僕たち兄妹は魔王軍に就職しました

月見うどん

第1話 序章

『拝啓 寝苦しい夜が続いていると思われますが、いかがお過ごしでしょう。

 さて、僕と妹の兄妹二人はこの度、就職することになりご報告申し上げます。

 僕たちはこの不思議な世界に来てから、寄る辺もなく日々の糊口を凌ぐのすら事欠く始末でありました。しかし先日、旅先にて親切にしてくださる方々と出会うことが出来きました。また、その方々の元に住み込みで働かせていただけるようになりました。

 住む所があるというのは素敵なことです。風雨を凌げるということがこれ程のこととは、思いもよりませんでした。日に三食も食事を得られるということも、とても幸せだったのだと思い返す次第です。

 これまで苦しい生活が続きましたが、少しずつでも努力してより良い暮らしを手に入れられるよう頑張りたいと思います。      敬具』



 誰に見せるでもない手紙を認め、ノートに挟み机の引き出しに仕舞う。


 僕の名は、小西 あきら 隣町の高校に通う16歳、友達にはよく「りょう」と呼ばれていた。そして、妹の名は小西 かすみ 家の近所の中学2年生で確か14歳だったはず。



 僕たちが何故このヴァルグラッド大陸に居るのかというと、少し話は長くなる。


 

 夏休みに入り、妹の霞と二人で祖父母の家に泊まり出掛けた。

 翌日、家の裏手にある古い坑道だとかいう場所に霞が探検に行きたいと言い出し、危ないので付いて行くようにと諭され仕方なく保護者として付き添うこととなった。


 坑道は古いが作りはしっかりとしているようで、暫く進むと祠らしきものをみつけた。霞がおやつにと所持していた饅頭をお供えし、同時に休憩をとることにしたのだが、急に睡魔に襲われて抵抗する間もなく眠ってしまったようだ。


 霞に叩き起こされ、目覚めると遠くに街らしきものが見える原っぱの上だった。

 鞄からスマホを取り出して確認してみるが圏外で祖父母や両親に連絡も取れない。

 霞と二人であ~だこ~だ話し合うが埒も開かず、日が暮れてしまいそうなので遠目に見える街並みを目指し移動することにした。


 街の様相がわかる距離に近づく、街は石造りでテレビの旅番組なんかで観るようなヨーロッパ風の街並みだ。だけど無性に不安が押し寄せる、往来を行き交う市民らしき人々の格好がどうにも現代と異なる気がする。それはもう、僕らの世界でいう中世ヨーロッパの時代のようだ。

 街の出入り口の門に到着すると、何やら入り口で検問らしきことをしている二人組がいた。爬虫類の仮面を被った人と猫耳娘のコスプレをした人がこちらを見据えている。街はコスプレ会場なのだろうか、お祭り好きなのだろうか?

 放って置くとどんどん進んでいきそうな目をキラキラさせた霞の腕を掴んで、二人組の前に立つ。何があるか分からないので、内心ビクビクだ。


「妙な格好をした人間だな。どこからやってきたのだ?」

 爬虫類の仮面を被った人が質問してきた。心底ほっとした、日本語が通じるのだ。しかし、どう答えたものだろうか、仮面の人は顔が見えないので何ともいえないが、女性の方はどう見ても外国の方だ。



「えっと日本の、いえ日本から来ました」

「ちょっとお兄ちゃん何言ってんの?」と霞が肘で脇腹を小突く。

 微笑ましい兄妹の掛け合いだと受け取ってくれたのか、話は進む。

「ニホンとは聞いたことのない地名だが、中に入るなら50シルバーだ」

 仮面の人が鱗の付いた手袋のごつい親指と人差し指で輪を作り、お金を表す仕草をした。



 霞を引き連れて後方に下がり、相談する。この段になって違和感がピークに達し、鈍い僕も漸く気づいた。


「お兄ちゃん、異世界だよ! 異・世・界!」

「あぁそれは今わかった、でもどうする? 街の外で野宿なんか出来ないぞ、何が居るかわかったもんじゃない。でも、異世界のお金なんてもってないぞ」

 そう霞が言うように、異世界なのだ。最近アニメ等でよく耳にするようになった異世界転移というやつだ。爬虫類の仮面と手袋の人や猫耳娘もコスプレなんかじゃなくて、そのままズバリだったわけだ。誰だよコスプレ会場なんて言ったのは・・・僕だった。



