33―2

「お、ついにその気になったかい!」


 大都市グーリの郊外。 

 誰も訪れない曰わく付きの屋敷に、かの男〝クイネス〟は居た。



 クイネスは〝煽り屋の斡旋と紹介〟をするグループのリーダーである。

 このグリーズ郊外の、一見人の訪れない屋敷は、そのような者達を召集する拠点であった。


『リルアを寄越したはいいが、それからずっと尻込みだもんな。怖じ気づいたのかと思いましたよ』


 そして今は〝仕事〟の真っ最中。

 テレパシーで話す相手は、テテという男。

 コラージュの病に掛かった息子を、リロードの事故を装い消滅させたい、という依頼に反り、クイネスは実現の為に自ら動いていた。

『数日前から荒らしを近くに配置した手間も晴れそうだ。荒らしには邪魔者の監視、それからリロード失敗の理由付けになって貰う。荒らしのオーラでリロードに影響が出たって口実だ』


 依頼者のテテは、いよいよの段階に来て以降、明らかに怖じ気づいていた。

 その揺らぎは、依頼者を安心させる事で取り除く。クイネスの得意としている行程である。


『では決行は今からということで…… 結果は報告して下さいよ』


 依頼者へのフォローは無事終えた。

 これで万事、うまくいく。

 依頼達成。満足感に満たされる。


 今居る場所は、屋敷の自室。

 のんびりと、眠気覚ましに紅茶を飲み、そのまま少し魂の疲労を取るべく眠りに掛かる。

 目を閉じ、そのまま眠りに…… そう思った時だった。

 妙な胸騒ぎが、眠気の邪魔をする。

 そして気付く。

 隣の部屋から音がしない。

 いつもなら、そこには絶えずオセロを興じる仲間が居て、盛り上がる声がしてくるはず。 そして、微かにだが、鉄に似た匂いが鼻に触れていた。

 何かがおかしい。本能的に危険を察し、身構えながら歩を進める。

 この屋敷は、表向きは無人。

 拠点としている場所は、屋敷の入り口から続く廊下の突き当たりに隠された、秘密の空間にある。普通の者は入れるはずが無い。


 ゆっくりと、隔離拠点の出口に向かう。 

 この時までは、眠気が警戒心を勝っていた。 だが、出口がある廊下に足を踏み入れた時、眠気を完全に消し去る衝撃を受ける。

 大理石の壁。その、鏡の様に磨かれた表面を、赤い液体が粒常に広がり、ゆっくり下方に落ちていく。

 仲間の惨事を、否応なしに突きつけられる、おののく光景だった。

 そして何よりも……


「あ、こんにちは」


 何よりも、凄惨の中に佇む一人の女。この存在の忌まわしさを感じ取る。

 この侵入者は、隠し扉を見抜く力と、明らかな殺意を持っている。


「何者だ!」


 クイネスは叫ぶ。

 勇むさまとは裏腹に、足は後ろに遠ざかる。

 侵入者の右手には、紫色の手のひらサイズの小さい板。

 どう見ても、殺傷するには頼りない。が、武器らしきものはそれしかない。


「何者か、知りたいですか?」


 女は、手にした板を指さすように向けてくる。

 表情は、自信満々。


「魑魅魍魎(ちみもうりょう)の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)、退治するのはリリ・アンタレス!」


 話す言葉は自慢高慢。

 いや、高慢では無い実力者なのは、明白。


(なるほど…… こいつがリリか)


 クイネスは、リリの事をよく知っていた。

 というより〝知らせれて〟いた。

 クイネスが率いる煽り屋グループには、古くから力を授け、戦力の強化を担ってきた協力者がいた。

 リリを倒す事を条件に、その協力者は力を与えていたのだが、実のところクイネスは、リリとは戦う気はまるで無かった。適当にはぐらかし、力だけを貰っていたのである。

 なにしろ、協力者から聞いたリリの話は、まさに規格外。戦っても、勝機は無いと感じていた。

 その存在が今目の前に居る。ならば、勝機は…… ない。


「あれ、だんまりですね。ダメでした? 今の決めゼリフ?」


 とぼけた様子でリリが言う。


(まてよ…… こいつは聞いていたよりずいぶん間抜けそうだ。あの場所に誘い込めたらもしかすれば)


