第25話 誰にだって間違いはあるのです。
「いや~。酷い目にあった。」
タマは頭を擦る。もちろん傷や痛みはない。
「タマ君。本当に酷い目にあったのは鈴木会長だからね。」
フェミちゃんがタマを諭す。当の鈴木会長はタマをしこたま殴ったおかげですっきりとした表情だ。しかし、その心の奥底にはタマに対する怒りがくすぶっている事をみんなは知らない。怖!!
「あ。いたいた。みんなお疲れ様。待たせたわね。」
丹澤慶子が姿を見せる。多分飲んでいるのだろうが、酒豪丹澤慶子はいつもと変わらない。
「先生、実は…。」
フェミちゃんが丹澤慶子に何やら耳打ちしている。
「うん。分かった。……鈴木さん、これからみんなでご飯食べようと思うんだけど時間あるかしら?」
そんな予定はなかったが、心に傷を負ったであろう鈴木会長を慰める会を丹澤慶子が開こうとしている事は容易に分かった。タマ以外は…。
「え?はい。特に予定はないので…ご一緒してもよろしいんですか?」
「もちろんよ。第1ダンジョン部部長でありエースの鈴木さんと行動を共に出来たのはこの子たちのプラスになったはずだし、その御礼も込めてよ。」
「では御言葉に甘えて…。」
ベーカリーレストラン『ブラックバード』。
お洒落な雰囲気だが家族連れも訪れる地元で人気のレストランだ。今日は居酒屋じゃないんだね。
「今日はお疲れ様。何でも好きなもの頼んで良いわよ。」
今日の丹澤慶子は太っ腹だ。しかし、毎日飲んでよく金があるな。
「先生って給料いくらなんすか?毎日飲んでたまに奢ってくれて…実は金持ちのお嬢さん……って感じではないか。」
タマも同じ疑問を持っていたようだ。そしてしれっと失礼な事を言ったぞ。
「確かに金持ちのお嬢さんではないけれど何か腹立つ言い方ね。学生時代割の良いバイトをやってて余裕があるのよ。」
「密売とか暗殺とかですか?」
「私を闇の組織の人間にしたいわけ?お前を闇に葬り去ってやろうか?」
タマの寿命もこれまでか…さようならタマ…。
「あっ。分かりました!!ダンジョンの傭兵でしょ?なんてったって吉祥寺ダーク…」「フェミちゃん!!」
フェミちゃんが鈴木会長の存在を忘れ口走るのをメガネが止める。
「……吉祥寺?」
「す…鈴木さんは何にする?わ…私のオススメはローストビーフサンドイッチかな~。チーズバーガーはチェダーチーズかブルーチーズか選べるのよ!!」
丹澤慶子もごまかそうと必死だ。同じ事をタマがしてたら間違いなく鉄拳制裁だったね。日頃の行いって大事だ。
「わ…私はアボカドバーガーにしようかな。鈴木会長!!ここのアボカドバーガー美味しいですよ!!」
フェミちゃんも必死に話を逸らそうとしている。
「……じゃあ、チーズバーガーのブルーチーズにしようかしら。」
何か引っ掛かってる会長だが、二人の気迫に圧されメニューを決めた。
「俺は~ハンバーグをライスで!!」
タマ…よく聞けよ。ここはベーカリーレストランだ。パンを食え!!
