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……私、遥がいないとなんにもできないんだ。夏はそんなことを思う。
遥がいないと私はなんにもできない。部屋から出ることもできない。一人では、ドアを開けることもできないんだ。
夏はごろんと床の上で体を横に転がした。姿勢を変えて、床の上に仰向けの体勢になって寝転んだ夏の目が天井を見つめている。この上にある大地には小さな小高い丘がある。そこは遥とキスした場所。……昨日の夜に、……クリスマスイブの夜に、遥と一緒に雪を見上げた場所だ。それはつまり夏のファーストキスの場所でもあった。夏はそのときの景色を思い出そうとする。……でも、なぜかうまく思い出すことができなかった。それは少しショックな出来事だった。
昨日のことなのに、あの小さな丘の上で遥とキスをしたことが、ずっとずっと、本当にずっと昔にそれはあったことのように夏には思えた。夏は思考を切り替える。
……小高い丘の上の先。そこには透明な空があった。青色の空だ。(実際は灰色だと思う。でも夏の心の中では空はずっと青色をしていた。……とても澄んだ青色だ)
ガラスのドームがこの周辺の大地のすべてを包み込んでいる。世界を拒絶するように、まるで透明な卵の殻のように、透き通る糸で編まれた繭のように、……遥を世界の内側に閉じ込めている。(それらは決して、内側から破られることはない。遥がそれを、おそらくは無意識のうちに、拒んでいるからだ。だからその内側にいる未成熟な生命体は、いつまでたっても成熟した個体には成長しない)
木戸遥は、孤独な天才は、未成熟なまま完成している。だから成熟していく夏と未成熟なままの遥の距離は時間とともに、どんどん離れていくことになる。
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