元勇者の武器は己自身

熊野 睦月

第1話 故郷は地上

 若い剣士ロビンはふと思った。

長い年月が経ってしまった気がする……。と

 ……相棒となるバルトと一緒に冒険の旅に出てから。魔王を倒してから。

……故郷を統治する権力者から自分の故郷から追い出されてから、魔王の故郷である魔界に来てからいったいどれだけの時間が過ぎただろうか。

 地上から離れて大分経ってしまっただろうか?そんな疑問が頭をよぎった。相棒パートナーであるバルトに頭の中に浮かんだ悩みを打ち明けると少しの無言の後にこう返された。


「……一度、故郷に戻るか。こっそりとでも」


 その返事をしてもらえることをずっと待っていた気がする。いや、待っていたのだろう。この疑問も実はずっと前から思っていて……自分でも答えは出していたのかもしれない。ただそれを打ち明けるタイミングを探っていた、いや少し違う気がする。気づいて欲しかっただけなんだろう。

 相棒バルトは自分よりも体格の大きな男性だ。今は旅人用の安い服を着ているが、これはある理由のためだが今は置いておこう。冒険の旅に出た時からの長い付き合いで、魔界に行くと言った時もなにも言わずについてきてくれた。

 しかし普段は鈍感なところがあった。旅の途中ある女性がバルトを誘惑しようとした。その結果は失敗に終わった。それに自分のことにも……。

 最近では直感だけで生きているだけなのではないかと考えるようになった。旅をしていた時もよく魔術師のグリンと口喧嘩をしているのを見た。分かれ道なんかでの内容が多く、その結果いいように転んだのは50:50だった。今回もその5割の直感を……いやこれ以上考えるのはやめよう。考えても答えなんか出てくるわけがない。


 相棒ロビンが今まで住んでいた居住場所の留守番をある魔物夫妻に頼んでいた。こちらに来てからずっと生活を補佐してくれていた魔物だ。見た目は緑の肌をした小鬼のような姿……いわゆるゴブリンと呼ばれるものであった。

 彼らに一礼すると、彼らはこちらに向けてその顔からは似つかわしくないような、というよりも想像することができないほど穏やかな笑みをしながら手を振ってくれた。


「別れはすんだな、まぁそれほど長い旅にはならないだろう」


 相棒バルトは欠伸まじりに言った。時刻はこちらではまだ夜更けにもなっていないとはいえ、地上での時間は夜明け頃だ。地上と同じような生活をしていれば徹夜とまではいかなくとも寝不足にはなっていた。


 であるバルトは地上のことを考えると不安にもなったが、その何倍にも楽しみに思った。

 最初、彼は、自分よりもやや小さな相棒パートナーの悩みにある提案が浮かびすぐさま自分で否定しようとした。しかし、否定したところで、この提案をせずともそのうち、ロビンはひとりでも戻るだろう。そうなると長い別れになるかもしれないということを考えたため戻るという提案を出した。彼はロビンの受けた仕打ちを思い出すだけで腸が煮えくり返るようだった。

 ……もしも、地上が何者かの手によって滅んでいたならば「ざまぁみろ」とあざ笑い、また魔界で生活をするなり地上をうろうろしていればいい。戦火の真っ只中ならば自分たちから関わる必要性はない。そう考えていた。

 しかし相棒ロビンは違う。生まれつきの自身の悩みよりも人助けを優先するようなやつだ。急に地上に戻りたいと思ったのは、小さな疑問なんかではないのだろう。一番の理由は故郷の両親のことが恋しくなったのだろう。それに……いや、相棒が決めたことをこちらからとやかく言う権利はない。自分にできることはにやりたいようにできる限りさせてやることだけだから。


