第10話 初仕事

 今日は、今日こそは仕事を引き受けようと冒険者ギルドに居る。

 僕たちの目の前に居るのはアニタおばちゃんだ、『アニタさん』と呼ばないと怒られてしまうけどね。


「それじゃあ、この手紙をちゃんと渡して受領のサインを頂いてくること」

「はい、わかりました。行ってきます」


 僕たちの記念すべき初仕事である。ギネス像のことを含めると、正直なところ微妙なのだが初仕事である。

 この初仕事なのだが、何故か領主館への手紙の配達なのだ。領主姉弟の何らかの思惑がありそうで、怖い。


 僕たちは冒険者ギルドを出ると、街の中央に向かって歩き出した。まだ朝方なので、商店が開店準備をしていたりする。八百屋などの食料品店は既に開いていて、店頭に色とりどりの野菜が並んでいる。日本で見たことのあるものから、全く正体のわからない毒々しい色をしたものまで様々だ。


「あのナスみたいの可愛いよ、兄ちゃん」

 霞はまたもや目をキラキラさせて、僕の服を引っ張ってくる。

「確かに凄い色だね」


 流石に店主の前で妙なことは口に出来ないが、ショッキングピンク!火を通したら何色になるのだろう。

 他にも色々なものが僕たちの目を楽しませてくれたが、領主館へと到着してしまった。

 前回来たときはリエルザ様も一緒だったので門は素通りできたのだけど、今回は門衛の兵士さんに手紙のことを話してみた。兵士さんの一人は「少々お待ちください」と言って屋敷に連絡しに行ってしまった。暫く待っていると、執事さんがやって来て屋敷に案内されることになってしまった。手紙を渡したら帰りたいのだけど、どうしよう。


「執事さん、お手紙を配達しに来ただけなので、中に案内していただく訳には参りません」

「いいえ、とんでもございません。我が主人からあなた達兄妹が来訪した際には、必ず主人の元へ案内せよとた承っております故」

 なんてこった…。大人しく付いて行くことにしよう。

 執事さんは執務室の前まで来ると、扉を開けてくれた。あれ?用とか聞かなかった。


「お客様が見えられております、ご案内いたしました」

 中に入るように促された。リエルザ様は執務机へ齧りついて、書面と睨めっこをしている。


「ん、しばし待て」

 執事さんに、応接用のソファへと案内されたので腰掛ける。あとから入って来たメイドさんがサンドイッチとお茶を出してくれた。


「少し早いですが、おやつにしてくださいね」

 メイドさんの優しい笑顔で勧めてくれる。10時のおやつなのかな?

「ありがとう、いただきます!」

 霞は早速手を伸ばし食べ始める。僕は軽く会釈してお茶を頂いた。

 朝ごはんちゃんと食べたはずなのに、霞はもぐもぐと2人前くらい軽く食べている。これはお昼抜くか?



「すまぬ、待たせたな」

 リエルザ様は漸く一区切りついたのか、こちらにやって来て対面のソファに座った。


「それで、今日は何の用だ?」

「冒険者ギルドから領主様にお手紙をお預かりまして、それを届けに来ました」

 本来なら、門衛さんか執事さんに渡してもう帰っているはずなのに。


「ほう、ギネスから…か」

 リエルザ様は手紙を裏返すと封蝋を一瞥してそう答えた。ギネスさんからだったのか。


「では、読ませてもらうとしよう」

 執事さんからペーパーナイフを受け取ると、封を解き手紙を読み始めた。



「ほぉ~」

 何やら難しい顔をしている、何かあったのだろうか?


「立派な銅像が出来たから、是非観覧に来いとな」

 なんだよ! ギネス像の自慢かよ。


「お前たちが作ったのだな?」

 リエルザ様は僕たちを一睨みした。

「うん、お兄ちゃんがつくったの」

 お前が作るって約束しちゃったからなんだぞ、霞。


「では、見に行ってやろうではないか!おい、急ぎ馬車の用意を頼む」

 うわ、今日行くのかよ。執事さんは急いで戻って行った。


「お前たちも一緒におくってやろう」

「ありがとうございます。あの受領のサインを頂けますか?」

 リエルザ様は上機嫌でサインしてくれた、初仕事は無事?に進んでいる。

 そんなこんなで今僕たちは、リエルザ様と一緒に冒険者ギルドへ向かう馬車の中だ。

 しかしこの揺れ何とかならないかな?酔いそうだ、霞は少しでヤバい状態に入りそうだし。エチケット袋を!


「着いたぞ、ギネスめ首を洗って待っていろ!」

 何か不穏なことを口走らなかったか、今。


「ほら霞、僕の手に捕まっていい子だから降りようか」

 霞ピーンチ。馬車を降りてしまえば、霞も徐々に体調を取り戻すだろう。

 リエルザ様に続いて、冒険者ギルドの中に入る。デデン!と聳え立つギネス像、まるでどこかの英雄のようだ。


「ほう! これは素晴らしい出来だ。モデルはどこぞの英雄だな、とてもギネスには見えん」

 負け惜しみが溢れ出している、触らぬ神に祟りなしだ。少し離れておこうっと。

「何を言っているのですか姉さん?どこからぁどう見てもぉ俺だろうがぁ!」

 ギネス像の横に、銅像と同じポーズをキメているギネスさんがいる。シュールだ。


「霞、今の内にアニタさんのところへ行こう」

 まだ具合の良くない霞を引き連れて奥のカウンターに向かう。


「あら、おかえりなさい。あの状況なら無事に配達出来たようね」

「はい、これが受領のサインです」

「お疲れ様ね。では、これが報酬の200シルバーね。裏口はアッチよ、帰るのでしょう?」

「よく分かりましたね、僕たちが帰るって」

「恒例行事だから、巻き込まれる方は堪らないのよ」

「それじゃあ、失礼します。裏口教えてくれて、ありがとう」


「お兄ちゃん帰ろう、私ちょっと気持ち悪い」


 初仕事は無事に全ての工程が完了した。

 僕たちはギルドの裏口からそっと外に出て、リグさん宅に帰ることにした。

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