 クイネスは、少しほくそ笑む。

 ここでリリを返り討ちに出来たら、協力者からの報酬も大きいだろう。

 クイネスは後ずさりを止め、好機を宿した笑みを出す。

 だが、それは長くは続かない。

 突然、リリが目の前から消えたのだ。

 慌てて、死角を気にして振り返る。

 案の定、リリがそこに立っていた。


「あなた、ここのリーダーさんですね。手間が省けました」


 リリは、したり顔を見せる。

 そして、握っていた右手を、やはり得意げに胸元で開く。


「ネメシストーン。世界でも五つとないこの石を待っていると言うことは、あなたが特別だという証です」


 その時クイネスは、言葉と、度胸を失った。。

 いつの間に取られた…… いや、取られただけで済んだのだ。

 いつでも命を取れたのだ。

 それはつまり、無言の脅迫。

 二本の足に、自然と震えが起きてくる。


「なるほどなるほど。これがあなたを利用しているワンダラーさん。つまり、黒幕ですか」


 またも衝撃が。

 石から、力の使用履歴を読み取られた。それもこの短期間で。


「黒幕さんが使ってたのはだいぶ前ですね…… あ、わたしの誕生日を邪魔した人たちのも少しありますね」


 深く探り始めるリリ。

 が、これはチャンス。

 呑気に目を瞑っているこの隙に〝あの部屋〟へ。


「あ、待ちなさい!」


 クイネスは、走る。

 狭い廊下を、あの部屋目指して――







『じじ(音吏)、敵対する派のワンダラーさんの名前が解りました。今すぐそちらに向かってください』


 リリは呑気に構えていた。

 排除対象の、煽り屋グループはほぼ壊滅させた。後はリーダーのクイネだけだが、対象は屋敷の奥に消えたまま。

 行き場所はもう見えていた。

 未来予知に近い感覚を頼りに、リリは迫る。

 部屋は複数。選ぶのは、一瞬。

 迷い無く入った部屋に、息を切らし壁に背も垂れる対象がいた。

 向こうからすれば、絶体絶命の状況下。

 にも関わらず、対象は笑っていた。


「追い詰めたつもりだろうが…… 逆だ」


 途端、目の前が真っ白に染まる。

 視界を奪われた訳では無い。

 広大に広がる、無限の空間。そこにリリは移されたのだ。


「ふーん。でもなんか広くて良いですね」


 感心する中、またも動きが。

 無数の光、それが前方に現れた。

 人影が、光の中から生まれ出る。

 三〇は居るだろうか。老若男女、種を問わず混合し、荒らしの姿さえもあった。更に、荒らし以外の者は、皆武器を手にしていた。


「クイネス。お前が奥の手を使うとはな」


 誰かが笑いを混ぜて言う。


「入れば強制リンク、同時に仲間を強制的にジョウントさせる部屋、ですか。なかなか高度な力です」


 形勢逆転。蛮人の笑い声が虚無の世界を支配する。


「あなた達は、そうですね…… あ、あれです。雨みたいなものです。ほら、雨って濡れるとちょっとだけ面倒じゃないですか」


 が、リリにとっては、一網打尽。こんなに一度に排除対象に会えた事は、喜びといって良かった。


「強がりか。だがお前ら…… 相手はあのリリだ。一応気を抜くな」


 クイネスの号令は、多数の怒号となり、それは戦火を灯した。

 初めに飛び出した者は、複数の荒らし。

 破壊衝動を抑えられないのか、クイネスの忠告は無視。

 一人は思念波、一人はブロックタグで作った物質を槍状にし、鋭い雨を降らす。

 それを真似、多くの荒らしが一斉に赤い鋭利な雨を降らせた。


 ――きれいなものだ。

 始めにリリが思うことは、感嘆だった。

 視界一杯にそれが広がり、いよいよ近付いたとき、感情は〝面倒〟に変わる。


(じゃあ、ここはいっそ……)


 その場からテレポート。完全に消え、そこから一気に奇襲の案。

 本当は、雨を弾きまくって格好良く、と思っていたが、面倒が勝った。


「伏せろ!」


 クイネスの叫びを小耳に、リリは適当な相手を二、三人、移動した矢先に手にしたマゼンタプレートで斬りかかる。

 叫びも二、三、同時に血しぶきが辺りに四散する。

 全員バイオレット。

 次に、敵の作った槍の雨を思念で操り、一気に放つ。

 対象は、クリスタル。

 肉体的に強固なクリスタルも、無残。放った槍がそれぞれの身体の裏側まで突き刺さる。

「じゃあ、次はインディゴさんですかね」


 言いながら、パープルプレートを、ストレージタグで内にしまう。

 代わりに、別のものをペーストタグで…… と、そこは向こうが許さない。

 一〇体ほどの荒らしが思念波を一斉に放つ。時間差で、反対側からバイオレット達による思念波が。


「はい!」


 リリは、元気よく手を上げた。

 途端、思念波がぴたりと消える。


「バ、バカな、あれだけで相殺を……」


 クイネスの弱音を心地よく受け、リリはペーストタグで、新たな武器を取り出した。

 紫色の刃が美しい、長い剣。

 呆気にとられる敵陣を、長剣を手に、一気呵成。

 残りは半数、いや、それ以下か。

 すでに討ち取る数は、数知れず。

 あと少し。

 が、ここであくびが一つ。

 眠気だ。これには敵わない。


「眠くなってきたので、そろそろ終わらせますね」


 残りの者達は、もちろん是さない。

 クリスタルとバイオレッドが同時に飛びかかる。

 リリは、右手を前に伸ばし、握った紫剣を突き立てた。

 そして左腕を後方へ。そのまま腰をかがめ、姿勢を低くしし、左掌を光らせる。

 新たな長剣が、光の中から生まれ出た。


「お前ら、一旦逃げ……」


 クイネスが叫ぶと同時、リリは二振りの長剣を手に、回転しながら大きく上昇した。


「必殺、ツイントルネード!」


 着地後、リリの周囲の者は消えた。

 右手に紫剣、左手に、タグを縦書きした様な形の剣。

 

「な、なぜだ。有利なはずだ。ラグだって起こしてたんだぞ! こんなはずじゃ……」


 敗者の戯れ言は何処吹く風。

 リリは、手にした二振りの切っ先を、ゆっくりと見せびらかしてあてがった。

 カチン、と僅かに小気味の良い音がする。


「では、残りの皆さん、綺麗に浄化してくださいね」


 輝き始める、二本の剣。

 瞬く間。切っ先から強い光が生まれ、辺り一面を燃やし尽くす様に広がった――

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