 暗い道を二人は歩き続ける。魔界と地上の境界線となる場所まではもう少しかかりそうだった。魔界と地上を自由に行ったり来たりするためには方法がふたつある。ひとつは魔界の門を開き地上に出る方法。だがこれをするためには膨大な魔力を消費するだけでなく魔界に住む者たち……その中でも血の気の多いものから地上に出るだけで問題になるものが存在する。一部のオークなどがこれに分類される。というのも先程のゴブリンのように魔界から出たがらないものたちも存在するからだ。彼らが倒した魔王は内側と外側……地上の二ヵ所で門を開いた。故に、彼らが魔界に入った瞬間にタイミングを図っていたように門は閉じた。開くことは彼らにとっては簡単なことだが、リスクが大きいため使用しなかった。

 もうひとつの方法が今、彼らがしているように境界線を探す方法だ。元々魔界と地上は表裏一体の存在。触れ合うことのない世界だ。しかし、場所によってはその境目が生まれ、地上と魔界の線引きがあやふやになる。そのため霊的な存在はそのタイミングでよく外に出ていってしまう。霊的存在でない場合は門を開かなくとも少し力のあるものならばそこから出ることができる。ならば、魔王は何故、境界線から外に出なかったのかという疑問もあるだろう。その理由として、境界線がある場所というのは基本的には一定ではない。日によって、地上と魔界の線引きがあやふやになっているために境界線からでることができる場所もできない場所も決まっていない。その日その日の気まぐれにあやふやな場所が生まれる。軍を率いる魔王にとってはその気まぐれに任せる訳には行かず、境界線を探す必要性はなかった。


「今日の朝ぐらいにこの辺りに境界線が出来ていたらしい。まだあるといいのだが……」


バルトは眠そうに、ロビンに言った。


「眠いのかい?眠いなら少し休んでから行くかい?」


 ロビンがバルトにそう提案する。しかしバルトは、大丈夫だと返事をすると境界線を探しはじめた。ロビンも同じように探しはじめる。境界線は目に見えるものではなく、感覚で見つける必要があった。少し力のあるものならばそこから出ることができるという理由がこれである。この見つけるための感覚は二人ともあまり得意ではなかった。いや、ほんの少しだけロビンのほうが

 魔界に来るときは、魔王の城にあった門からだったことがここにきて裏目となっていた。いや、魔界に来たこと自体がもしかしたら間違っていたのかもしれない。


「見つけたよ!ここが境界線になってる!」


とロビンが叫んだ。バルトはその方向へと歩いていった。


「……本当に戻るんだよな?今からならまだ引き返せるぞ」


とバルトは思ってもないことをいった。


「こっそりだとしても地上に戻るよ。追放されてしまったけど、地上は、あの村は僕にとって大切な故郷なんだ」


 バルトはこう返されることはわかっていた。ロビン=ガルシアという自分の相棒だから……。ここで引き返したりはしないだろう、そうわかっていた。

 ロビンもわかっていた、バルトのこの質問の意味を。地上に戻れば、またあの怒りに満ちた目やまるで自分たちに怯えるような目。それに罵声や自分たちを人として見ていない言葉や態度をとられるだろう。見知った人たちから手のひらを返される態度をとられたことはとてもショックだった。

 そのことから逃げるためにここに来た。地上に戻れば次に魔界に戻れるのはいつになるかわからない。一日で魔界に戻れるかもしれない、一生魔界には戻れないかもしれない。その間、またあの暗い渦の中にいることを耐えなくてはならない。逃げ場なんてない状態だ。その事を心配してくれているということはわかっていた。

 しかし、時間が経っていればそんな渦はもう消え去っているだろう。もしかしたら、自分たちは死んだ扱いになっているかもしれない。そうであるならば、故郷には戻りにくいが地上で生活することができる。それを確認しに行きたかった。


「じゃあ、行くか」

「うん」


彼らは境界線へと進んでいく。足が、体が境界線を通っていくと光のようなものに包まれていった。


この時、まだ彼らは知らなかった。前にも後ろにももう二度と戻ることができなくなっているということに……。


 光の中を通り出てみると、そこには自分たちの知る世界ではなかった。


「なに、これ……」


 建物も見知った建築物ではなく未知のものであった。


「どうなってるんだ、これは……」


 彼らが冷静になるにはまだ、時間がかかりそうだった。

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