伝説の鎧

「アンデットか!」


 トキもようやくその正体に気付いたようだ。と、ツグミが悲鳴を上げてトキの後ろにしゃがみ込んだ。ガサガサと枝をゆする音も聞こえてくる。ズルベチャズルベチャッという気持ちの悪い音も混じっている。そして、遂にノスリが最初の敵を発見した。


「ガイコツだぁーっ!」


 それに追い討ちをかけるようにツグミの絶叫が密林にこだまする。

 セッカはもちろんの事トキも、様子から察するにツグミもアンデットモンスターと戦った事はないようだ。アイリスは鋭くみんなに指示を出す。骨だけの怪物は砕けばいい。肉体の残っている奴には火を放つのが一番なのだが、森の木に燃え移ってしまうと大変だ。


「セッカ、トキ、剣を使ってガイコツ戦士を砕け! ツグミ、回復の魔法をかけるんだ。正のエネルギーをぶつける事で負のエネルギーを相殺すれば倒す事が出来る」


 しかし、彼女は頭を抱えてフルフルと首を振って見せるだけだ。


「無理無理、絶対無理!!」


 アイリスは舌打ちした。この戦闘でツグミは使い物になりそうにない。

 トキは愛用の短剣でガイコツ戦士を倒し始めた。数を確認すると七体はいる。どうやって動いているのか知らないがカクカクと操り人形のように、しかし力強く攻撃してくる。セッカも震える足をガンガン叩いて走り出す。立ち止まるとまた震え出しそうで怖かったから、とにかく走りまくっては体当たりをするように剣を振り回し倒して行く。アイリスは、ヒザを抱えてうずくまっているツグミを風の壁で守りながら、風の刃で元の形が判らないほどにミイラを切り刻む。ミイラは全部で五体いた。彼らは乾燥かんそうによって硬く縮まった筋肉で動いているらしく、ゆっくりとぎこちなく動くので標的としては狙いやすい。

 二体七のガイコツ退治は、乾燥していてモロい骨をドワーフが鍛えた二人の剣が次々と粉砕して行く。セッカも当初の恐怖によるショック状態から「理科室の標本だ」と自分に言い聞かせて落ち着きを取り戻し、今ではTVヒーローのような大活躍だ。旅の間にアイリスに教えてもらった剣技が、なんとか形になっていた。


「イヤァーッ!!」


 最後のガイコツをトキとセッカが同時に打ち倒したのとほとんど同時に、ツグミの絶叫が三度響いた。振り返ると二体のゾンビが風の壁に手を突っ込んでいる。実際には風の壁に巻き込まれて腐った肉体は吹き飛んでいるのだが、その風にちぎられた腐肉ふにくをツグミは浴びたらしい。気を失って倒れたようだった。

 死体であるゾンビは痛みを感じないようだ。失った腕に構う事なく、今度はトキとセッカに近付いてくる。歩くたびに腐肉が崩れ落ち、辺りに腐臭ふしゅうただよわせて迫り来る。一体、どうやって動いているのだろうか? じりじりと近寄ってきた二体のゾンビは、マシンガンのような水の粒の攻撃を受けて消滅した。アイリスが水の妖精に働き掛けて生み出した魔法の攻撃だった。


「おじょーず」


 激しい戦闘の終結を待っていたかのように拍手と共に現れたのは、一本角のヒレンジャクだった。


「相変わらず嫌な種族ね、エルフって」


「あ、ツグミ!」


 風の魔法が解除されたスキをついて、キレンジャクがツグミを人質にとっていた。


「さて、答えてもらいましょう? この沼には、オジロの何があるワケ?」


 気を失っているツグミを軽々と抱きかかえゆっくりヒレンジャクに近づきながらノスリをにらむキレンジャクを、ノスリもまけじとにらみ返す。


「首飾り? 腕輪? それとも鎧?」


「早く答えないと大変な事になるぞぉ」


 甲高い声で面白そうに言うと、手のひらの上に火の玉を生み出す。


「どこから焼こうかしら」


 ドスの利いた声が、四人に脅しをかける。


「……」


 笑い出した二人の、その笑い声が頂点に達しようとしたその時だ。突然大地が激しく鳴動めいどうしたかと思うと、沼の水が天へと突き上げられる。驚愕きょうがくの一瞬を見逃さず、アイリスが空気の刃でキレンジャクに切りつけ、大地の揺れなどないかのような身のこなしでキレンジャクからツグミを奪い返す。天へ突き上がった沼の水が滝のように振ってくる。その中から巨大なドラコンが現れた。


「我が眠りをさまたげたのは何者だ?」


 耳にではなく、直接頭に響いてくるような声だった。頭の中をグリグリと探られているような感覚がある。龍の魔法力なのか、それとも特殊な能力なのかも知れない。やがて龍は大きくえた。それは、地の底から魂を揺さぶるような声だった。


「悪意に満ちた者は滅せよ」


 龍はヒレンジャク・キレンジャクを前脚で捕まえると、沼の中に引きずり込んだ。

 それから龍はセッカ、トキ、気を失っているツグミ、そしてアイリスと順に眺めまわし、改めてセッカを見た。


「少年よ、この世界の者ではないな?」


「え? あ…はい。あ、でも、どうして判るんですか?」


 龍は笑い出した。


「お前からは懐かしい匂いがする。オジロと同じ匂いだ。…鎧を取りに来たのだな?」


 セッカは力強くうなずいた。

 龍は尻尾を振ってセッカの前に出す。尾の先には龍のウロコで覆われた全身鎧がある。


「お前のものだ」


 セッカが鎧を受け取ると、龍は再び沼の中へと戻って行った。

 鎧は伝説に語られている通り、とても軽かった。今、セッカが着ている革の鎧よりもずっと軽い。着替えてみたら冬の防寒着を着ているのと変わらないくらいだ。しかもセッカが着ると、青白いオーラのような光を放ちぴったりサイズになった。


「すごい…鎧からマナがあふれ出している」


 意識の回復したツグミが息を呑み、ノスリが満足そうに腕を組んで何度も何度もうなずいて見せる。


「まさに伝説の魔法の鎧だ」


 全身から力がみなぎってくるのが自分でも判る。マナがどんなものなのかも、今のセッカにははっきり感じられる。鎧のもつ力なのか、鎧によって引き出されたセッカの能力なのかは判らないけれど、ミサゴが彼を呼ぶ声も、どこで助けを求めているのかも今なら手に取るように判る。


「行こう。ミサゴが助けを求めて待っている。オオジュリンはブラウン島だ」

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