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 夏はなんだか嫌な予感を感じた。銃なんて持ってこなければよかった。夏はそのことを少し後悔した。でも、あの銃は夏の大切なものだった。できれば最後は、あの拳銃で頭を撃ち抜いて死にたいと夏は日頃から夢に見ていた。(だから大切にリュックサックの中に入れて持ち歩いていたのだ)それが夏の理想死に方だった。

 さらに欲を言えば、自分で頭を打つ抜くのではなくて、遥に銃を自分に向けて撃ってもらいたいと思った。でもそれはあまりにも突飛な発想だった。遥は夏に向けて銃を構えたりはしない。それが夏には理解できていた。……どちからというと夏の妄想の中で、銃を構えるのは夏のほうだった。その銃口は自分にも、そして遥にも向けられていることがあった。

 夏は自分の夢の中で何度か遥をずっと持ち歩いていた銀色の拳銃で撃って殺したことがあった。それは夏の希望ではなかったが、でも夢の中では度々そういうことが起こった。遥はずっと笑っていた。自分を撃った夏のことを許してくれた。夢の中で遥が死ぬと、そのあとで夏は自分の頭をまだ煙の出ている暖かい銃口を側頭部につっくけて撃ち抜いて自殺した。すると夢が覚めて朝になった。

 夏はいつも泣いていたが、それほど後悔はしていなかった。いい夢を見ることができた、とすら思うこともあった。その夢の記憶だけは、(とても珍しいことに)なぜか忘れることもなく、夏の思考の中に、雪の降ったあとの足跡のように、ずっと残ったままになっていた。(雪が消えて無くなるまで、それはそこに残るのだ)

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