第12話・対峙
クスクスと笑いながらユーリッカはそんな事を言ってくる。私が、自分が悪くないと思えば絶対に謝ったりしない性格だとよく知っているからだろう。
私を魔女と偽りの神託で陥れ、恐怖と屈辱のどん底に突き落としたユーリッカ。私はなんにも悪い事をしてはいないのに、親友のふりをしながらも、身勝手な理由で私を憎んでいたユーリッカ。私だって今は彼女が憎い……! 巫女姫でありながら邪神に身を売るなんておぞましい。でも、セシリアさまという最後の希望が断たれたいま、私は昼には処刑台に立たされる以外の未来を失ってしまったのだ。私の家族と思っていたアルベルト王太子、陛下や伯母上に魔女と蔑まれ、将来の王妃として何よりも大事に思ってきた民に憎まれ、罵られながら……。その事を思うと、いまこの場で彼女に掴みかかって細い首を締め上げたいくらい。
……だけど、彼女は勘違いをしている、と私は思う。私を信じてくれた人の為なら、魔女に頭を下げる事くらいで私の心は折れたりしない。むしろ、つまらない矜持にとらわれて突っぱねる事こそが誇りを損なう行為。
『ひとりの命も守れぬ者が、どうやって国中の民の命を守れようか。わたしの誇りは、大切なひとを守れる人間である事。肩書などではない』
そう、私は私の無実を信じてくれたひとを護る。こんな事で魔女が翻意するかは判らないけれど、出来る事をするしかない。それが、私の誇り。
私は黙って冷たい床に降り、正座して頭をつける。こんな事、したことなかったし、ひどく屈辱に感じはしたけど、それよりもただ必死で、
「わたくしが悪かった……何も気づかなくてごめんなさい。だから……わたくし以外の人には手を出さないで。お願い……」
「お願い致します、ユーリッカさま、でしょう?」
「……お願い致します、ユーリッカさま」
ユーリッカはにやりと笑う。
「あんたたちって似てるのねぇ。変なの!」
「似てる?」
「エールディヒも言ってたわ。『わたしに恨みがあるならわたしだけを殺せばいい、マーリアは関係ないだろう』って。馬鹿じゃないの、するなら自分の命乞いをすればいいのに」
「……愛をわかってないのは、貴女じゃないの」
「えー?」
「男女の愛とかではなくても、大事な存在を自分より大切に思うのだって、愛だと思うわ!」
逆らってはいけない、怒らせてはいけないと思いつつも、ついそんな事を言ってしまう。けれど予想に反してユーリッカは気分を害した様子は見せず、むしろ愉快そうに、
「あんたの言う愛はお子ちゃまの愛ね。あたしは、あたしの愛を踏み躙る者には、徹底的に制裁を加えなければ気が済まないのよ。今まではそこまで気づかなかったけれど、今、あんたたちの惨めな姿を見て、どれだけ気持ちいいかでわかったわ。うふふ、それも愛なのよ」
「おかしいわ、そんなの!」
「お黙りなさいよっ! かれの命を握っているのは誰なのか忘れたの?」
「…………ごめ……すみません。お願いだから。わたくしだけでいいでしょう?」
「……まあ、いいわ。そこまで言うのなら」
「ほ、本当?!」
「ふふふ……あんたを処刑した後、かれがどんな顔して生きていくのかも見ものだしね!」
「そんなの……」
ずきんと胸が痛んだけれど。
「そんなの、命令なんだからしかたがない……もう、どうしようもないんだから……早く、忘れて欲しい……」
「さあ、どうかしらねぇ? まぁいいわ、じゃあ、元親友の情に免じて、かれの事は許してあげるわ。逆らえば自分がどうなるのか知れば、かれだって諦めるでしょ。あんたの事まで更に貶める結果になる訳だしね? どうあがいたって、あたしには勝てないんだから」
「……ありがとう」
「馬鹿ねぇ。自分を陥れた相手に礼なんて」
本当に馬鹿だった……後から、私は思い知る事になる。ユーリッカはただ、私をからかっていただけなのだと……私たちを恐ろしい運命から解放する気は最初から全くなかったんだと。
「じゃあ、さようなら、マーリア。後は、処刑台で会いましょう。すぐ近くで見ててあげるわ。大丈夫、きっとエールディヒは貴女を痛くしないように綺麗に首を刎ねてくれるわよ。あとは、貴女が魔女として邪神の国に行けるよう、祈りを捧げてあげる」
「いらないわ! 魔女の祈りなんか。貴女は偽りの魔女を処刑させた後、どうするつもりなの? 王妃になるならば、国を救わないといけないわよね? 自分の幸福を追い求めるのもいいけれど、国の破滅は貴女の破滅でもあると判ってるの?」
「ふふ、ご心配なく。リオンクールはじわじわと、邪神のものになるわ。女神の力が貰えなくて飢饉? そんなの……他国に攻め込んで奪えばいいのよ! あたしは戦を勝利に導く力を持っているわ! もう女神の力はいらない。あたしがこの国の女神になるんだからね! 安心してお逝きなさい、マーリア・レアクロス」
そして、ユーリッカは微笑みながら言った。
「あたしたちは、対比の存在。あんたが幸福になればあたしは幸福になれない。その逆もそう。だからあんたを蹴落とした。恨むなら、この世界を創ったものをせいぜい恨みなさい!」
その言葉を残して、彼女は牢から出て行った。
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