20―2

 場所は、初めて会った時と同じ、離島メリアの砂浜。

 明日駆とネムは、ザック達とすっかり打ち解けていた。

 明日駆は、ザックと共に脚を肩幅くらいに開き、腰に据(す)えた拳を波の打ち付けに合わせ、左右交互に突き出していた。

 一方、ネムは、ソシノと共に、ラインタグをチャットし何度も赤いラインを作り出す。


「そろそろ休憩にしようか」


 ソシノの一言で〝稽古〟は一旦終わる。皆、白い砂場に手を付け座り込む。


「あんた達の稽古のおかげで、俺達もずいぶん成長出来たよ。これなら、島一番の浄化師もじゃない」


 寝転び、拳を空に突き出し明日駆が言った。

 ザックは、手にしたカメラでその様子を楽しそうに写し取る。


「そういえば、明日駆たちはなんで浄化師になりたいんですか?」


 シャッターと共に聞こえた質問に、明日駆は「アニメで見たヒーローのようになりたいからだ」と誇らしげに言った。

 途端に、ソシノが口を大きく開け笑い出す。

 子供のようなその動機に、笑いのツボが刺激されたようだ。

 ひたすら砂にタグを綴っていたネムも、その時ばかりは手を休め、笑いを堪えるような素振りを見せていた。


「じゃあ、あんた達はなんで浄化師に? しかも、そのやり方が説得なんて、俺よりずっと変わってるぜ」


 ふてくされ、恥ずかしさを隠すように、明日駆は話題を切り替えた。

 だが、話を振られたザックは、なぜか海を眺めるだけで返答をしない。

 見かねてか、ソシノが言葉を紡ぐ。


「……それが、わたしの生きる意味だから」


 そして直後、冗談だと笑い飛ばし、特訓の再開を促した。

 だが、その時見せた、決意と希望を漂わせたソシノの表情は、明日駆とネムにとって二度と忘れられないものとなるのであった。


 月日は流れる。

 押し流す、波のように。

 明日駆たちの稽古も日々進む。

 この日も、稽古の予定があった。

 ザック達は浜辺に現れた荒らしの方に向かい、明日駆たちも別件があったため、互いに用が終わり次第チャットルームに集まるということになっていた。

 先に用を終えた明日駆とネムは、軽い雑談を交えつつチャットルームの一席に座る。


「ひとつ、お尋ねしてよろしいかな?」


 ふいに老人の声がした。

 話しかけられていると知り、明日駆は用件を聞く。

 なんでも、人探しをしているという老人は、何回かこうして聞きに歩いているらしい。

 行き倒れていた時、助けてくれた礼をしたいのだという。

 ならばぜひ協力したい、と正義感が無駄に湧いた明日駆だったが、尋ね人の名前を聞いて、驚きが一気に頭を支配した。


「ソシノ、ですか! それなら知り合いも知り合いですよ!」


 そして、今いるだろう浜辺の場所を丁寧に教えた。

 白髪の、脆弱そうな老人は、言葉を受けて微笑み返す。

 そして、急げとばかりに勇み足でチャットルームを後にした。


「なんだったの?」


 一部始終を見ていたネムは、怪訝な様子で呟いた。


「ま、ザックたちが来たらわかるだろう」

 

