第36話 新入部員なのです。

「聞きづらい事なんだけど聞いていい?」

 珍しくメガネが話し出す。

「何だメガネ?」

「いや、タマ君にじゃなくてフェミちゃんに。」

「何かな?」

 観ていたスマホから目を離しフェミちゃんが答える。

「昨日の源さんとの事なんだけど…。僕のクラスに転校してきたんだけどさ。あの見た目でしょ?クラスで浮いてるんだよね。…まぁ、それは今はいいか…。過去に何があったの?とてもフェミちゃんと源さんの接点が考えられないんだけど…。」

 タマもハンクスもフェミちゃんを見る。

「う~ん…。あんまり言いたくないかな。」

「そう……。」

 部室に気まずい空気が流れる。タマがその空気に耐えられずに話し出す。

「ま…まぁ、あれだ…。誰にでも言いたくない事はあるよな~。俺だって中学生の時、集めていたツナ缶の話は言いたくないし…。」

「もの凄く気になるけど聞かないであげるね。」

 フェミちゃんに笑みが戻る。ツナ缶…気になる…。

「そうだ!!夏休み合宿が始まる前にさ、みんなで一緒に宿題やらない?」

「いいね。タマ君とハンクス君はどうかな?」

 フェミちゃんの提案にメガネが賛同する。

「そうだね。一人だとはかどらないし、フェミちゃんもメガネ君も勉強出来るから教えてもらおうかな。ねぇタマちゃん。」

「ん?宿題は夏休み最終日にまとめてやろうと思ってたんだけど。」

「その計画は間違いなく破綻するよ?悪いことは言わないからやっちゃおうよ。」

 メガネがタマを説得している最中に部室のドアが開き丹澤慶子が入ってきた。

「今日もみんな揃ってるわね。本当に仲良いわね、あなた達。何の話してたの?」

「みんなで夏休みの宿題を合宿前にある程度終わらせてしまおうか…って話です。」

 メガネが答える。

「あら。感心ね。どこでやるの?」

「図書館…じゃ、話せないし…ファミレス…じゃ、お店の迷惑になりますかね?誰かの家でやろうか?」

「じゃあ、私の家でやるといいわ。」

「先生の家でですか?それは助かりますけど…いいんですか?」

 今回のメガネはよく喋る。丹澤慶子の家に行けると想像しているハンクスはソワソワが止まらない。

「俺は…行けたら行きます。」

 タマは危険を察知したのか逃げ腰だ。

「タマ君…。」

 丹澤慶子がにこやかに問い掛ける。

「は…はい…。」

「絶対に来い。」

 目の奥は笑っていない。

「はい以外の選択肢はありますか?」

「あると思う?」

「ない…みたいですね。」

 観念したタマは天を仰ぎ見た。見えるのは部室の低い天井だけど。 

「あ…。そうそう。ちょっと予想外の事が起こったんだけど…。」

 そう言うと丹澤慶子は1枚の紙を懐から取り出した。

「え…?これは…。」

 

『入部届

 部名 第5ダンジョン部

 氏名 源 てい    』


「へ~。源さんって下の名前ひらがななんだ~。昔の人みたいだね。」

 ひらがなの名前の人ごめんなさい。

「タマ君、確かにそこは気にはなるけど、そこじゃないでしょ?みんなにどうするか決めてもらいたいのよ。」

「決めてもらいたいって事は拒否する事も出来ると解釈してもいいんですか?」

 メガネがフェミちゃんをちらちら見ながら言う。

「結論から言えば出来るわ。部に入るには顧問の承認が必要だからね。もちろんちゃんとした理由は必要だけど…。」

「別にいいんじゃないですか?」

 そう答えたのは意外にもフェミちゃんだった。

「え?いいの?」

「昨日、源さんが訪ねて来た時からこうなるんじゃないかと思ってましたから…。みんなが反対するなら話は別だけど私は構わないよ。」

「僕はフェミちゃんがいいのならいいけど…。」

「僕も…。タマちゃんは?」

「うむ。アイツを更正させるのを我が部の今後の目的にするのもおもしろいかもしれないな。」

 人の更正より自分をなんとかしようとは思わないのか?

