第39話 学業も大事なのです。
8月に入り那須野ヶ原高校も夏休みとなった。今日から3日間、丹澤慶子の家で第5ダンジョン部は夏休みの宿題をやる予定だ。そして、その計画を立てた時にいなかったテレちゃんも参加する事になっていた。
「先生。今日はよろしくお願いします。」
丹澤慶子の家はマンションの三階だ。以前タマとハンクスが行ったファミレスの目と鼻の先の場所だ。今日の昼食もそこで食べる予定だ。
「いらっしゃい。さあ、上がって。」
丹澤慶子が促し一同は「おじゃましま~す」と入って行く。一人を除いて…。
「タマ君?早く入りなよ。」
フェミちゃんが気付きタマに声をかける。
「うむ…。みんなは怖くないのか?ここは魔神丹澤慶子の居城だぞ…。中にどれほど恐ろしい物があるか…。無事に帰れる自信がない…。」
その時、丹澤慶子がタマの首根っこを掴み中に軽々と放り投げた。
「無事に帰りたいなら…分かってるわよね?」
「は…はい。」
こうしてタマの恐怖の初日が始まったのである。
「ねえ、メガネ君。この問題はこれでいいのかな?何かしっくりこないんだけど…。」
「ああ…。ハンクス君、公式使わないで解いたんだね。ちょっと計算ミスもあるし…。この公式使えば…ほら、スッキリしたでしょ?」
「ほんとだ。ありがとう。」
「テレちゃん。ここどう解いたかな?」
「ん?大体一緒だな。…でも、フェミちゃん
、この答え方だと結論と理由が逆の方が文章的に分かりやすいじゃないか?」
「あ、そうだね。ありがとう。」
勉強会は実に順調である。
「なぁ、ハンクス。」
「何タマちゃん。」
「この問題なんだけど、犯人はこの家政婦だと思うんだけどハンクスはどう思う?」
「そのマンガなら読んだから犯人知ってるよ。残念だけど違……って、何してんだよタマちゃん。」
「推理力を鍛えて来る定期試験にヤマをはる訓練をしてるんだよ。合理的だろ?」
背後から忍び寄る黒い影…丹澤慶子である。
「おいタマ…。ちょっと来い。」
「え?嫌だ!!助けてくれ!!みんな!!」
丹澤慶子に引きずられながらタマは隣の部屋に連れて行かれた。
「…で、この例文てさ…。」
無視した。
「いいな…タマちゃん…。」
本当にそう思うのか?ハンクス。
しばらくすると何やら頭に着けられたタマが戻ってきた。
「タマ君、なにそれ?」
「先生に着けられた。」
「これは低周波治療機を改造したタマ専用拷問……ゴホン……タマ専用教育装置よ。」
今、拷問って言ったよね?言ったよね?
「タマが居眠り、サボり、奇行及びみんなへの妨害を行った場合、私がスイッチを押します。鍵がかかってるから外そうとしても無駄よ。」
教育委員会に報告されたら免職だぞ丹澤慶子。
「そ…そんな事していいのか?」
テレちゃんは動揺している。
「ん?あぁ、気にしないで大丈夫だから。」
フェミちゃんは慣れたもんです。もちろんメガネもハンクスも気にしていない。
「やっぱり高校ともなると宿題の量も半端じゃないね。」
珍しくメガネが弱音を吐く。
「そうだね。3日でどこまでやれるかな?」
フェミちゃんが不安を口にする。
「ひたすらやるしかないだろ?やっただけ後が楽になるって考えれば気楽なもんだ。」
テレちゃんが言うとフェミちゃんも少し気が楽になったようだ。
「あのさ、さっきから見てて思ったんだけどテレちゃんってもしかして勉強凄く出来るんじゃない?」
ハンクスが言うとテレちゃんの代わりに丹澤慶子が答える。
「テレちゃん凄いわよ。編入試験の結果は文句なしだったし、英語に関してはあまり大きな声じゃ言えないけど、教師より完璧なんじゃない?」
「それは…ママが英語圏の人だから…普通に出来るだけだよ。」
恥ずかしそうだ。
「でも、国語…現代文も古文も出来るじゃない。」
「それは…パパが日本語……って、ごめん、みんなそうだよね。これ以上言うと嫌味になりそうだから止める。」
「ヒィィィ……!!」
突然の奇声にみんなびくつく。
「どうしたのタマちゃん!!」
「みんな気付いてなかったようね。これを見なさい。」
丹澤慶子がタマのノートを取り上げみんなに見せる。そこには下手な絵だがおそらくメンバーの似顔絵と吹き出しが書かれている。吹き出しの中には先程の会話を茶化すようなセリフが書き込まれていた。
「これは…ひどいね。絵もセリフも…。先生、私にもスイッチ押させて下さい。」
恐ろしいぞフェミちゃん。
「いいわよ。」
いいのか!!丹澤慶子!!