 あっけらかんと明日駆は言う。

 だが、来るはずのザック達は一時間過ぎても現れない。

 気になり、まだ居るかもしれない浜辺に向かう。


「何かあったのか…… 個人周波数でも聞いておけばよかったな」


 ザック達の姿は、そこにもなかった。


 その後、島中をくまなく探してみたが、痕跡すら見つからなかった。

 島を出たのかも知れない…… そんな思いが芽生え始めた翌日――







 それは、明日駆たちが森に現れた荒らしを浄化しにやって来た時のことだった。


「明日駆、あれ……」


 既に荒らしと争う二人の人影があることにネムが気付き、声を上げた。


「あいつらじゃないか?」


 明日駆の言葉にネムは頷くが、その目は疑念に満ちていた。

 明日駆もまた、再会の喜びより先に〝懐疑〟の思いで戦う二人を眺める。


「ザック、今よ!」


 ラインタグで荒らしの動きを封じ、ソシノが叫ぶ。

 それを受け、ザックは荒らしのもとへ駆け出し、大きく跳躍。 右足から荒らしの胸元へ勢い良く落下し、渾身の一撃を叩き込んだ。

 荒らしはそれにより、あっけなく消滅。

 浄化完了、である。

 二人の行動は、明日駆たちを困惑させ、懐疑をますます強くさせた。


「あ、お久しぶりです」


 やがて、明日駆たちの姿に気付いたザックは、惚けた風に声を掛けた。

 これまで失踪していた者とは思えぬ発言に、明日駆はこみ上げる怒りを覚える。

 荒らしの浄化を確認し終えたソシノも、ネムを見つけやって来る。


「すみません。色々ありまして…… 実は今日、きちんと別れを言いに行こうと思ってたんです」


 ザックはそう話した後〝ミノセロ〟と言う、ここよりも小さい島に行くと告げた。

 明日駆とネムは、怒りを通り越して呆気にとられる。


「ミノセロは今、長い夜に入ってるけど、わたしは夜が好きだしね。丁度良いって思って。あそこの桜は綺麗だって話だし」

「二人はもう十分立派な浄化師ですよ。いつかきっと、この島どころか世界中で有名になる、俺が保障します」


 二人が口々に紡いだ言葉は、明日駆とネムに虚しく響いた。

 ソシノの笑顔は、以前の決意と希望に満ちていたものではなかった。失意と絶望を漂わせる、そんな切ないものに思えて仕方がなかったのだ――







「俺達が二人と会ったのはそれが最後だ。お前からザックの名前を聞いた時は嬉しかったよ」


 全ての映像が終わったのを確認し、明日駆は呟き目を開けた。

 対面の席、同じく目を開けたマティスと目が合う。

 ため息が一つ、マティスからこぼれる。が、それは先程のような呆れから来るものと違っていた。


「なんだかすっきりした顔をしてるじゃないか? 二人のこと、ずっと引っ掛かってたのか?」


 マティスが珍しく暖かい言葉を掛けてくる。

 慣れない明日駆は、思わずキョロキョロと受け流す。


「そういえば、二人はもう一人仲間いるとか良く言ってたな。確か〝むりゅう〟とか言ったっけ。今にして思うと、その仲間に会いにミノセロに行ったのかもな」


 挙動不審の視線をそのままに、話を続ける。


「そうだ、アニメーションの出来はどうだった? 俺としては……」


 と、冗談めいていた明日駆は、この時気づく。

 カップを持つマティスの動きが、飲もうとする寸前のまま停止しているのを。

 さながらラグに巻き込まれたかのように、ピクリともしていないのを。


「マティス?」


 不安そうなネムの声だ。異変に気づいたのだろうその声にも、マティスは反応しない。

 いや、カップがカタカタ小刻みに震えだした。あわやこぼれそうなほど中身がうねりだした時、以外な反応がやって来る。


「むりゅう…… 無柳だと!」


 叫びと、立ち上がった勢いで、ついにカップの中身が宙を飛ぶ。

 明日駆の右腕を、熱がチクリと刺激する。

 思わず小さく声を上げるが、マティスの変貌、この驚きを前にしては些細なこと。


「ど、どうしたんだよ急に……」

「そうか…… ザックは無柳(むりゅう)と関係が。それでザックはあんなに……」


 マティスはそれだけ言うと、満足したのか「ふう」と息を吐き、静かに腰を下ろした。


「いや、なんでもない。いきなりすまなかったな」


 明日駆は、それ以上話に触れることが出来なかった。

 少しうつむきテーブルを見る。

 ふっと、こぼれた香りが鼻に触れた――

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