「…で、先生、源さんはダンジョン経験はあるんですか?」

「ないみたいよ。あなた達がいいなら今から呼びましょうか?さっき渡されたからまだ校内にいると思うから。」

「え?いや、まだ心の準備が…。」

 ハンクスはびびっているらしい。


 丹澤慶子が連絡し、しばらくすると部室に源が現れた。

「ども。」

 昨日の猛々しさはない。

「昨日は悪かったな…。」

 おや?意外と素直じゃないか。

「源さん、第5ダンジョン部へようこそ。歓迎するわ。」

 フェミちゃんが言う。二人の関係性がいまいち見えて来ないな~。


「では…始めますか…。」

 タマがおもむろに言う。

「何を?」

「決まっているじゃないか。アダ名だよアダ名。タマ、ハンクス、フェミちゃん、メガネ、源!!じゃ語呂が悪いだろ?」

「言ってる意味がよく解らないけど…。まあ、仲良くなるって意味も込めて付けさせてもらおうか。源さん、いい?」

 メガネが源に問う。

「え?アダ名?何で?」

 源は突然の事にどう答えて良いか混乱している。

「源さん、諦めた方が良いよ。これは第5ダンジョン部の通過儀礼みたいなもんだから。」

 ハンクスも源に大分慣れたようだ。

「う~ん。源…か……『ヨリトモ』とか『ヨシツネ』じゃ女の子らしくないよな。源は過去にどんなアダ名があったんだ?」

「そんなもんねえよ。」

「あるじゃない?『しずかちゃん』って。」

 フェミちゃんが恐らく中学時代のものであろうアダ名を言う。

「あっ!!郷田てめえ!!そう言うお前だって『ジャイア…』」

「それは止めて!!」

 二人の間に不穏な空気が流れる。

「うむ。ド○え○んシリーズにすると、どうしてもフェミちゃんの名字にも目が行ってしまうからやめておこう。他に何か案はないか?」

 皆まじまじと源を見る。

「な…なんだよ…。」

「名前から連想出来ないなら身体的特徴から導き出すしかないじゃないか?さあ!!もっとよく見せるがいい!!ホゲッ!!」

 丹澤慶子の鉄拳がタマを襲う。

「タマ君、セクハラよ。みんなも…フェミちゃん以外は女の子をまじまじと見ないの。大人になったら訴えられるわよ。」

「大人になったら出来ないなら今のうちに…。」

「そういう事じゃないでしょ?」

 丹澤慶子は拳を握りニッコリと笑った。

「はい、ごめんなさい。」

「あっ。」

 何かを思い出したようにフェミちゃんが小さく声を上げる。

「どうした?フェミちゃん。」

「源さんにはもう一つアダ名があったのを思い出したの。源さん本人は知らないかもしれないけど、裏で呼んでいたわ。」

「悪口ではないよね?」

「ええ。裏で『女帝』って呼ばれてたわ。」

「女帝か…。」

「おい。この話いつまで続くんだ?『源』でも『てい』でもいいじゃないか。」

 しびれを切らした源がイライラしながら言う。

「そうはいかんのだよ。まぁ、もう少し待ちなさい。」

「テレジアっていうのはどうかな?」

 メガネが言う。こういう時は目立つなメガネ。

「テレジア…女帝マリア・テレジアね。いいね。」

 フェミちゃんが賛同する。

「でも少し呼びづらくない?」

 ハンクスがケチを付ける。久しぶりに腹立つ。

「よし!!じゃあ、フェミちゃんのようにテレちゃんと呼ぼう。本名の『てい』にも似てるしな。よろしくな、テレちゃん。」

「テ…テレちゃん?ちょ…ちょっと待て…。そんな…」

「よろしくねテレちゃん。」

「テレちゃん一緒に頑張ろうね。」

「先生!テレちゃんの歓迎会しましょうよ。」

「いいわね。じゃあ、今週土曜日のダンジョンの後に開こうかしら。テレちゃんのダンジョンデビューだしね。」

「先生まで…。」

 源改めテレちゃんが顔を赤らめる。可愛らしいアダ名だけど結構似合ってるぞ。頑張れテレちゃん!!このノリにもすぐに慣れるさ。

 次回、フェミちゃんとテレちゃんの因縁をなぜかタマだけが知る事になる!!……つづく!!



 


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