30―2

 世界大陸ムゥの南東に、小さな島があった。 向日葵(ひまわり)という花が名物の、リゾート地である。

 ひまわりは、フォトンエネルギーの濃い空間を関知し、常に茎を動かす様が人気の花。

 それが一万輪咲き並ぶ畑が、島の名所。当然、人も多い。

 中でも、ひまわり畑を見下ろす展望エリアは人気である。

 写真やベンチに座る者、散策を楽しむ者、ひまわり畑を俯瞰(ふかん)する者。実に多様だ。

 が……


「な、何だ?」


 そう呟くのは、ビンズ。

 カニールガーデン専属協力者、クロンの護衛役として雇われたビンズは今日、クロンと共に休暇に訪れていた。

 その中で突如、特異な現象に見舞われていた。

 その場の者が全員、動かないのである。

 遠巻きのひまわりも、動かない。

 ラグである。それも、強力な。


「人混みだと来れないと思ってたか?」


 展望エリアに僅かに生えた木々の陰、姿を見せる複数の男。

 皆一様に目を光らせ、手にも鋭利なものを光らせる。

 襲撃―― ビンズはすぐに理解した。

 クロンには、熱狂的なファンが付きまとう。 それは再三身をもって体験していた上、休暇を貰った際、クレロワにも念を押されていた事実。

 この襲撃もそういう者達に違いない。


「無防備にも二人きりで休暇とは、馬鹿とバカンスを履き違えたか? リリの協力者」


 あからさまな煽りである。

 普段のビンズなら軽くあしらう所だ。

 が、今、僅かな動揺が生まれていた。

〝リリの協力者〟という言葉が解せなかったのだ。


「お前達が邪魔な人間がいてね。俺たちが変わりにやってやろうっていう話さ」


 襲撃者の追言に、ビンズは確信した。

 今までのような者達とは違うのだ、と。

 何者かは解らない。だが、おめおめとやられる訳にもいかない。

 攻められる前に…… 攻める。

 とっさに、ビンズは足下に思念波を放った。 舞い上がる土煙の中、隣のクロンに指示を出す。

 クロンが頷き、走り出す。

 先手を打たれ、尻込む襲撃者達をかいくぐり、クロンは無事崖下にひまわり畑に飛び込んだ。

 クロンはクリスタル。崖程度の高さでは何ら肉体に影響はない。


「じゃあ、派手に行こうぜ!」


 続いてビンズは、バイオレットの力を生かし、宙高く移動した。

 狙いは三つ。

 襲撃者達の種の特定。

 ラグで停止したままの、無関係な人たちからの離脱。

 そして、地の利を得るため。


「くそ!」


 誰かが叫ぶと同時、襲撃者六人全員が、半透明な姿に変わる。

 種は特定できた。次は……


「丸見えだぜ」


 ビンズはすかさず思念波を三回、地上に打つ。

 それは見事、崖下に向かおうとしていた襲撃者三人にヒット。受けた者は皆、そのままもだえ、動きを止めた。

 襲撃者が半々に別れて行動する事は予想が付いていた。

 となれば当然、残る三人がビンズに迫る。

 これも予想通り。全て仕留めれば、戦いは終わる。


「いや、待て」


 ビンズが思念波を打ち込もうとした矢先、襲撃者の一人が指示を出し、空中で停止。残りの者も同じく留まった。


「バイオレットは詰まるところ体力勝負だ。それならこっちが有利だと思ってたが…… 見くびっていた様だ」


 襲撃者のリーダらしき者が、懐からパワーストーンを取り出す。

 何か考えがあるのか…… ビンズは阻止しようと瞬時に動くが、向こうはそれより早かった。

 パワーストーンを握った襲撃者達から、先刻とは比較にならないオーラがあふれ出す。

 ビンズの放った思念波は、何をするでもなく、圧倒的なオーラの壁の前に消滅。

 先刻倒した三人も、いつの間にか立ち上がり、皆と同じように強いオーラを発している。

 形勢逆転といえる状況になった。

 あざ笑う襲撃者。これはまずい、とビンズは苦笑い。

 が、弱気ではいられない。

 意を決し、空を力強く蹴り、敵に向か……


「……なんだ!」


 敵に向かおうとした時、突如、襲撃者の数人が短い悲鳴を上げ吹き飛んだ。

 さらに、辺り一面が、新緑香る草原へと変化する。

 強制リンクタグによる変化だ。

 襲撃者への攻撃といい、間違いない。

 助けが来たのだ。


「全て予知済みなのだよ。蛮人」


 上空から、聞こえて来たのは老人の声。

 ビンズは、それが誰なのか知っていた。


「音吏さんか! 恩に切るぜ」


 内心、今の状況に恐怖していたビンズは、強がること無く感謝を告げる。


「よくこの状況で無事だった。後は……」


 音吏の労いと共に、なにやらチャット文字が飛んでくる。

 襲撃者達の思念波も飛んでくる。

 が、音吏は動かず、それを遮り話を続けた。


「後は任せたまえ。すでにクロン君も保護している」


 その言葉を最後に、ビンズの視界から、音吏が消えた。

 いや、襲撃者や、あの光景すらも。


(ここは…… カニールガーデン? クレロワさんの部屋か!)


 どうやら、タグの力でここへ飛ばされたらしい。


「ビンズ!」


 後方から、馴染みの声。

 ビンズの身から、どっと力が抜け落ちる。


「クロン…… よかった、本当に…… 」


 身は、完全に脱力。ドスンと床に落ちる。

 そしてビンズは、情けなく小さく笑った。

 クロンは涙目で笑っていた――

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