想像力と経験

 駆け出し占い師としてチャットアプリを使ってお金をかせぎ始めた私。

 ひさしぶりに、あの人と例のフードコートで会話をしています。


「あの~、こんなのでいいんでしょうか?」と私は切り出します。

「何が?」というあの人のそっけない返事。

「いえ、占い師としてお金が稼げるようになって、むしろWebライターとしてよりもこっちの方が本職になりつつあるんですけど」

「いいんじゃないの?」

「それはいいとしても、どんどんどんどん作家からは遠ざかっているような気がするんですけど」

「そうかな~?」と、あの人はあまり深刻そうな様子なく言葉を返してきます。

「そうかなって、そうですよ。確かに、Webライターも占い師もお金にはなってますけど、これって最初の予定とは全然違いませんか?」

「そうだね。でも、それっておもしろいと思わない?」

「おもしろい、かな~?」と私は首を横にひねりながら答えます。


 しばらくの間があってから、あの人が返してきました。

「たとえば、さ。ここに1冊の本があるとするじゃない?」

「はい」と、私。

「そこに1作の長編小説が書かれているとする」

「ふむふむ」

「で、君ならどんなストーリーを想像する?」

「どんなって言われても、タイトルにもよりますね。どんな題名かで大体の中身を想像します。あ、あと表紙とか装丁とかでもイメージできるかも」

「さらに、そこにあらすじが書いてあったとしたら、どう?」

「あ~、それならわかります。あらすじさえ書いてあれば、大体の中身は想像がつきます」

「でしょ?ところが、この物語は違う」

「この物語?」と、私は意味がわからずに問い返します。

「『音吹璃瑠の誕生』だよ。このタイトルからして、どんな物語を想像する?」

「ああ~、そういうことですか。えっと『一流の作家を目指して』って副題もついてるし、やっぱり音吹璃瑠って人ががんばって小説を書いてる話でしょうか?」

「普通はそう思うよね?」

「はい、そう思いますね」

「それが、まさかWebライターやったり、占い師やったりする話だとは誰も思わないんじゃない?」

「まあ、確かに」

「それって、すごくおもしろいと思わない?」

「ウ~ン」とうなったまま私は考え込みます。


 しばらく考えたあと、独り言のように私はつぶやきました。

「それっておもしろいのかな~?題名と全然違う中身の本。私だったら怒っちゃうかも?『こんなのタイトル詐欺だ!』って」

「でも、ちゃんとタイトル通り一流の作家も目指しているとしたら?」と、あの人。

「まあ、それだったら許せちゃうかも?」

「小説の真のおもしろさってのはさ、読者の予想を裏切ることだと思わない?」

「読者の予想を裏切ること?」

「そう。それでいて、芯の部分はテーマ通りだとしたら?たとえるなら、テーマが太い木の幹でストーリーが枝葉の部分」

「テーマが幹で、ストーリーが枝葉?」

「以前に『君は木だ』って言ったの覚えてる?『いつか大木になれる逸材だ』って」

「あ~、覚えてます!とてもうれしかったので!だから、1歩1歩着実に成長していかないといけないんですよね」

「そう!まさに君は大木なんだよ。君が生み出している作品そのものもね!」

「なるほど。そう考えると、おもしろいかもしれませんね。木が生み出している木のような小説」

「そういうこと。世の中にはさ、想像力で作品を書いている人と、経験で作品を書いている人がいるんだよ」

「想像力と経験?」

「想像力で物語が生み出せれば、それは無限の可能性を秘められる。けれども、そこにも限界はある。リアリティの不足さ」

「ふむふむ」

「そこで、経験の出番だよ。経験で物語が生み出せる人にはリアリティがある。ところが経験でしかものが書けない人は、今度は別の欠点が生じる」

「新しい物語が生み出せないんですね?」

「そういうこと。でも、君には両方ある。想像力と経験、両方がね。それって鬼に金棒じゃない?Webライターやら占い師やら、これからもっと別のモノにだってなれるかもしれない。その経験をかしつつ、さらに想像力まで使えたとしたら?」

「なるほど。そのためにこんな風に遠回りしてるわけですね」

「その通り!決して無駄じゃないってことさ。今やってることもね」


 相変わらず、この人は口が上手いなと思います。しかも、それがいちいち理にかなっているのです。なので、私は今回も素直にこの人の言葉に従うしかなさそうです。

 きっと、その先に本物の幸せと成功があると信じて。

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