「ヒィィィ……!!」
タマの悲鳴がこだまする。自業自得だ。
「何か物凄く酷い目なあってないか?俺?」
午前中の勉強会が終わりメンバーと丹澤慶子はファミレスに来ていた。当たり前だがタマの頭からは装置は外されている。
「そうかな?タマが普通に勉強してれば何の問題もないワケだろ?」
テレちゃんもこの環境に慣れたようだ。
「普通って何だよ?みんなの普通が俺の普通だと思うなよ?」
「じゃあ、タマ君の普通の勉強ってどんなの?」
メガネが聞く。
「俺の普通の勉強……勉強…の普通……って何だ?ハンクス?」
「僕に聞かないでよ。答えがないなら一緒に頑張ろうよ。タマちゃんもやらなきゃいけないんだから、テレちゃんが言ってたようにここでやっておけば後々楽だよ。」
「あの…!!」
テレちゃんが急にうわずった声を出す。みんなテレちゃんを見る。
「あのさ…。私は思ったよりはかどったんだよ。フェミちゃんとメガネのお陰もあって…。…でさ、余裕があるって事でタマの勉強見てやってもいいかな?…って…思ってるんだけど…。あっ…あれだよ、ダンジョンでタマには迷惑掛けたからな。そのお詫びと言うか、お礼と言うか…。どうかな?」
詰まりながらも一気に言ったテレちゃんはみんなを伺う。
「それは良いわね。私だとどうしても高圧的になっちゃうからテレちゃんにお願いしちゃおうかしら?」
自覚はあったんだな丹澤慶子。
「はい。頑張ります。」
「頑張るのはテレちゃんじゃなくてタマ君でしょ?じゃあ、このスイッチはテレちゃんに託すわね。」
そう言うと丹澤慶子はバッグからスイッチを取り出しテレちゃんに渡した。持ち歩いていたのか…。
次々に注文した品がテーブルに届き、束の間の休憩を取る第5ダンジョン部のメンバーであった。
「さあ、タマ。びしびし行くよ。得意なもの簡単なものは1人でも出来るんだから苦手なもの、面倒なものから片付けるぞ。」
テレちゃんはやる気だ。タマはというと例の装置を再び装着させられてちょこんと座っている。
「テレちゃん先生!!」
「なんだタマ?」
「全てが苦手で面倒だったらどうしたら良いですか?」
テレちゃんはスイッチを押した。
「ヒィィ……!!」
「つべこべ言うな。先生、タマの一番成績の悪い教科を教えて下さい。」
「英語ね。」
「よし。今日は英語を集中的にやるよ。さあ、問題集を開け。」
タマの取り出した問題集は一度も開かれた様子のない新品そのものだ。
テレちゃんはスイッチを押した。
「ヒィィ……!!な…なんで?」
「開くのが遅い。」
「そんな…」
「早くしろ。」
「は…はい!!」
「とりあえず始めろ。要所要所で教えてやるし、解らなかったら聞けばいい。」
さすがのタマも大人しく従う。進学校の那須野ヶ原高校に入ったタマである。それほど勉強が出来ないワケではない。やれば出来るのである。…やればね。
「テレちゃん先生!!ここがちょっと…」
「どれどれ…。会話文だな。…なんだ、合ってるじゃないか?」
「いや、この会話の設定は初対面だろ?」
「?ああ、そうだな。」
「初対面の人にこんなに個人情報を教えて良いだろうか?住所まで教えちゃってるぜ。」
「確かに…。」
「つまりだ。この問題は英語の問題ではなく、この違和感を感じる事が出来るかどうか…人間力の問題であると俺は思うワケだよ。」
「なるほど…。」
テレちゃんはスイッチを押した。
「ヒィィ……!!」
「言いたい事はそれだけか?いちいちそんな事考えてたらいつになっても終わらないぞ。」
「はい…。」
「ん?タマ、そこだけどな…。」
テレちゃんはタマの問題集に近付き一文を指差す。必然的にタマに接近する。
「ここにjust beenってあるだろ?これは『ちょうど~されて』って意味だから答えは…」
「テレちゃん先生。」
「なんだ?」
「良い匂いですね。」
「!!!!」
テレちゃんはスイッチを押した。そして、テレちゃんはスイッチを押した。それからテレちゃんはスイッチを押した。
タマの悲鳴は天高く夏の空の彼方まで飛んで行ったとか行かなかったとか…。
結果、テレちゃんの方が丹澤慶子より高圧的だった気もするが、それが素直だけど不器用なテレちゃんの愛情表現だと思うよ。
次回!!ついに夏合宿開始!!…つづく!!
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