第10話・面会者
こつこつ、と扉が叩かれる、その音で目が覚めた。陽の射さない地下牢では、夜が明けたのかどうかも判らない。
精神的にも肉体的にも疲労の限界に達していた私はいつの間にか微睡んでいたけれど、グレンはさっと立ち上がり、緊張の面持ちで扉を開けた。
「何用か」
「ここの囚人に、面会のかたが」
細く開いた扉の向こうから聞こえてくるのは、この塔の拷問人の声のようだった。目覚めた瞬間には、ここがどこだかも解らず、嫌な夢を見たという気分でぼんやりしていたけれど、『囚人』という言葉でいっぺんに頭がはっきりした。そうだった、一日もしないうちに私は斬首刑になる……。泣きたいのを堪えて私は目を固く瞑り、息を潜める。酷い拷問で気を失い、目覚めなくなった事になっているのだから。
「令嬢は拷問により意識がない。面会は無理だ」
グレンの声がする。だけど、
「それが……」
拷問人は微かに声音に困惑を含ませ、
「意識がなくてもいい、傍らで、穢れた囚人がせめて安らかに逝けるよう祈りを捧げたいだけだ、と、さる高貴なかたが……」
王家のひとだろうか? いずれにせよ、間近で会えば拷問の偽装を見抜かれてしまう恐れが高い。どうしよう……露見すれば、私だけでなく、エーディやグレンにも罪が及んでしまう……。
「高貴なかたとはどなたか。私はエールディヒ殿下から囚人の見張りを命じられ、誰にも会わせるなと固く申し付けられている。何とかお引き取り願えないだろうか」
グレンも勿論同じ考えを持ったようで、やや強張った声でどうにかして追い返そうとしている。
(ラムゼラよ、お守りください……)
私は上掛けの下で割れた石の入った守り袋を握り締めて祈る。だけど。
「ですが……巫女姫ユーリッカさまのたっての願いとの事で……アルベルト殿下の許可も得られているとの事ですから」
ユーリッカ! 自分から会いに来るなんて、一体何を考えているのだろう。
グレンは何と答えるか一生懸命考えを巡らせているようだけれど、相手が巫女姫である上にアルベルト王太子の許可も出ていると言われては、エーディの部下である彼に拒否する術などあろう筈もない。
「……グレン。いいわ、会うわ、わたくし……」
私は決意して、今の会話で初めて目が覚めた風を装いながら、出来るだけ弱々しい声を出す。
「ですが、マーリアさま」
「どうせ断る訳にはいかないもの……。あの子と話して確かめなければならない事もあるし……」
「……」
そう言っているうちに、拷問人は、ではお連れしますと言って去っていく。どうせ私たちに拒否権はないのだからと言いたげだった。
扉が閉まると私は起き上がった。
「……ごめんなさい、グレン」
ユーリッカは恐らく一目で偽装を見破ってしまうだろう。もしももう一度拷問部屋に連れ戻されるような事になったとしても、エーディとグレンまで巻き添えにする訳にはいかない。私が泣いて縋って幼馴染の情に訴えたので、彼らは、どうせ魔女として死ぬのには変わらないのだから、婦女子に無駄な苦しみは与えまいと、騎士道精神で助けてくれたのだ、と言い通すしかないと思った。
「謝らないで下さいよ。私は、貴女を殿下だと思ってお傍でお守りすると決めたんですから。なんなら、ここでひと悶着起こして、殿下がお戻りになるまで時間を稼ごうか、と考えていたんですよ」
「そんな。あなたはエーディの片腕としてこれから頑張っていくひとでしょう。私の為に汚名を被ってはいけないわ。あなたやエーディにお咎めがないよう、私、なんとかやってみるから」
「殿下はともかく、私のことなんか気にしないで、ご自分の事をお考え下さいよ。私は言い訳は得意ですから」
そう言ってグレンは、私の気を休めさせようと思ったのか、笑って見せた。
ふっと張り詰めた空気が緩みかけた瞬間に、再び扉が叩かれる。私は慌ててまたうつ伏せになる。出来るだけの事はやって、時間を稼がなければ……あれからどれくらい時間が経ったのだろう。エーディはいつ戻ってきてくれるのだろう……。
「ああ、マーリア! いくら穢れた魔女に身を堕としたとはいえ、可哀相にぃ!」
入ってくるなり、ユーリッカは両手を握り合わせ、大仰に叫んだ。
「ユー……リッカ……」
私は苦しげに喘ぐ演技をしながら彼女の名を呼ぶ。けれどそれには答えずに、彼女はグレンと拷問人に向かって、
「あなたたちは行っていいですわ。マーリアが目覚めたなら、わたくし、二人でお話がしたいから」
と言う。すかさずグレンが、
「いえ、魔女と二人きりなど、万が一にも巫女姫さまの御身になにかあってはなりません。私も同席させて下さい」
と言ってくれたけれど、ユーリッカはあっさりと、
「ラムゼラの巫女姫たるわたくしが、穢れた魔女ごときに負けるとでも? それに、魔女は拷問で死にそうなんでしょう? なにが出来ると言うの」
と撥ね付け、そして今度は悲しそうな声で、
「わたくしの親友だったひとですもの……わたくしには懺悔してくれるかも知れません。そうすれば彼女の罪は軽くなるわ。わたくしはそれを願って、ここまで来ましたのよ」
などと言う。全て演技と私にはすぐ判ったけれど、少なくとも拷問人はあっさり信じたようで、一礼して部屋を出て行った。グレンは彼女の……巫女姫の言葉に従っていいものか迷いを見せていたけれど、私が、
「ユーリッカと二人で話したいわ。大丈夫だから」
と言ったので、
「わかりました。何かあればお呼び下さい」
と、一見巫女姫に向けてと思わせながらも私にそう言って、渋々室外へ出て行った。
ぱたりと扉が閉まった途端。ユーリッカは私の枕元へ近づいてくる。
「ああ、可哀相なマーリア! 拷問は回避できたけれど、お昼には首を刎ねられてしまうなんて!」
と嘲るように言う。
「ユーリッカ。やっぱり貴女は……」
「下手な芝居はしなくていいわ。貴女がお涙頂戴で拷問を回避した事くらい解ってる。お国が第一のアルベルトさまなら逃れられなかったでしょうけど、自分より貴女が大事な第二王子ならねぇ。それに、あの副団長もたぶらかしたのかしら? 割といい男じゃないの」
「どういう意味? エーディもグレンも、ただ、わたくしを信じてくれて……」
やはり芝居は無駄だと悟った私は起き上がり、かつての親友を睨みつけた。
「ああら、自分でたらしこんでおいて、何を言っているの?」
「……何か誤解をしているの? エーディはわたくしの将来の義弟よ。それに、アルベルトさまと貴女に嫉妬した事なんかないわ。苦境に陥っている貴女の為なら、親友の為なら、王太子妃の座を譲ってもいいとさえ、わたくしはっ!!」
「それは、お情けどうも~っ! でも、貴女のお情けがなくっても、あたしは自分で王太子を落としますから! 今までは、邪魔なあんたのせいでなかなかうまくいかなかったけど、あんたが消えさえすれば、あたしのハッピーエンドは目の前よ」
そして。巫女姫とは思えない、見た事もない邪悪な笑顔を浮かべてこう言い放ったのだ。
「あんたの首と、あんたの白馬の王子様、エールディヒの首は、並べて城門に飾ってあげる。それが、あたしへの親友からの最高の婚約祝いになるわ!」
と。
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