伝説の道具

 四人になった冒険者は、本格的な旅の準備のために王都へ向かった。相手がはっきりと魔術師である事が判ったのだ、それなりの装備が必要になる。しかし、王都の市に行って驚いた。魔法の道具類が信じられないくらい値上がりしていたのだ。店のおやじに理由を聞いたら、納得しない訳にいかなかった。闇の魔術師の一団が大きな事件をいくつも起こしている。人々は自衛のために魔法に対抗出来る道具を買おうとする。みんなが一度に買おうとするからもともと多くない魔法の道具はすぐに売り切れ、値段が上がる。とはいえ少々法外な値が付いている。ツグミは頬をふくらませプリプリと怒りながら店を出る。そもそもの相場を知らないセッカでも普段の12倍だと聞かされれば、ツグミの怒りも納得できる。

 事件についても詳しい話を聞いた。

 王国内の強力な魔法の道具を、闇の魔術師は片っ端から奪っているという事だ。例えばマンテル共和国との国境近くにあるリマリアという街からは、千里のまなこ、万里のひとみという二つの魔法の水晶玉が奪われた。千里の眼は、世界のどこでも好きな所を見られるという水晶玉。一方の万里の瞳は、精霊のような見えないものまで見る事の出来る水晶玉だという。他にも龍のウロコで出来た魔法の鎧や、建国王が褒美ほうびとして家臣に与えた希望の聖杯などおよそ名のある魔法の道具はみんな奪われてしまっていて、残っているのは王宮に安置されている王者の冠と伝承の首飾りくらいだと都の人たちが教えてくれた。

 もちろん、世界的な一大事だ。英雄志願の冒険者たちや王国の騎士団も事件解決の為に活動しているという。彼らの方が、セッカたちより何倍も強いだろう。「けど」とトキはいう。この事件は地球から召喚された救世主、つまりセッカでなければ解決出来ない事件だと。


「でも、どうするの? こんなんじゃ勝てないんじゃない?」


 トキは優秀な狩人だ。食人鬼や狼の群れなどを撃退しながら、この世界に来たばかりのセッカを守って王都まで旅を続けられるほどに。しかし、ただの狩人には魔法に対する備えなどほとんどない。ツグミも魔法使いではあるが、防衛魔法が専門で後方支援はできても戦うことはできない。しかも相手は魔術師である。上級魔法どころか中級魔法もおぼつかない若い魔法使いでは、これもまた対抗のしようがない。

 セッカは口をヘの字に曲げて空を見上げた。空は地球と同じように青く、白い雲が浮かんでいる。こんなとき、TVゲームだと冒険者のために強い武器や防具がタダでもらえたりする。でも、現実にはそんな簡単には行かないらしい。


「どっかに隠された勇者の剣とか、そんなのないのかな?」


「それよ!」


 ツグミは、手を打ってセッカを指差した。


「そういう伝説の道具が、この国にはいくつかあったはずよ」


「伝説はあくまでも伝説だ」


 トキは難しそうな顔でそう言った。


「でも、ブルーだって伝説よ。実際にあるとは限らない。けど、探してみる価値はあると思うな」


「で、どんな道具を探すんだい?」


 トキの肩に止まって休んでいたノスリが、耳の穴をほじりながら聞いてくる。

 トキは賑わう市場を行き交う人々に油断なく目を配りながら、ツグミに近づき小声で話しかける。


「実際にあるんなら一番欲しいのは、魔法から身を守る道具かな? 確か、龍の鱗の鎧ドラゴンスケイルアーマーの伝説が…」


「それならオオジュリンに奪われてるわ」


「いや、伝説通りならもう一体、オス龍のうろこで作られた鎧があるはずだ。メスの鱗と違ってオスの鱗は鳥の羽根のように軽くて、どんな魔法でもはじき返すと言われている」


 ちょっと後ろからトキの声が聞こえるように、顔を近づけて歩いていたセッカが後ろから声を掛ける。


「で? どこにあるの?」


「さぁ…なにせただの伝説だからね」


 セッカはため息をついた。


「他にもあったわよね。勇気の剣とか、友情の指輪。オーラの輝石きせきなんてのもあったはずよ」


「どれか一つでも、実在してるといいんだけど…」


「で? どれを取りに行くのさ?」


 かったるそうなノスリの一言に、三人は同時に妖精を振り返った。


「ノスリ…今、なんて言った?」


  肩に止まっていたノスリを手のひらに乗せ、トキは信じられないといった表情で見つめる。ノスリは、やっぱりかったるそうにまったく同じに繰り返す。


「で? どれを取りに行くのさ?」


「取りに行く…そう言ったのか?」


「言ったぞい」


「それって…つまり、実在してるって事?」


 ツグミも身を乗り出して、ノスリの耳元で声を抑えて尋ねる。


「今言った道具は、全部あるど」


「なんであんた知ってるの?」


 興奮を抑え切れなくなったツグミは、思わず大きな声を上げてしまう。突然、耳元で大きな声を出されたノスリは、トキの手のひらを飛び立ち、顔をしかめながらこう言った。


「実物を見たからだを」


 当たり前じゃないかとでも言いたそうなノスリを見つめて、三人は言葉も出ない。


「ノスリ…君は……」


「あれ? トキにも話してなかったっけ?」


「何を」


「オジロとの冒険の話」


 するとツグミがトーンの高い、ひときわ大きな声を上げる。


「オジロって、伝説の英雄、勇者オジロの事?」


 通りを歩いていた人々が、一斉に彼らを振り返る。なんか決まりが悪くなったセッカは、辺りの人に意味もなく、愛想笑あいそわらいを浮かべてツグミをにらみつけた。

 ノスリは腕を組み、ちょっと空を見上げてつぶやいた。


「? …そうかな?」


 今度はトキもツグミも声にならない。


「あの…ツグミ、オジロって?」


 みんなは、市場の外れのカフェで休憩する事にした。

 トキが話してくれたのは、この国で育ったものなら誰でも知っている救世主伝説だった。まだコルバート大陸がいくつもの小国に別れていた時代の人物で、ヒレンジャク・キレンジャクという鬼からこの世界を救った勇者の話だった。今のスターンバー王国各地に伝説を残す英雄中の英雄であり、伝説によれば地球から召喚された救世主だったという。


「でも、それが本当の事だとしてもまだ人間が文字を発明していない五百年以上も前の事よ。フェアリーの寿命って二百年くらいじゃなかった? ノスリがそんなに生きているなんて、とても思えないわ」


 ツグミの言う通り、ノスリは多少おじさん臭い顔はしていたが他のフェアリーと比べて特別年寄りだとは思えない。

 しばらく腕を組んで目を閉じ、黙って何かを考えていたらしいトキは、わいわいと言い争うツグミとノスリを制して言った。


「確かめる事にしよう。伝説通りの道具があるのならぜひ欲しい。ノスリ、ここから一番近い道具は?」


「オーラの見つけた輝石かな? 友達のドワーフにあげたんだ。まだ持ってると思うけど?」


 それを聞いたツグミは、ドワーフの寿命も五百年くらいなのだと、そっとセッカに教えてくれた。

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