「あれだよお兄ちゃん、つぶつぶ交換?」

「………物々交換な。だが妙案だ、その手でいこう」

 ほんのりおバカな霞の頭を撫でてから、取って返し再び二人組の元へ戻る。


「あのちょっとお金を持っていないのですが、僕らの持ち物で何かお金と交換できる物を見繕ってはいただけませんでしょうか?」


 僕の鞄と霞のリュックを手に持ち問いかける、二人組は顔を見合わせ相談しているようだ。トカゲの男性が口を開く。

「ふむ、文無しか。かといって放り出すのも気の毒だのう、少しここで待っておれ」

 言い残すと一人街の中へと入っていった。



 そうして門から少し離れた場所で時間を潰す、霞が心配そうにしているので頭を軽く撫でてやる。30分くらい待っただろうか、トカゲの男性が戻って来た、傍らにトカゲの女性っぽい人が寄り添っている。

「おぅ待たせたな、こいつは俺の女房だ。で、どうだ?」

 奥さんに何か問うているようで、猫耳娘さんも含め頷き合っている。

「悪い子たちには見えないわ、大丈夫よ」

「んじゃ、俺が建て替えておいてやろう。街に入っていいぞ!それと俺はリグっていうんだ、よろしくなボウズ」

 トカゲ男のリグさんと奥さんの好意?に依り街に入ることが出来た。

「ありがとうございます。僕はアキラ、こっちは妹のカスミです」

 僕と霞は頭を下げ、リグさんたちに礼をする。

「私はメーシェよ。それじゃあ、私が案内するわね、付いていらっしゃい」

 リグさんの奥さんメーシェさんの後に続く形で街に入りると、そのままリグさんのお家へ案内された。

「文無しだと聞いたからね。狭いけど、ウチに泊まって頂戴」

「本当にありがとうございます。それに狭いなんてとんでもないです」

 いや~なんだろうね、地獄に仏って感じだろうか。霞と二人で、何度も礼をした。



 日が暮れ暗くなる、暗くなると門が閉まるという話をメーシェさんがしてくれると、タイムリーにリグさんが帰宅された。繰り返しになるが、リグさんにも何度も礼を述べた。もう十分だと言われるまで。

 リグさん曰く、旅の者には優しく接するのが基本なのだということらしい。少なからず、似たようなことがあるそうだ。

 リグさんはこの町の兵士長だそうで、お家も中々に大きい、僕の家の3倍くらい大きさはあるだろう。社交辞令とはいえ、これを狭いと言ってしまうメーシェさんは凄いと思う。

 夕食を頂戴し、客間に案内されるとこれまた凄い部屋だった。20畳くらいの部屋にベッドが2つあって、応接セットまである。

「この部屋もだけど、この家も自分の家だと思って過ごしてね」とメーシェさんの言葉に涙がでそうになった。そして、数日はそれ以上に何事もなくゆっくりと過ごすことが出来たのだ。


 数日過ごす間に、この街や国の事情なんかも色々と教えてもらった。

 国の名は『アードベルド』、今いる街の名は『ニール』といい、大陸の中央からやや南に位置するらしい。

 この国『アードベルド』は何でも、魔王様が治めているそうで大陸そのものが国土なのだという。そして、この国に住まう人々は魔族と呼ばれる大きな括りになるそうで、リグさん夫妻のようなリザードマンは猫耳お姉さんと同じ獣人種と呼ばれる種族に属するという。他にも純血の魔族と呼ばれる種族や諸々の種族が混在するのだと。また、僕たちのように人間もそれほど多くはないが存在するという話だった。


 そして、今日は街の繁華街や旅人が利用するような商店を紹介してもらうことになっている。何より楽しみなのは、冒険者ギルドと呼ばれる所だろう。

 この世界には、まるでゲームのようにスキル・魔法なんてものが存在するそうで


「きっとボウズたちにも何らかの才能が眠っていることだろう」とリグさんが楽しそうに言っていた。冒険者ギルドに行けば、それを鑑定する魔道具というやつがあるという話だ。


 果たして、僕や霞にはどんな才能が眠っているのやら、ワクワクでドキドキだ。

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