第50話 伝説は近くにあるのです。

 那須野ヶ原高校通称ナッパラ高、この学校にはまことしやかに語られている伝説がある。今回はそんな話…。


 夏休みも終わった9月の初めテレちゃんのおかげでなんとか宿題を終えられたタマは深刻な事態に直面していた。

「ハンクス…金を貸してくれ。1000円貸してくれ!」

「どうしたの突然?」

「弁当を忘れてしまった。このままでは飢えて死んでしまう。」

「別にいいけど…財布も忘れたんだ?」

「いや、ちゃんと持ってるぞ。」

「え?じゃあ、お金が入ってないんだね。」

「いや、6000円持ってる。」

「……じゃあ僕から借りる必要ないじゃないか。」

「自分の金を使わずにハンクスから借りて踏み倒そうとしているんだが、何か問題でもあるのか?」

「それを問題がないと思っているタマちゃんが凄いと僕は思うよ。」

 まったくだ。借りたら返す、買ったら払う、ご飯はよく噛む、常識だぞ。

「ところでタマちゃん、一昨日購買部であの『ジャンボロースカツサンド』が出たらしいよ。」

「金は貸してくれないのか?」

「貸しません。」

「そうか…残念だ。…で、何だ?『ジャンボロースカツサンド』って?」

「知らないの?3年前くらいからの噂で、いつ販売するか、販売しても一個しか売らないという伝説のパンだよ。あまりにもレア過ぎてデマ説も飛び交ったという伝説の…」

「伝説伝説うるさいな。所詮カツサンドだろ?」

「いや、どうやら違うらしいよ。国産ブランド豚を300グラムも使用し、一番油で揚げ、特製のソースをたっぷりとかけたカツ、そして一緒挟んであるのは無農薬、有機肥料のみで育てた甘味があって歯切れの良い少し幅広の千切りキャベツ……なんとそれが破格の300円で売っていると言う…。」

「ずいぶんと具体的な伝説だな。だが興味は湧いてきたぞ。これはジッチャンの名に懸けて俺が解明してみせよう。」

 ちなみにタマのジッチャンは公務員でした。

「頑張ってね。」

「何言ってんだ。ハンクスも行くぞ。名探偵には助手が必要だろ?」

「え~。」

「まずは購買部だ。昼飯も買わなくちゃいけないしな。」


 那須野ヶ原高校購買部はいわゆる購買部とは違う。昼休みの間だけ近所のパン屋『ヤマミサキパン』が来て校舎一階で販売するのだ。ヤマミサキパンは漢字で書くと山崎パンとなるのだが春にパン祭などは開催していない。

