走れ走れ

 ブラウン島に渡るのは大変な事だった。無人島である小さなシュトリーア島とブラウン島との距離は、歩いて行けるのであれば二時間とかからないだろう。だけど間には海がある。それもせまい水道によって川のように流れる海峡かいきょうだ。この辺りは海中の地形が複雑で、流れが渦を巻いている。

 ただ、一ヶ所水深の浅い所があって潮が引くとほんのわずかな時間だけ、道になる場所があるのだという。それは本当にちょっとの時間でしかないようだった。ノスリは、オジロたちも危なく波にのまれる所だったと、その時の体験を話してくれた。

 それでも彼らは行かなきゃならない。世界を救うため、ブルーを守るため、なによりミサゴを助けるために。

 ブラウン島を望む浜に着いた四人は、激流げきりゅうのような海峡にちょっとの間呆然ぼうぜんとなった。時々大きな渦を巻く。あれにみ込まれたらひとたまりもないだろう。これではとてもじゃないが船では渡れない。


「次の引き潮は夜中だな」


 トキが大きな月(この世界には、月が二つある)の運行から、だいたいの時間を計算する。


「それまでに充分休息を取ろう」


 たき火をおこし、いつもよりずっと早い夕食を食べると後は潮が引くのをじっと待つ。やがてセッカが、海の一部がなんとなく白くなってきた部分を見つけた。


「白波が立っているんだ。もうすぐだな」


 もうすぐ日が暮れる。日が暮れてしまうと暗視の能力があるエルフのアイリス以外は、どこに道が出来るのか判らなくなるんじゃないだろうかとセッカは心配したのだが、アイリスはオーラの輝石を光源にしたランタンを持ち、先導してくれるのだと教えてくれたので一安心した。


「加速の呪文を唱えた方がいいんでしょう?」


 ツグミが言う。彼女にはセッカとは別の心配があったのだ。龍の鎧は魔法を受け付けないという伝説だった。だからセッカに加速の魔法が利かないかも知れない、という心配だ。


「大丈夫。オジロにも効いたんだから。なんて言ったかな…悪意を持った魔法を防ぐとかなんとか」


「龍のうろこ自体が魔法をはじくのか、それとも攻撃的な魔法をはじくだけかも知れない。オジロに効果があったのならセッカにも効果があるはずだ。…海の底が見えてきた。そろそろ行こう」


 アイリスにうながされ、ツグミは加速の呪文を唱えた。アイリスの言う通り、魔法はセッカにもちゃんと効いているらしい。

 五人はアイリスを先頭に、ランタンの照らし出すまだ波をかぶる海の道を走り出した。やがて道は完全に海の上に姿を見せ、ごつごつとした粒の大きな砂の上を四人は走る事になる。ノスリはアイリスの側を飛ぶ。道の半分も過ぎた頃、一度魔法が切れた。急に足が重くなり息が苦しくなる。ツグミは大きく深呼吸をして呼吸を整えると急いで加速の呪文を唱え直し、彼らは再び走り出した。

 ブラウン島の島影が大きくなり、近付いてくるのが星空の下に見えてくる。けれど、セッカには逆に遠くなって行くように感じられた。ちょっとずつ仲間から遅れ出していたのだ。なんといっても彼は地球育ちの小学生、まだ十二歳なのだ。体力的にいっても身長、足の長さも三人とはずいぶん違う。加速の魔法が効いているはずなのに足は重いし息も苦しい。足元には波が戻ってきていた。もうすぐまた道が海の中に沈んでしまう。それまでには何としても向こう岸まで着かなきゃ行けない。ミサゴを助けるために、自分が生き残るために。あと少し、もう少しだ…。波はもう時々ヒザまでかかってくるようになっていた。よろけて倒れたのも一度や二度じゃない。加速の魔法はとっくに切れていた。マラソン大会だってこんなに一所いっしょ懸命けんめいに走った事ないなぁ、なんて思いながら走っている。そして最後に倒れた時、遠くなって行く意識の中で誰かに抱きかかえられているような気がした。

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