「僕は先生オススメのローストビーフサンドイッチにする。」
恋する男ハンクスは既に失恋しているとも知らず思い人のオススメを注文する。
「僕はスモークサーモンのサンドイッチってやつにしようかな。」
メガネは珍しくオリジナリティを出してきた。
「…で、鈴木さんから見て第5ダンジョン部はどうだったかしら?」
料理が来るのを待つ間、丹澤慶子は鈴木会長に聞いた。その手にはジョッキのビールがしっかりと握られている。鈴木会長がいても飲むんだね。
「はい。正直驚きました。ダンジョン攻略始めて1ヶ月でレベル37…郷田さんの的確な指示、連携、どれも高いレベルにあると思います。全員第1ダンジョン部に欲しいくらいです。丹澤先生が指導なさってるんですか?」
ビールをチラ見しながら会長は答える。やっぱり気になるよね。
「指導って程じゃないわよ。私は基本を教えただけよ。後はみんなが頑張った結果かしら。」
「そんな謙遜なさらないで下さい。吉祥寺ダークナイト先生。」
「!!!!」
バレてたか…。
「な…何の話かしら?」
「ごまかせませんよ先生。吉祥寺ダークナイトはダンジョン攻略する人間なら誰でも知っている存在です。本名を明かしていない事でも有名でしたけど一度だけ活躍が注目され始めた初期に本名が『月刊ダンジョン』に出た事があるんです。丹澤慶子ってね。高校に入って先生を初めて知った時にまさかとは思ったんですけど、将棋部の顧問でしたし同姓同名なだけなんだな…って思ってたんです。でも、先程の会話で確信しました。丹澤先生、あなたが吉祥寺ダークナイトなんですよね。」
長いよ会長…。
「…参ったわね…。」
丹澤慶子はポリポリと頬を掻いた。きっかけを作ってしまったフェミちゃんも申し訳なさそうに下を向いている。
「そうよ。私が吉祥寺ダークナイトよ。でも、その名前はもう捨てたの。だから誰にも言わないでもらえるかしら?」
「条件があります。」
会長は真っ直ぐに丹澤慶子を見る。
「条件?何かしら?」
「第5ダンジョン部を全高ダンに出場させて下さい。条件はそれだけです。」
料理が運ばれてきた。香ばしいパンの香りが食欲を誘う。一人だけライスだけど…。
「いただきま~す。」
空気を読まない…いや、読めない男タマがハンバーグに舌鼓を打つ。
「これは美味い。みんなも温かい内に食べた方が良いぞ。」
「ちょっとタマちゃん。今なかなかのシリアスシーンだよ。」
「そんなものでハンバーグを冷めさせてたまるか!!話など食いながらでも出来るだろ?」
まあ、正論と言えば正論である。
「そうね。食べましょう。いただきます!!そして、ビールおかわり!!」
丹澤慶子にもエンジンがかかる。
「鈴木さん。私も第5ダンジョン部を全高ダンに出そうとは考えていたのよ。まぁ、この子たち次第だけどね。」
「先生、全高ダンって何すか?」
折角食べ始めたみんなの手が止まる。
「タマ君…あなた逆に凄いわね。全高ダンも知らないでダンジョン部やってるの?」
「そんなに褒めないでくださいよ。」
「褒めてないわ。呆れてるのよ。」
「全高ダン…全部高カロリーダンゴ食べ放題の略?」
「全然違います。『全国高校ダンジョン選手権』よ。毎年9月に開かれる高校生の大会。」
「ふ~ん。」
「ふ~ん…じゃないわよ。まぁ、詳しい説明はまた後にするわ。はい、この話はおしまい。フェミちゃんも気にしないで!!万事丸く納まったわ。」
フェミちゃんはコクリと頷く。気にするなと言われても気にしちゃうよね。
「先生!!ケーキ頼んでいいすか?ケーキ!!」
お前は色々気にしろタマ。
「いいわよ。みんなもデザート頼んでね。」
タマの適当さと丹澤慶子の気遣いでフェミちゃんにやっと笑顔が戻る。タマのいい加減さもたまには役に立つもんだね。
「おっ。ここのチーズケーキ、ワインに合いますだって。先生、ワイン頼んでいいすか?」
「私を倒してからならいいわよ。」
その目は本気だった…。その後、タマはとても静かになったとさ。めでたしめでたし。
あっ、後、ベーカリーレストラン『ブラックバード』のモデルの店が那須にあるぞ!!ヒントは『ブラックバード』って誰の曲でしょう?その誰かの別の曲名が名前の店です。解った方はコメント下さい。…………つづく!!
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