「おばちゃん、コロッケパンとヤキソバパンちょうだい。」

 恐るべき炭水化物三昧である。

「あいよ。550円ね。」

 ヤマミサキパンの販売員は皆おばちゃんと呼ぶ。『城之内栞子(じょうのうち しおりこ)』という貴族の様な名前なのだが、その事を知る生徒は一人もいない。

「おばちゃん、今日はジャンボロースカツサンドないの?」

 タマはさりげなく聞いた。

「さて何の事かさっぱり分からないね~。」

 棒読みである。明らかに何かを隠しているようだ。

「おばちゃん、ネタはあがってるんだ!大人しく吐いた方がおばちゃんのためになるんじゃないの?」

「吐くも何もそんなモノはウチにはないよ。さあ、早くしないと昼休み終わっちまうよ。」

 棒読みである。

「むう…。今日はこの辺で勘弁してやろう…。いつか必ず解明してやるぜ!ジッチャンの名に懸けて!!」

 ちなみにタマのジッチャンの趣味は切手集めである。


「お~い、メガネ!!、テレちゃん!!」

 タマとハンクスは一年一組に来ていた。購買部から最も近く、一昨日ジャンボロースカツサンドを買ったという生徒がいるのがこの一組だからだ。

「おい!!タマ!そのアダ名で呼ぶな!ダンジョン部だけでのアダ名なんだから…。恥ずかしいじゃないか。」

 テレちゃんは赤くなりながら周りをキョロキョロした。

「どうしたの?タマ君、ハンクス君。」

 ダテメガネをかけたメガネとフェミちゃんもこちらに来る。

「あれ?フェミちゃんも来てたのか?」

「うん。3人でお昼食べてたんだ。どうしたの?」

「うむ。このクラスに伝説のジャンボロースカツサンドを買ったという者がいると聞いてな。是非、話を聞いてみたいと思って…。いるのか?」

「ああ、それが…高科(たかしな)君だと思うんだけど…。」

「思う?」

「買ったところを見た人がいるんだけど、本人が認めないんだよ。」

「どういうことだ?」

「分からないよ。本人に聞いてみたら?お~い、高科君!」

 高科と呼ばれた男子生徒は小柄で童顔だった。作者がアダ名をつけるとしたら「ハムスター」か「カナリア」か「ライラックブレスデッドローラー」であろう。

「な…何ですか?」

「うむ。ジャンボロースカツサンドについて聞きたいのだが…。」

「オ…オラ何も知らねぇだ!!何も知らねぇだ!!」

 『ジャンボロースカツサンド』という単語を聞いた途端、高科君は廊下を走って逃げてしまった。五人はそれをただただ見送った。

「高科君は昔の農民か何かなのか?」

 確かに何か訛ってたね。

「そんなワケないだろ。その事聞くとあの通りなんだよ。」

 テレちゃんはパックのイチゴミルクを飲みながら言う。かわいいもん飲んでるね。

「うむ。謎は深まるばかりだな…。しかし、購買部のおばちゃん、そして高科君が何かを隠しているのは確かなようだ。放課後も捜査するからみんな手伝え!!」

「嫌だよ。」

 断られました。


 放課後、タマは職員室に来ていた。学校の事は先生に聞けばいいじゃん!という理由だ。

「丹澤先生!」

「あら、タマ君どうしたの?」

 テストの採点をしていた丹澤慶子がこちらを向く。

「ジャンボロースカツサンドについて聞きに来たんですが…。」

 タマがその言葉を発した瞬間、職員室の空気が変わった。一瞬静かになりそして何事もなかったように元に戻る。

「ん?今何か変な感じでしたね。先生、ジャンボロースカツサンドについて何か知りませんか?」

「さあ、タマ君が何を言っているのか私には全然分からないわ。何?ジャンボロースカツサンドって?」

 棒読みである。お前もか丹澤慶子。

「ふ~ん…。なるほどなるほど。お邪魔しました。」

 タマはニヤリと笑うと職員室を後にした。


「お邪魔します!!」

 タマはぶち破らんばかりに勢いよくドアを開けた。

「おわ!!ビックリした。玉乃井君じゃないか。何か用かな?」

「ロースカツサンドの黒幕はあなたですね?……校長。」

 タマの前には相変わらず強面の大竹校長が座っている。

「何の事かな?私はジャンボロースカツサンドなんて知らないぞ。」

「校長、俺は『ロースカツサンド』と言ったんです。なぜそれが『ジャンボロースカツサンド』だと思ったんですか?」

「いや………、生徒達の間でそんな話があるというのを耳にしてね。それでだよ。」

 タマはフフンと鼻を鳴らす。

「ジャンボロースカツサンドの噂が出始めたのが3年前…校長、あなたが赴任して来たのは確か3年前でしたよね?」

「ああ、確かに3年前だよ。だが、ただの偶然だろう?」

「まあ、聞きたまえ校長。変だと思ったんですよ。購買部のおばちゃんや高科君が口をつぐむのはともかく、先生達も何かを隠している。先生達が気を使う存在は校長かPTAくらいなもんでしょう!…で消去法で校長、あなたにたどり着いたわけです。」

「ほお…。そこまで言うのなら確信となる証拠があるんだろうね。聞かせてもらおうかな。」

「え?」

「ん?」

 校長室に沈黙が流れる。

「おかしいな…。普通ここまで追い詰めると犯人は聞いてもいないのに真相をべらべらしゃべるもんじゃないんですか?」

「玉乃井君の普通の基準がよく分からないが、証拠もなしに人を犯人扱いしちゃいけないよ。まあ、何かについて深く考えるのは良い事だ。今回は的外れだったがこれからもその心は持ち続けなさい。」

「いい線行ってたと思ったんだけどな~。失礼しました。」

 タマは一礼して校長室を出た。

「ふう…。」

 校長は深いため息をつく。ドアをノックする音がし、校長室に再び来訪者が現れた。

「ああ、城之内さん。」

 購買部のおばちゃんである。

「大竹さん、今日は参ったよ。ジャンボロースカツサンドについて聞いてくる生徒がいてね。」

「彼ならさっきここに来ましたよ。」

「まさかばれちゃったのかい?」

「いや、大丈夫だったよ。いいところまでは来てたみたいですけどね。」

「そうかい。まさか料理が趣味の校長の手作りだなんて思わないだろうからね。で、高科君は何をしたんだい?」

「彼は通学の電車の中で忘れ物の鞄を見つけて届けたんだよ。」

「いい子だね。じゃあ、また何かあったら呼んどくれ。」


 事の真相はこうだ。良い行いをした生徒の靴箱にメモが投函される。そこには『あなたの行動は素晴らしい。よって明日、ジャンボロースカツサンドを進呈する。ただしこの事は他の生徒には言ってはならない。購買部に人がいなくなった頃、来られたし。校長』と書いてある。

 購買部に行き、おばちゃんからブツを受け取り生徒が日頃入る事の出来ない応接室で食べる事が出来るのだ。ちなみにジャンボロースカツサンドが300円というのは口伝にありがちなデマなのであった。


「どうだった?何か分かった?」

 部室にタマが入るとフェミちゃんが声をかけた。

「いや~黒幕が校長だと思ったんだけど、結局何も分からなかったよ。やっぱり平凡なジッチャンの名に懸けたのがまずかったかな。」

 ジッチャンもいい迷惑である。

「そう…残念だったわね。」


 その日の帰り道。フェミちゃんとメガネは仲良く並んで帰っていた。

「タマ君ずいぶんとがんばってたね。」

「そうだね。」

「……ねえ、メガネ君知ってる?ジャンボロースカツサンドってらっきょうのみじん切りが入ってるのよ。」

「…うん、知ってる。」    

               完


 …て、「完」じゃねぇよ…。

 今回ダンジョンと全く関係ない話で過去最長文字数になってしまった。反省しつつも思いついちゃったもんは仕方がない。次回はちゃんとダンジョンと関係のある話ですよ。…と、一通り言い訳したところで…つづく!!


 


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