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 夏は遥の言葉を思い出す。緊急時には地下でじっとしているのが正解だと遥は言っていた。だからおそらく閉じ込める動作が、本来の研究所の緊急時の動作としては、正常なのだ。(つまり地下でじっとしているのが正解のはずだ)

 では、なぜもう一つの(出口に向かう方向にある)ドアが開くのか? 研究所の意思が外へと導いてくれるのか? それは『私のため』だ。

 瀬戸夏を外に逃がすためにドアは開いているのだ。そのためのプログラム。そのプログラムを遥が書いた。遥はずっとそんなプログラムをこの二日間の間、書き続けていたのかもしれない。……私のために。私が研究所を訪ねたときに、……こうなることが予測できていたように。

(夏はそう推理をする。無茶苦茶な推理だが、それは遥を知っている夏にとって、とても自然な心理の流れだった) 

 もしかしたら少しは私の思考が飛躍しすぎているところもあるかもしれない。でもそれ以外に理由が考えられない。これは遥が用意してくれた道。研究所を管理する人工知能プログラム、シロクジラである澪が導いてくれる夏の帰り道。瀬戸夏が地上に帰るための道。夏にただ一つだけ用意された救いの道なのだ。光り輝く未来への道。この先にはきっと私の『ハッピーエンド』が待っている。なら、遥もきっとそこにくる。(夏のハッピーエンドには遥の存在が不可欠だからだ)

 遥も澪もきっと出口で夏を待っていてくれている。たぶん列車がそうだ。今開いている秘密の通路のようにきっとあの列車にも秘密の線路の道が作られていて、それが開いてドームの外に出られるようになっているのだ。(あのおもちゃの列車は研究所からの脱出装置でもあったのだ)遥はきっと駅で私のことを待っていてくれる。なにかの不確定要素があって、今みたいに離れ離れになってしまったときのために、こうして私を駅まで導いてくれているんだ。 

 夏は出口に向かって駆け出す。遥が待っている。早く、遥に合わないと。

 夏の頭の中では、すでに遥が澪と一緒に、笑って、夏に手を差し伸べてくれている。

 夏の空想の中ではそのとき、不思議なことになぜか本来、笑うことのないはずの木戸照子も一緒になってにっこりと笑ってた。夏に手を差し伸べてくれていた。(それがなんだか今の夏にはとても嬉しかった。ハッピーエンドって感じがした)

 夏の頭の中は幸福感に満たされていく。

 夏はいつの間にか溢れ出した涙をぽろぽろと通路の上に落としながら、夏は泣きながらにっこりと笑って、(我ながら器用である)一生懸命に走って、光り輝く出口に向かって駆け出していく。

 旅が終わる。そう夏は思った。

 とても長かった私の旅がようやくここで終わるんだ。やった。やったよ、遥。やっぱりそうだった。やっぱり私のゴールは遥だったんだね。夏はそう確信する。

 うん。私、頑張ってよかった。ここまで来てよかったよ、遥。私は報われた。私は救われたんだね。ありがとう、ありがとう、遥! 夏は走る。(走ることは大好きだった。走ることは得意だった)遥。遥が私を待っていてくれている。

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