漆黒のバライアス

@fukamidori

第1話プロローグ

人である限りそれは必ず訪れる


広い洋室の中央に大きなベッドがある。その傍らには、部屋の主の生命を繋ぎとめる医療機器がズラリと並んでいる。


「そろそろ私も限界だな・・・。今までありがとう、リーン・・・」


擦り切れそうな声で、横たわる老人は呟いた。

今にも逝ってしまいそうなほど弱った男は、ベッドに腰掛けていた少女の手を握った。


「ヒロ・・・」


長い白髪の少女はシワだらけの老人の手を握り返す。


「ヒロのおかげで今の私がいる。君の願いを私が未来に繋げよう、必ず・・・」


女性がそう言うと、老人は最期に笑みを浮かべながら息を引き取った。


静かな洋室に、機器の警報が鳴り響く。

少女は涙を流した。


この感情は悲しみか。

それとも怒りか、虚しさか。


人ならざる者へと変えられてしまった少女に、それを理解することはできなかった。


暫くして、医師や執事が部屋に来た。泣き続ける少女をよそ目に、会話を始める大人達。

確定とこれからについての話だろう。その会話は予め用意されていた内容だ。


少女はそれが耳障りで、潤んだ目のまま部屋を飛び出した。


数十年と時を共にした彼はもういない。

そう考えると胸が苦しくて、あるはずのない心が張り裂けそうになる。


少女は屋敷を彷徨い、彼の書斎に行った。

この屋敷には彼との思い出が詰まっている。その中でも1番の思い出深いのがこの書斎だった。


少女は彼が大切に使っていた席に座ると、上半身を卓上に投げ出した。そして子供のように声も抑えず泣きじゃくる。


「ヒロ・・・ヒロ・・・」


もう声も聞くことの出来ない人の名前を呼び続ける。

人が死ぬのが必然だと分かっていても、この時はいつになっても慣れやしない。


コンコン


書斎の戸を誰かが叩く。


「こちらにいらっしゃるのですね、入りますよ」


返事を返す間もなく、一人のメイドが入室する。メイドは少女の傍に寄ると、震える体を抱き寄せた。


「悲しいのですねリーン様。私も悲しいです、とても・・・」


「涙が止まらないの。どうしたらいいの、教えて奈緒・・・」


メイドは少女の頭を優しく撫でる。それが彼女にしてあげられる唯一の慰めだった。



少女が泣き止んだのは、日が暮れる前だった。

蝋人形のように動かない少女に、メイドはずっと寄り添っていた。


「ありがとう奈緒。少し落ち着いたよ」


メイドはその言葉に頷く。そして少女の目元をハンカチで拭いた後、両手を握った。


「リーン様、これからお話することをよく聞いて下さい。これからの大切なお話です」


メイドは深く深呼吸すると、とても長い話を始めた。






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