だから死んでしまったのは仕方ないわ。」


 そんなことは既に勇一はとうの昔に理解している。

 だがしかし……


 勇一はふと顔を上げ、女神を見つめる。


 そして、一つだけ疑問を思い付くのだった。


「……? ……何?」


 女神はそう言うと目を潜め、首を可愛らしく少し傾けながら言う。


 そんな女神の言葉に勇一は縋るように、目に涙を浮かべがら、彼女にこう聞いた。


「あの人……須賀希里花さんは生きてますか……?」


 そんな勇一の言葉に、女神は一度虚空へと目を向けると、少しだけ間を空けてから、視線を戻して答えた。


「ええ……誰? その人。どこかで聞いた事があるような……?」


「3日前に自殺した、僕が想いを寄せていた人です。」


 そして女神は、ひどく焦りながら言った。


「うーん。そう言われても、同姓同名はたくさんいるし、そのなかで3日前に自殺した人も結構たくさんいるのよね。」


 俯く勇一に、女神は改めて答えた。


「……ごめんなさい。分からないわ。」


 勇一はその現状を理解しながら、深刻な顔で呟いた。


「そうですか……。」


 だが同姓同名が複数人いるという情報が得られた為、僅かな希望はあるのではないか。


 そう勇一は考えた。


「ごめんなさいね、力になれなくて。」


 そうだ、そんなものだろう。


 気を落とした女神は少し肩を落として落ち込んだ仕草を見せた。


「……いえ…。」


 また少しして、女神は気を取り直し、明るい表情へと変えて、言った。


「そうだ! あなた、今のそのままの姿でいたい? 記憶も、そのままで生きていたい?」


「……!?」


 突然の女神の提案に勇一は驚きの表情を浮かべる。


 もちろん、勇一は彼女の事など忘れたくない。


 そして先ほど得られた僅かな希望を逃したくはない。


 そんな想いを乗せながら、答える。


「はい。生きていたいです。」


 勇一の回答に、女神は微笑みながら答える。


「てことで決まり。」


 いうと女神は、己の顔を真面目な表情へと変えて話しかけた。


「じゃあ、取引があるんだけど。」


「え?」


 予想外の言葉であると同時に、見覚えのある展開に勇一は戸惑う。


「このままここに居られても困るから、ちょっと仕事してくれない?」


 女神は言うと、スマホ(?)を取り出し、いじり始めた。


 ……ここになんでスマホがあるんだろう。


 そんな疑問が浮かぶが、まあそんなことはどうでもいい。


 もう一つ浮かんだ疑問を、彼は口に出した。


「僕まだ中3位の年ですけど。仕事させたら労基とかなんかに引っ掛かるんじゃ?この世界に労基があるかは知りませんけど……。」


 勇一は女神の安否を危惧して、言った。


 そんな勇一の心配に、女神は困った表情で答える。


「君真面目くんか!いや、そういう仕事じゃなくてね……?」


 ツッコミも相まって一瞬キャラ崩れしたのは気にしないでおこう。


 女神は再度、スマホをいじり始めた。


「少しだけ待っててね。」




 ……そして1分が経過し、女神は顔を上げると、スマホの画面を勇一に見せながら言った。


「あなたには、異世界で魔王退治をしてもらうわ。」


 画面の中には、どこかの異世界もののアニメで見たことがあるような地図が映っていた。


「……え?」


 勇一は状況が分からぬまま、そんな声を漏らした。


 なんとなく想像はできていたが、まさか本当に来るとは思わなかった。


 困惑して焦った表情を見せる勇一に、女神はウィンクしながら言うのだった。




「もちろん。……ちょっとした、チート付きでね。」

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