28―3
レンズが、針葉樹の葉を捉える。
深い森の中。うっすら光る、カメラが一つ。
そう、ザックである。
ザックは、ワイスを離れ、ヴァースへ向かっていた。
……いたのだが、今まさに見渡す風景は、ヴァースに見られるビル群ではなく、木と岩肌の群。
ヴァースの風景とは、かけ離れていた。
……それもそのはず。
ここは、ヴァースから遠く離れた地〝スパンセ〟だった。
そして今、ザックが居る場所は、再三訪れたレリク達が住む森だった。
(また世話になるな。それにしても……)
獣道を歩きつつ、ここに来た理由を改めて考える。
(大事な話、か。鬼が出るか蛇が出るか)
緑をかき分け、ザックは進む。
カメラのレンズが痛まぬよう、カバーを掛けておいてはいるが、当のザック自身は、草や花の片鱗まみれとなっていた。
そろそろだ、そう思い徒歩を駆け足に変える。
進んだ先には、木々に囲まれた広場があった。
荒らしとの戦い、そして、クルトとの戦いを知る地…… 今では馴染み深い場所である
。
「来たか。ってなんて格好してるんだ」
葉に汚れたザックの姿を、呆れて諫める声がする。
それはクルトのものだった。
「歩いて来ましたからね。とりあえず、お元気そうで何よりです」
葉を払い、ザックは苦笑いとカメラのチェック。
この邂逅(かいこう)の場を用意した者は、クルトだった。
ザックがヴァース行きの列車に身を置く中、突如入ったシェインからのテレパシー。
「父さんが会いたがっている」という知らせで、ザックは急遽ヴァース行きをやめ、ここスパンセにやって来たのであった。
テレパシーで話すだけでも良さそうだが、クルトには色々な思惑があるらしい。
「ラーソさんからテレパシーが来てね。君が、彼ら…… 進化派の元へ行くから手助けをして欲しいと。それで、俺が出した答えがこれだ」
クルトは、ザックをヴァースに行かせたくないという。
行けば進化派の思う壷。例え向こうの戦力が乏しい状態でも、火に飛び込む真似はさせたくないのが本音の様だ。
「それと、これもラーソさんから聞いたんだが……」
突然、クルトが頭を下げる。
そのまま、かしこまり礼を言う。
なんの事か、ザックは困惑。
「シオンのとこだ。君が追い詰めてくれたんだろ? しかしこれも驚いたよ。まさか〝協力者〟が言ってた〝仲間〟が君だったなんてな」
聞いて、ザックはますます混乱を深める。
「ん? 俺の勘違い…… か?」
話がどうも見えてこない。
ハッキリさせるため、詳しく聞き、要点をまとめる事に。
「つまり、クルトさんには前からサポートをしてくれている人がいて、その支援者は、ミレマでのあの日…… 信頼できる仲間を一人送り出して、その人がシオンを追い詰める、そう約束をしたと。その追い詰めた人物を俺だと思ったわけですか」
ザックのまとめに、クルトが頷く。
ただ、それはクルトの勘違い。
確かにザックはシオンを追い詰めた。が、その過程は、ミレマの不穏な噂をルシーから聞き、現場に向かったら、そこが結果的にシオンとの戦いの場になった、いわば偶然である。
クルトの協力者より先に、ザックがシオンとの戦いを始めたのか…… いずれにせよ、こうして無事に終わったのなら、深く考えなくてもよいだろう。ザックは思い、切り替える。
「あいつは、俺がかたを付けたよ。最期は自分でループタグを受けて……」
クルトが不意に横を見る。
以前、ザックが作った荒らしの墓――クルトの友の墓がそこにあった。
「不思議なものでね。いがみ合っていたシオンを打ち負かせばもっと優越感に浸れると思ってたんだ。実際は虚しいだけだった」
「……自分も同じ気持ちです」
シオンの最期を聞き、ザックにも虚風が吹く。
昔いがみ合った仲とはいえ、自分を知っている者が居なくなる事が、何故だかたまらなく虚しかった。
「あ、ザック! もう来てたんだ!」
