6「五分咲き」
6ー1
「見て! 綺麗に咲いてる」
陽気なはしゃぎ声が聞こえた。淡紅(たんこう)の木々が取り囲む、小高い丘の空間からだ。
ザックは急ぐ。息を切らし、その場所へ。次第に急になる斜面に負けず、たどり着く。
丘の先端、見下ろす先に、更なる木々の桜色。
息をのみ、花びら一枚一枚をも脳裏に焼き付けるように、ザックは俯瞰(ふかん)した。
だがこの時、一番に印象に残った光景はそこではなかった。
「綺麗ですね、ソシノさん」
一緒に立つ隣の女性〝ソシノ〟の方に、視線を移す。
桜の木を背景に、長い朱色の髪を風に靡(なび)かせ、ソシノは微笑み返してくる。
と、ザックは咄嗟に目を逸らす。熱を帯びた表情が、周りの色と同化した。
その間ソシノは側にあったベンチに身を移していた。
大きく両腕を空へと伸ばし、その後だらりと垂れ下げる。
ザックは隣に近づき、カメラに手を掛けた。
丘に咲く桜の光景をダイナミックに納めていく。
「見下ろすのも良いですが、こうやって近くで見るのも粋ですね」
話しかけるものの、意識はレンズ越しに集中していた。
一枚、二枚…… 角度を変えて撮り続け、三枚目。
「あっ」
ふっと入り込んだ人影が、三枚目の写真に紛れ込む。
「ソシノさん、駄目じゃないですか」
「だって、カメラばっかりでつまらないんだもん」
レンズの中に、ソシノの膨れた顔が広がった。
「すみません。希望してた写真もきちんと撮りますよ。とっておきの場所でね」
風に吹かれ、ひらりと落ちる桜が一枚、拗ねたソシノの顔へと舞い落ちる。
その瞬間を、ザックはすかさずカメラに収めた――
*
「……とまあ、反応に困りますよね。他人の昔話って」
空を見上げながら、ザックは隣を歩くラーソに言った。
周りには、桜の木が数本。風に揺られ、どこか恥ずかしそうに揺れ動く。
ここは、ファンクスにある小さな公園。
ラーソから桜の写真を収める依頼を受け、ザックは「ここがベスト」と勇み来ていた。
公園は北側の土地が高台となっているため南側とは高低差がある。それを利用した展望エリアは人気が高く、当然高台から望む下方の桜の情景は絶景である。
だが、今日の目的はそこではない。ザックが行くと決めていた場所は、南側エリアと北側エリアを繋ぐ「裏の」一本道。
一分ほどで歩ききれる短い通路だが、そこの桜並木が中々に風流なのだ。
「でも素敵なお話でしたわ。ザックさんにとってソシノさんは特別な人なのですね」
目的地に着く間、退屈しのぎに始めた昔話が、思いの外ラーソの心を掴んだようだ。
「大切な人…… ソシノさんは自分の中では恩人ですね」
ザックはポツリと話し、目を閉じる。
それにしても風が強い。まるであの時のようだ…… 思いながら進める足は、次第に目的地の桜並木へと入り込む。
(あの時…… あのときか……)
「す、すごい!」
回想に耽る脳内は、ラーソの驚声でようやく目的地に着いたことを知る。
そこには、見事なまでに咲き誇った桜が広がっていた。
目は色彩、耳は風音、鼻に花香(かか)。
それぞれを同時に刺激する感覚、これを癒やしというのだろう。
「ラーソさんの予知通りですね」
通常、このように見事に桜が咲くのは珍しい事である。
急激なフォトンエネルギーの減少が長く続いた後でなければ咲くことはない。
ファンクスは、滅多に起こらない一週間近く続く長期的な〝夜〟に覆われ、昨日ようやく光を取り戻していた。
この条件なら桜が咲くはずと、ラーソが提案を立てていたのだ。
「そういえば、今の話くらいからですね。風景だけの写真で満足するようになったのは」
青空と朱色を眺めならがふと呟く。
懐古の念が、再び湧いてくる。
魅入る光景が心の内に入り込み、思いを押し出したのか。ザックはどこか鬱蒼としたその思いと共にしばらくその場に留まった――
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