哀愁に浸る二人に、明るい声が滑り込む。
「お前達、家に居ろって行っただろ」
クルトの声を無視し、ザックの元へ掛ける影は、シェインとカイン。
偶然通りかかったと言うが、来た理由は見え透いていた。
「別に気になって来た訳じゃないよ。ホントホント」
その意地になる姿は、どこかサムを連想させ、ザックの心を落ち着かせた。
「とりあえず家に行こうか」
クルトの機転で、その場の歩みは一つになった――
*
家に着いてから数時間。
フォトンエネルギーの濃度が低下し、庭先は少し冷え込んでいた。
「えい!」
「やあ!」
その空気を鋭く切る、シェインの拳とカインの拳。
四股を構え、勢いを付けた、正拳突き。
ザックが教えた武術の稽古だ。
「あいつら、だいぶ上達しただろ?」
二人の姿を、ザックはクルトと共に二階の窓から覗き見ていた。
このまま子ども達の武術指導に向かおうか…… そう考えた時、クルトが制す。
「これから知っていることを全て話す。本当なら前に会った時に話しておくべきだった。シオンに監視されててね。テレパシーすら難しかった」
クルトは、僅かな出窓に浅く座り、上を向いて一呼吸。その後、一気に語り出した。
アセンション達成要素である〝ディセンション抑止〟〝ワンダラーアンチ〟は順調に進行している事。
何より、ワンダラーアンチは後一歩の所まで進んでいる事。
「ワンダラーアンチは、完全にヤーニの存在が誤算だった。ワンダラーを関知して、しかもそれを察知されないなんて、防ぎようが無い」
阻止できなかったのも無理は無い…… そう仄めかすのは、クルトなりの気遣いだろう。
だが、ザックの後悔の念は、やはり消えない。
止めなければならない。だが、計画を進めるヤーニの足取りが掴めないのなら、方法はやはり一つしか思いつかない。
ヴァースへ。カニールガーデンへ行くしか……
「また変な事を考えてるっぽいな。実のところ、今はヤーニの件は後回しにして欲しいんだ」
心を見抜く、クルトの言に、ザックは目を点にした。
「ヤーニ…… どうやらあいつ、どういうわけだか今スランプらしいんだ」
さらに続いた衝撃に、今度は目を丸くする
スランプ…… ということは、ワンダラー感知能力が思うように発揮出来なくなっているということか。
タルパとして生まれたヤーニが、与えられた能力を突然発揮出来なくなるものか…… 信じがたい事だったが、事実ならそれに越したことはない。
「なるほど、それで後回しにって訳ですか」
冷静になったところで、話はひとまず一区切り。
外では変わらずシェイン達が稽古に励む。
「てなわけで、君には他に頼みたいことがあるんだが」
クルトが、かしこまって新たな話を切り出した。
「……これを見てくれ」
《#A0S#》
意味深に見せたそれは、奇妙なチャット文字。
どこかタグ文字を彷彿とさせるが……
「これは、アセンション達成に必要な、インディゴの魂を――」
「魂をクラウドの壺に収めるタグ、ですね」
言いかけていたクルトの表情が、驚顔に変わった。
「知ってるのか…… というか、クラウドの壺?」
どうやらクルトは、クラウドの壺を知らないらしい。
ザックからしてみれば、知らないことが驚きだった。
(なるほど、クルトさんは新参者。多くを知らせず、必要最低限の協力だけをさせてるのか)
悩んだ末、ザックは知りうる全ての事を話すことにした――
*
かつて、ネメシスのエネルギーを受け、進化を果たしたワンダラー達。
彼らは、皆同じ目的のため行動し、事を起こす日を待ちわびていた。
――アセンション。
それは、全ての生命、世界の概念を高次元なものへと進化を促す行為。
決行の日。それは完全とは行かないまでも、確かな進化と次元上昇をもたらした。
だが、全ての生命がアセンションを達成出来た訳ではなかった。
蛮行を重ね、深い業に支配された状態の魂の者は、進化の過程に影響を及ぼす為、アセンション決行時、ワンダラー達から隔離されていたのである。
ワンダラーには〝ブリッジ〟という特別な役目を担った者達が居た。
旧世界からすでに行動していた彼らはアセンション決行前の数年間、精神の次元を落とす行為〝ディセンション〟を世界規模で行っていた。
通常の魂では影響が無いが、深い業に支配された魂は影響を受けるよう調整。
アセンション時、ディセンションの影響を受けていた者は進化に足らない者だとされ、特殊な空間へと隔離された。
「その空間こそが、クラウドの壺と呼ばれるものです」
クラインの壺は、ブリッジが作り上げた特殊磁場(ネメシスウェーブ)が支配する思念の世界。
表裏の区別や境界を持たないその世界は、魂を無限に押し入れる、いわば魂の貯蔵庫。
貯蔵された業の深い魂は、充満するネメシスウェーブによりいくつもの浄化と再生を繰り返し、やがてフォトンエネルギーに変わり、ようやく進化を許される。
進化派が利用しようとしているのは、そのフォトンエネルギー。
「てことはそのクラウドの壺には今もフォトンエネルギーがあるんだよな。なんであいつらはそれも使わないでいちいちインディゴの魂を入れてるんだ?」
「……クラウドの壺は一度使われて消費しているんです。その無くなった分を補うためにインディゴの魂を使っているのかと。インディゴの魂は、クラウドの壺にあったフォトンエネルギーとよく似た性質になりますから」
荒らし――インディゴは、新人類の突然変異体。
故に魂の次元は他の種を凌ぎ、溢れる生体磁場の質も他の種とは異なっていた。
「なるほどな…… インディゴ集め、止めないとな。なんとしても」
クルトは件の計画に心当たりがあるという。
進化派の一人が以前から秘密裏に行っている計画があるらしく、おそらくそれが鍵を握る要素。
「その計画を進めている場所は、モヴァだったはずだ。けど、俺にも誰が計画を進めてるかよく解らないんだ」
助けになりたいが、これ以上引き出すものは何もない…… そうクルトは謝りを入れる。
が、ザックが新たに手にした情報としては、十分すぎるほど有益だった。
――クルトにも秘匿している人物と言うことは、それほど重要な要素を担っている存在だということ。
その者をモヴァで探り当て、打ち負かすことが出来れば、進化派に多大なダメージを与えることが出来る…… ザックは久しぶりに目を鋭く光らせた。
「ザック! 一緒にやろう!」
高い声が下方から二回の窓に入り込む。
庭先をのぞき込むと、シェインが手を振っていた。
クルトとの話はこれで終わり。
ザックはシェイン達の相手をしてくると告げ、わざわざ階段を伝い、二人の元に向かった。
「あ、ザックさん、お元気そうで」
途中で会ったレリクと会釈を交わす。
変わらぬその笑顔は、ザックの心を潤した――
*
フォトンエネルギーが低下し、庭先はうっすらと影をまとい始めていた。
その中でシェインとカインは、互いに負けじと稽古に励んでいた。
ザックの姿を見、シェインは得意げに跳躍し、空中で蹴撃を決め込む。
勇ましい様は、まさに成長と努力のたわものか。
「ぼくだって!」
カインが自信満々に言い放ち、兄より高く空中で回し蹴り。
だが、力が入りすぎたためか、着地がままならない。足を挫き、あわや顔から地に落ちる寸前の大惨事。
鼻を高くするつもりが、鼻を折りそうな形となったカインは、悔しさからくる泣き顔を見せ始める。
「大丈夫。すぐに出来るようになるよ。無理をしないで気軽に行こう」
ザックは、労いと注意を混ぜてカインを慰める。
影がかったカインの表情は、それにより明るくなった。
だが、ザックは知らなかった。
それは、これからの自分に対して無意識に言った言葉でもあることを――
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